272.アルスト教団 南部最後の支部 一つの最後
南部にあるアルスト教団の大きく最後の支部。随分予定より到着するのが遅れたけれど。
皆には比較的近くで落ち着いた村の広場で待機してもらったり、問題が起きないように信頼できる商会ギルドを通して護衛の冒険者を雇ったりと時間がかかってしまった。
皆と別れさらに南に向かい続けて6日、小さい泉に面した大きなの砦が見えてきた。
だけど周囲や砦の上で見張っている人などが見当たらない。それどころか遠目に振動や叫び声が聞こえてくる。何かが起きている事は確かなのだけれど。
念のため10式戦車に姿を変えてゆっくりと近付き、カイは上に乗りながら警戒して剣を抜いている。
すでに崩れている防壁から見えたのは肉塊の化け物、それとアルスト教団員、そして無数のドラゴンが戦っていた。
「ドラゴンを全部出せ!」
「矢も油壷も全部使え!!」
「一人喰われた! 肉塊に触れるな!!」
巨大な肉塊の化け物は弓矢を撃ち込まれ、油壷で火をかけられても、切られても肉塊の化け物は再生しながら周りのアルスト教団員を飲み込み増殖していく。
グリーンドラゴンが吐き出す強烈な炎に身を焼かれ、飛び掛かる小型のドラゴン達の牙や爪で引き裂くも、肉塊の化け物は堪えている様子は見えない。
「「アルスト神様! 何卒我々にご加護を!!」」
アルスト教団員は随分と信心深いのか、それとも逃げようとした人達はすでに取り込まれてしまったのか、それは分からないけれどアルスト教団員達は必死に戦っている。それでも徐々に肉塊に取り込まれうめき声を上げながら、虚ろな表情で血を吐きながら潰れ肉塊に混ざりあっていく。
アルスト教団は間違いなく問題のある組織、それでもあんな残酷な終わりは、死に方はあんまりにも酷い。
肉塊の化け物は引き裂かれ焼かれた箇所は増殖しながら塞がれ、そして暴れまわり動きが鈍くなった小型ドラゴンさえも生きたまま取り込んでいく。
人やドラゴンの断末魔の絶叫が耳に響く、冗談のような狂った情景に以前と同じように何かが削られるような感覚に襲われる。
そして広がる肉塊の中から一つ、足だけ肉塊にくっ付いたままの人間の姿があった。
「なんで、あの人……」
肉塊の化け物から生えているのは、アルスト教団へ家族を奪われた恨みで行動している女の人、まさかこんな事になっているなんて想像もしていなかった。そんなことより、どうしてあんな姿になってしまったのだろうか。
「まだ意識が残っているだろう! なぜそれを、自分を捨てる事を選んだ!!」
カイが大声で叫ぶと、女の人は狂気じみた笑みを浮かべながらこちらを向いた。何も言わないけれど、こちらに敵意というか肉塊全てを向けては来ていない。
たぶん彼女の意思ではないのだろうだけど、増殖し勝手に動き回っていると思われる末端は少しずつこちらに向かってくる。
向かってくる肉塊の末端には、人間の肩より腕の部分が飛び出して這いずっている、そして前に女の人と一緒に見かけた冒険者のような人達がだった。
雇ったりした人かと思っていたけれど、まさか肉塊の一部だったなんて考えもしなかった。
「「「ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」」」
言葉になっていない声を上げながら、脈動する肉塊と共に徐々に近付いてくる。後ろに下がりたくなる気持ちを抑え、機銃の狙いを定めた。
「やれ! リョウ!!」
カイの言葉と共に機銃を掃射し、後退しながらさらに遠隔操作で90式と74式の車体を選ぶ。3台体制でないと巨大な肉塊は抑えられない。前と同じ3台での銃撃、それでも空いた穴を修復し効果はやっぱり見込めない。
それどころか危険性を認識したのか肉塊はその巨体で跳び上がり、空を飛びながら火を吐いていたグリーンドラゴンをその身に取り込んだ。
着地するとこちらに向き直り、狂気じみた表情のまま口を開いた。
「お前も、教団も、全てスベテ! スベテスベテスベテスベテ!!」
復讐の為に何もかも、自分自身の自我まで失ってしまって、あの女の人に一体何が残ったのだろう。もう言葉だってまともに話せていない。
それとも、何もかもを対価にしてしまうほどアルスト教団が憎いのだろうか。
機銃を撃ち続けていると、肉塊からドラゴンの頭が現れ大きく口を開いた。
「下がれ!」
カイの言葉に全速力で後退すると、車体を焼く炎の息吹がドラゴンの口から放たれた。
戦車の自分は非常に熱いだけ、でもカイはどうだろう。
「カイ大丈夫!?」
「問題はない」
急いで視線を向けた先には、車内に漏れ入ってくるはずの炎が何かで防がれ、平然としているカイの姿だった。初めて見たけれど、どうやら車内と車外は完全に分かれているみたい。
「あいつがああなったのは、オレのミスだ。 すまない、楽にしてやってくれ。 魂が苦しんでいるのを見ているのは辛い」
そう言うカイの表情は少し暗い。自暴自棄になり過ぎないように復讐に目を向けさせたことが、このような事態を招いたきっかけになった事が辛いのかもしれない。
炎で車体を焼かれながらしっかりと巨大な肉塊を見ると、胴体に赤く明滅しているところがある。
前の巨大な肉塊の基礎というかコアみたいなものは短剣だったけれど、まさか今回はあれがコアなのだろうか。もしそうならあれを貫けば終わるはず。
以前はひたすらに撃ち続けて倒したけれど、肉塊に殴られ焼かれながら狙いをしっかりと合わせる。
「ハ スベテ スベテ ヤ ク テ コロ テ」
撃ちだされた3発の砲弾は紅く明滅する場所を貫くと巨大な肉塊はまとまりを失い、溶け落ち血と肉が溶けあった物体に変わった。そしてその中には、あの女の人の頭部がある。
もっと協力すべきだったのだろうか、それとも何としても止めるのが良かったのだろうか、どうすればこんなことにならなかったのだろうか。ただ後悔の無念だけが募っていく。
目の前で肉の塊が崩れて広がる中、こぶし大の宝石のような玉石が明滅しながら転がっていた。砲撃で貫いたはずだったけれど、直接当たらずに残っていたなんて。
カイが車体から降りて近付こうとすると、妙な影のようなものが伸びその足を止める。
「自分が掴むから離れて!」
念動力で持ち上げる。念動力越しなのに凄く嫌な感じと、自分と何か似た感じがして気のせいか意思みたいなものを感じる。
それは享楽・嘲笑・冷笑、この世界に理由があって自分も引っ張られたけれど、同じだけど自分とは全く違う地域から来たと直感的に感じる。
「なんで、こんな協力の仕方をしたんだ! あの人だって、きっと違う可能性があったのに!」
答えは何も返ってこない。それでも、目の前の物体が自分と同じで、この世界にとって異質なモノであることくらいは分かるし、叫ぶ声を嘲笑うように明滅する玉石には怒りを覚える。
答える代わりに強く発光しながら赤黒く点滅すると影のようなものが伸びて周囲の肉片を集め始めた。
狙いを外さないように主砲の目の前に玉石を定め、撃ちだされた砲弾によって粉々に砕け散り、地面に散らばった玉石の欠片は塩の山になって消えていった。
それに伴い崩れていた肉塊も溶けるだけではなく、形そのものを失い液体のように地面に溶けて消えていく。
復讐に燃えていたあの女の人を助ける事が出来なかった、助ける選択を出来なかった、そのことがただ辛い。自分に出来る事が限られるのは分かっているし、手と目が届く範囲しか何もできない、それはわかっている事でも、自分にはやっぱりそんな器用に割り切るなんて事は出来ない。
「リョウ、まずは捕えられている人がいるか探すぞ」
「……うん、探そうか」
落ち込んで立ち止まっていても、誰かがやってくれるわけでもない。
74式と90式を元に戻し、荒れ果てた砦内はアルスト教団員は残っておらず、瓦礫をどかしていく。
がれきの下から出てくるのは押しつぶされたアルスト教団員、たぶん奴隷にされていたと思われるボロボロの服を着た男女に小さい子供、肉塊の末端は内部まで広がっていたらしく皆体の一部が溶けていた。
今まで以上に酷い、一つ前の所は死んでいたのでそのままだったけれど、皆取り込まれてしまっていて、生き物の気配がまったくしないどころか、人の形をあまり保っていない。
「だめだ、誰一人いない。 ネズミや動物も虫さえも全滅している」
瓦礫をどかしたことで砦の中に入ったカイが別の場所を調べてきたけれど、そちらも誰一人いなかったという。あの肉塊が現れると周辺のすべてが取り込まれて死んでしまう。
穴を掘ってから集める事が出来た遺体、ほとんどが溶けて無くなっていたので、一部だけだけど一か所に埋めて冥福を祈る。
「もう、これで終わりになってほしい……。 もう見るのは辛い」
「おそらく、最後のはずだ。 あのコアのようなものがすべての原因だろう。 今回は周囲の肉塊が原形を留めず溶けただろう。 完全に支配から離れたはずだ」
肉塊が現れるたびに、アルスト教団よりも周囲の生物全てが死ぬ。人も動物も虫も、吸収されて死滅してしまう。
「そうなら、これで見る事はなくなるけど。 だけど一体何でこの世界に居たのだろう。 まさか自分みたいに老神様に……」
もしそうだとしたら、一体何を信じたらよいのかわからなくなる。自分がやっていることも、もしかしたら同じく多くの人を不幸にしているだけじゃないのだろうか。
「それは……、ないだろう。 蛸のような異形の存在の介入があったように、不安定な隙に何かをしようとしているのだろう。 それは確かに老神様がどこまでやれるかだが」
老神様は後進の神々に道を譲って隠居した後、後進の神々が失敗を続けたのち、老神様が気付いた時にはどうしようもなくなり急いで対処している最中だと言っていた。
その間隙に色々なモノ、余計なモノが入ってきたということだとしたら、それは老神様がまだ対処しきれていないと言う事になる。
また何か大変な事が起きなければいいのだけれど、正直自分では対処しきれる気がしない。
「老神様! 老神様!!」
空に向かって大声で呼びかけるけど反応がない。前回の時も少しずつ忙しくなるような事を言っていたので、対処や新人の神様への教育に余裕がないのかもしれない。
「失礼ですが老神様! 少しだけでも質疑の時間をください!!」
「静かにせんか!」
空が明るく光り声が響いてくる。とにかくこちらに意識が向いてくれた、これで聞きたいことを問うことが。
「大体事情は分かっとるが、未熟な者達が防いでいない次元の風穴が多数開いとった。 少なくともあと一度くらいは出会うこともあるじゃろが、それ以外はもうないだろうのぅ」
「あと、……一度ですか」
「では忙しいのでな。 重要な時以外は呼ぶでないぞ」
声が聞こえなくなり光は消えていった。
あと一度、それがまた地球からきた歪な心が化け物みたいな人間なのか、それとも老神様が言っていた風穴から蛸の邪神みたいなものなのか、どちらにせよまたまともな事にならないはず。
心底疲れた、戦車と言う人ではない心身が耐えさせてくれてはいるけれど、辛いことに変わりはなかった。
「みんなが待っている村に戻ろう。 色々疲れたよ」
「あぁ、……そうだな」
履帯を動かすのが辛くゆっくりと村に向かう。その最中カイも何も言わず車長席に座って俯いていた。
今回は全てが悪い方向に進んで、女の人は復讐に魅入られて狂奔、沢山の事を巻き込んでしまった。自分のように別の場所から来た存在は、この世界にとってただの害悪なんじゃないだろうか。
「何が正しくて、何をすれば、あの人を、助けられたのだろうね」
ふと思いに至ったことを口に出したけれど、カイの表情は余り良くない。
「さぁ、な。 オレは、アレ以外思いつかなかった」
自分も同じように、あの女の人と初めてあった時、アルスト教団への復讐の為に無差別に襲い掛かってきたのを、他に何か出来たとは思えない。
「自分達が出来る事なんて、やっぱり一緒に旅をしている皆を助ける事しか出来ないのかな。 考えても目の届かない範囲までどうにかする方法は思いつかないし、もっと大きい荷車を用意して受け入れるしか」
目が届く範囲なら、止める事も道を治す事も出来る。でもその為にはもっと受け入れる場所とお金を稼ぐ方法がないと。
あとは、精神的な相談に乗れるような人が必要かなぁ。今は誰もそういった人がいないし。
「オレはそう言う事は上手く出来ないが、何かしなくてはな」
「自分だって、話す事は出来ないから誰かにお願いするしかないしそれは同じ。 ただそれでも、自暴自棄になりそうな人を保護くらいは出来るようになりたい」
まずは保護できる人数を増やすことを目指す。それくらいしかいまは思いつかないから。




