269.失敗したけど成功?
アウグさんが屋台車から持ってきた壺を開くと中には黒い液体が溜まっていた。
「味噌を作っていた時たまに失敗してね。 その時出来た物にこの黒い液体が貯まる事があるんだよ」
「それを集めていたんです。 意図しては上手くまだ作れないのだけれど、何かに使えるんじゃないかって」
黒い水は醤油に似た物、味見が出来ないから何とも言えないけれど、鈍くなったとはいえ残っている嗅覚はなんとなく醤油っぽい匂いを感じる。
そうなると、醤油を使った料理全般がいけるのかな。
「ほう 醤油か」
壺の中身を確認したカイが醤油だという。ということは曲がりなりにも味噌の試行錯誤のうちに偶然醤油が出来たということに。
「ショーユ?」
「少し待っていろ」
カイが車内に入ったので、恐らく求めているだろう醤油の小瓶を納品一覧から選び、中身を手早く小さな瓶に移し替える。
頷いてカイは受け取ると、少し探している時間を取ってから車内から出た。
「これだ」
カイは二つの醤油を小さな器に出して比べてみる。
「色や香りは少し違うけれど、味は随分似ているね」
「……かおりは断然こっちのほうがいいよ。 あたいらが作った奴はまだまだダメだね」
「しょっぱ~い」
「あたしは、味噌よりなんとなくこっちの方が好き」
それぞれ味見をしながらそれぞれ比較的好意的な印象を持ってくれた。そう言えば、歴史上日本のお醤油も調味料として輸出されていたんだっけか。この世界でも良好な感じで良かった。
「今まで作った料理を、味噌の代わりに使って作ってみろ。 味噌と醤油を作れれば、あとは上手く作れるかどうかだが」
魚骨の出汁、味噌と醤油、あとは海藻とかもあればいいのだけれどここは内陸部っぽいし。
他には鶏ガラや豚骨はむずかしいだろうし自分もさっぱりわからない。あぁいうのはただ煮ればいいというわけではないので、作り方まではちょっと灰汁とりくらいしかわからないから、自力で思いついて作ってもらうしかない。
その日の夜は魚の骨のだし汁と醤油を使った鍋、初めて作るので不満はあるらしいけれど。
「味噌より食べやすいね」
「さっぱりしていて好きかな」
「私はこれ味噌より好きです」
違う味ということでみんなにも好評、味噌ばかりだったので新しい味がいいのかもしれない。
「次からはこちらも研究してみようかね」
「そうですね! 味噌だけじゃなくてこちらもやりましょう!!」
エイケさんとアウグさんもやる気になり、これからは醤油を試行錯誤していくみたい。
「リョウにもあげるね」
小さな器に料理を分けた物をデュロが車体においてくれる。食べる事は出来ないのだけれど、たまにこうやってくれる。最後は結局誰かが食べるのだけれど。
翌日、右手には壺を左手には木の根のようなものを持っている 治癒と疫病の女神 アルテの神像が掘り終わった。
「商業の神像に祈っていたようだが、病を治したいならこちらに祈る事だ。 疎かに、そして粗雑に扱えば天罰が加えられる。 神は便利な存在ではないと心しておけ」
カイの言葉にイルレさん達は頷き、これからはこちらも祈る事にするみたい。屋台車の所に二つの小さな神棚を作り、そこに商業の神様と一緒に並べて納める。
それから五日間、ソミールの町でのんびり休んだり編み物をしたりと、屋台もやらずにただゆったりと久しぶりに皆は過ごしている。
イルレさんやエイケさんは体調を見ながらだけど、市場を回ったり露店や商業ギルドの直売店で買い物をしたりと、落ち着いた休息を取っている。
その間にエイケさんとアウグさんは買ってきた材料で味噌を作りながら醤油を試作、ベネリさんはあれこれ混ぜ合わせながら石鹸を
一つ一つの素材が高いから失敗しないように気を付けているけれど、悪くても固まらずに液体せっけんとして売れるのでみんなは気にしていない。
あまりにもひどいならみんなの洗いものに使うし、今は香料着けに頑張っている。
「うん、いいねこれ。 固まったら商業ギルドに持ち込んで良いと思うよ」
シグさんが昼食の片づけや洗濯で試作した石鹸を試し、ベネリさんが作ったいくつもの石鹸を評価していく。
「もっと汚れが落ちればいいんですけど、今はまだあまり」
向上心が高いのか、ベネリさんはまだ石鹸の出来に納得できていないらしい。
すごく高いらしいけれど、一度販売されている石鹸を買ってみて比較したほうがいいかもしれない、自分もこの世界の石鹸をみたことはないから。
この町に留まって数日、旅人や旅商人はともかくとして、町の人達はみんな不安というか心配そうにしているらしい。なんていうか、結構住民を大事にしている領主なのだろうか。
もしかしてずっと前に会った領民の為に浄水しようとしていた 子爵みたいな人なのだろうか。個人的に覚えている歴史の人物たちから考えるとだいぶ奇人変人の類だったけれど、浄水する方法がはっきりとわかったときは本当に喜んでいたのはよく覚えている。
「ソミール夫人の体調がかなり悪いらしい」
「何かできないだろうか。 薬草とか」
「王都の医術師が何もできなかったんだぞ? 俺達じゃぁ何もできないだろ」
自分が聞こえるのは広場の噂話だけ、でもやっぱり領主の人は大分人が良くて、町や村の事を考えているみたい。
だからこそ発展しているのかもしれないし、違う領主に代わる事を危惧しているのかも。
どうしようかな。助けられなくもないだろうけれど、病気の種類が判らなければどうにもならない。というより対処するにはまた“生物剤対処用衛生ユニット”を出さないといけない。
医学の知識が全くない自分には、大病ならそうしないとどうしようもない。ただの風邪なら総合風邪薬でも出せばいいのだけれど、その程度でなかなか治らない病気っていうわけにはならないと思いたい。
でも、念のためこの世界の医学レベルっていうのは、少しだけでも知っておいた方が良いかもしれない。
それによって出来る範囲の事やしちゃいけないこともわかるはず、でも歴史の本では確か医学は大事なもので秘匿されていたはずだから、そうそう知れるわけもないしどうしたものだろうか。
「ソミール夫人を治しにいきませんか?」
夕食の最中、突然アキュラさんがソミール夫人を治すことを提案した。




