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21 J’ai trouvé

どうしてこんなにも間が空いてしまったのでしょう…。

は、反省。


 幸運をもたらす黒ウサギ。

 手にしたならば、きっと幸せになれるでしょう。



「何だ、貴様。その髪は」

 さてもこの台詞。

 今までに何度言われただろう、人は変われど内容は常に同じ。光護国人にはあるまじき色合いだと非難される。

 そんな事を言われても。

 とは言え、今更のことなので別段、感情を波立たせることでもない。ただ、軍人特有の高圧さには正直うんざりする。

「は。地毛ですのでご容赦ください、上官殿」

「…せめて短く刈りあげろ、メネリック軍曹」

 とりあえず敬礼しておくべきか。

「ご指導ありがとうございます」

 上官は忌々しそうにしていたが、さっさと反転した。拍子で前髪がなびき、窓から入り込む光に反射して殊更薄く見えた。

 ぐい。

 軍帽を目深に引いた行為に、意味はない筈だ。


 息が詰まるな、此処は。


 ずっと遥かな西にある、遠津国と呼ばれる母の国、練からやって来て幾年。

 けれども未だに私は異邦人のままだ。母譲りの容姿を、この光護国の人々は奇異なものに感じるらしく、排他的に扱われる。

 私は私だ。

 そう開き直り、感情を平坦に保つよう制御しているけれど、喉奥を握られる閉塞感は否めないものだ。まあ、小さく鬱を吐き出しても誰も聞いていないだろう。


「私は本来外交官であって、軍人ではないのですよ、上官殿」


 その瞬間、どんと衝撃が来た。

 此処、軍本部の長い廊下は直角に曲がっており、衝突事故が発生し易い。死角から勢い良く飛び出した小さな人影は、私の胸に丁度良く納まった。


「ひゃっ、も、申し訳ございません」


 耳に柔らかな声だった。

 長い髪がさらさらと空を舞い、ひらりと揺れる黒いリボン。小さな身体が腕の中でぴょんと飛び上がって、直角に腰を折った。

 女性、いや、少女だ。

 こんな所に?

「いえ、こちらこそ不注意でした」

 謝罪を口にすると、おずおずと顔を上げる。

 細い肩を包むのは、何故か喪服の如き黒い上衣だ。普段使いで選ぶ色ではない。だからだろうか、恥ずかし気に目元を朱に染める。そして。

 にこりと笑った。


 どくり。


 胸の鼓動が大きく跳ねて、じわりと熱が込み上げる。縁の無い眼鏡をかけた友の声が耳元で聞こえ、眠っていた記憶の蓋を開いた。

「妹は可愛いよ、ニイタカ。僕の為に何時でも笑ってくれる」


 まさか。



 セーリク アサツキ。


 始めて彼と出会ったのは、帝学の入学式だった。

 式典が行われる講堂では、同級となる身分ある家の継嗣たちが大勢集っており、当然、みな黒髪ばかりだ。私のような色の髪は誰一人としていない。

「異国の血が混じった奴と同級だって」

「俺たちと同列だと思っているのか、目障りだな」

「親の七光りが帝学で通用すると思うなよ」

 憚りもしない視線に嘲り。

 これ位のことでは、私は俯いたりしない。頭上に広がる青い空を心に思い描くだけで、様々な感情はすっと晴れるものだから。

 背筋を正し、前を向けば、縁なしの眼鏡をかけた少年と視線が合った。彼の口がはくはくと動く。

「くだらない自尊心だと思わないか。早々に打ち砕かれるだろうね」


 彼の予言は当たった。

 何故なら帝学在学中の八年間は、家柄など一切関係しないからだ。誰もが一個人として扱われると、今し方説明されたばかりだった。

 それでも、自分だけは特別だと根拠もなく思いこんでいたのだろう。全寮制の部屋に案内されて、ようやく彼らは知ったのだ。

 自分は特別な存在ではないのだと。


「な、何だよ、これ」

 十数本の柱に支えられた大広間にずらりと並んだ粗末な寝台と、物入れを兼ねた小さな卓。各々に許された空間はそれだけだった。

 狭い。

 が。

 我慢できない程でもない。


「ぼ、僕の家は〈華〉だぞ。こんな扱い」

「俺だって〈技〉だ。個室を与えられて当然だろう」

 広い家屋敷で傅かれて育った彼らの不平不満は、それまでだった。

「不服か、初年度生」

 案内役の監督生が目を光らせていた。

「どの家の者だ、恥を承知で名乗ってみたらどうだ?」


「ここで名乗ったら面白いのに。君はそう思わないか?」

 今までの威勢を潜め、口を噤んで、背を丸める少年たち。

 監督生はふんと鼻を鳴らし、初年度生を案内する。私の名前も呼ばれたので指示された寝台に向かえば、縁なしの眼鏡の少年が、隣の寝台で荷解きをしながら言った。

 なかなか捻りの効いた人物のようだ。

「君なら名乗るのかな?」

「まさか。監督生に目をつけるなんて馬鹿のすることだ」

 にやりと唇の端を上げ、分けられた前髪から明哲そうな額が覗いた。

「同感」


「でも君は立派だ。言い返さない勇気がある」

 言い返す、ではなく、言い返さない勇気。

 そんな誉められ方は初めてだった。侮辱に敏感な光護国において、そのような考え方は皆無に等しい。面白いな。

 右手を差し出すとぎゅっと握り返された。

「僕はセーリク。宜しく、ニイタカ メネリック」


 帝学の初年度は最悪だ。

 詰め込み式の授業はまだ良い、朝早くから就寝時まで、八つ当たりにも近しく上級生たちに怒鳴られることが堪える。

 更に反論も許されていない。

 今まで培ってきた自尊心を、これでもかと粉々に叩き壊される期間なのだ。


「かっ帰りたいよ、お母さま」

「もう嫌だ、こんなの。母上ぇ」

 当然、おいおいと泣き出す奴が続出した。

 幼稚だなと思ったけれど、まあ、今まで甘やかされていたのだから仕方がないか。泣くなら、ほら、ハンカチを貸そう。

「全く面倒な連中だな、しっかりしろよ」

 セーリクは、時には辛辣な言葉も吐くけれど、情に厚い。蓑虫のように寝具に包まった同級たちに、ぽんぽんと慰めを与えて回る。

 そんな彼に同級は、がばりと身を起こして、首に巻き付いた。

 母上、母上と号泣しながら。

「僕は君の母じゃない」

「セーリクぅ。見てくれよ、僕の母上、美人だろう?」

 縁なしの眼鏡に無理矢理写真を押し付ける同級の顔は、鼻水だらけだ。気の毒にセーリク、服にべっとり付いたよ。

「ちゃんと見てくれよぉ」

「…見ているだろう?」

 一人が騒ぎ出せば、広間は騒然とし、写真を手にして次々と家族自慢が始まる。見ろ、の次には、お前の写真も見せろと騒ぎ出す始末。

 微笑ましい交流だけど、そろそろ見回りの時間だ。このままは良くない。

「監督生に見つかったら写真を取り上げられるよ、皆、寝台に戻ろう」

「ひ。分かったよ、ニイタカ…」

 各々の寝台へ戻り、写真を枕の下に隠して、息を詰めたその瞬間。


 きい。

 軋んだ音を立てて扉が開いた。

 間に合った。

 見回りの監督生は静かに部屋を一周する。かつんかつん。間もなく扉は閉ざされて、足音は遠ざかった。

「君は冷静で優しいな、ニイタカ」

 部屋に落ちた静寂を揺らさぬよう、声を潜めるセーリク。

「それは君だろ」


 セーリクと私には母がいない。

 遠く離れているけれど、私の母は異国の地で生きている。けれども、不慮の事故で無くなった彼の母は、この世の何処にもいない。

 母親の話題を振られて、辛く思わない訳がない。

 なのに。

「君の母は美人だろうな。何しろ練は美人の国だ」

 慰められたのは、私の方だった。

「…ああ、雪の妖精と呼ばれる位にはね。君の母も美人だったろう?」

「さあ、どうだったかな…」


 逢いたいな。


 彼の呟きは消え入る程だ。ああ、と答えた私の声も同じく。

「母より、僕は妹に逢いたい。大事な、大事な妹だ。逢いたいな…」


 大事な妹。


 一人きりの妹を、セーリクは本当に大切にしていた。話題すら大勢の前では避けて、彼女の写真は強請られても絶対に誰にも見せなかった。

 勿論、私も不可だったけれど、そこはそれ。隠されては余計に興味が掻き立てられるものだ、彼を攻略する方法を考えればいい。


「くそ、今期は君が主席か」

 主席や試験の結果を賭けての攻防戦は、負けず嫌いのセーリクにとって上策だった。僅かな差だったが今回の勝利は私で、負けたセーリクは従わなければならない。

「勝者の権利だ、妹の写真を要求する」

 苦々しい顔つきで、セーリクは写真を寄こした。


 青空だ。


 そう思った。

 ようやく手に入れた一枚には、セーリクと小さな少女の姿が映し出されており、この国の女性にしては珍しく、にこやかに笑っている。

 雨上がりの空のような、優しい笑み。

 どうしてだろう、じわじわと熱が胸に込み上げる。何事にも動じないよう、胸は平坦を保っている筈なのに。

「…この写真、欲しいな」

「絶対に拒否する」


 否。


 何度セーリクはそう言っただろう。

 時は過ぎ行き、セーリクとの攻防は続いていて、それでも名前さえ彼は教えてくれなかった。ここぞという時のセーリクは、強運だ。

 写真の中の彼女は、少しずつ成長して行った。

 けれども普通の女性のように、淑女らしく、つんと顎を逸らす日はついに来なかった。

 何時でも優しく微笑みかけて、私の胸を温めた。


「昔は抱きついたけれど、最近では耳元で恥ずかし気に言うんだ。兄様、大好きって」

 とか。

「膝枕での耳搔きしたいと妹が言い出した時は、流石にびっくりしたよ」

 とか。

「帰省の終わりには、引き留めるように僕の服の裾をぎゅっと握る。涙目で帰らないで訴えられて、とても困った」


 妹とのやり取りを語るセーリクは、はっきり言おう、妹莫迦だ。

 だけれど、羨ましい。

 そんな可愛い妹ならば、私だって欲しい。

 なので、懇意にしているカン家の一人娘を妹のように可愛がった。ミレイは薔薇が綻ぶような美少女で、私に懐いてくれた。

 きっと妹としてミレイは最高だろう。

 けれども。


 どうしてだろう、何かが違う。何かが満たされない。

 そう。

 あの笑顔を見た時のように、胸が温まらない。


 どうしてだろう?


 永遠に思えた学生生活は、瞬く間に終わりを迎えた。

 魔王と称えた監督生とのあれこれも良い思い出にして、同級たちと別れを告げた。〈身分試〉で〈武〉を冠したセーリクは軍人に、〈華〉の私は文官に、道は分かたれた。

 私は本格的に社交界に身を置くことになり、ついに名さえ得られなかった彼女のことは、記憶の底に沈めてしまった。


 だのに、今、目の前で笑っている。



 まさか。

 いや多分、彼女だ。

 写真と同じ、青空のような笑顔。


 社交界では美しい花たちが妍を競っていたけれど、こんな風に、じわりと私の胸を温めた女性は一人もいなかった。

 彼女だけ。

 彼女の笑顔だけが。


 私の胸を熱くする。


「黒ウサギ?」

「え?」


 私の生まれた練は、雪と氷の女王に抱かれた国。

 一年中白に閉ざされて、雪原に生きる動物たちは保護色である白い毛皮を纏っている。けれども伝説のウサギだけは、美しい黒い毛並みをしているという。

 見つけた人に幸せをもたらす黒ウサギ。


 母にとっては、遠い異国からやって来た父が、そうであったように。

 私にも。

 いつかきっと。


「あの?」

 きょとんと首を傾げる姿は、写真の中の頃よりも、更に愛らしい女性へと変化していた。優し気な大きな瞳で、また、にこりと笑う。

 ああ、そうか。

 私の胸を、何故、この笑顔は温めるのか。それは。


 彼女が、私だけの黒ウサギだから。



 見つけた。





今回は軍曹さん視点です。


セシカとの出会い→学生時代→出会い。

分かりにくい構成となっております。すみません。

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