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後編

「この書類の決済は終わりだ、次を持って来い」


 バサリ! と音を立てて、大量の書類が端の豪奢な机に置かれた。次いで、これまた絢爛な机を隔てて、緑色の冷めた瞳が目の前に立つ巨漢を見やる。


「本日の書類はそれで終わりです、陛下。なお、この後は属州の使者との謁見。昼食はセプテム殿と一緒にとり――」

「待て」


 ラールに限らず、皇帝が相手の話を邪魔するのは珍しい事ではない。というより、遮らない事の方が稀だ。

 膨大すぎる人生経験から、相手が何を言おうとしているか察し、先回りして潰してしまう。殆ど読心術のような技能が故の弊害だったが……今回ラールの言葉を中断させたのは、純粋な戸惑いからだった。


「何故そこでセプテムが出てくる? というより、貴様はいつあいつと接触した? まさかとは思うが、セプテムの意思をないがしろにしたのか?」


 皇帝の冷たい瞳が、ラールの巨大な身体を射すくめる。貴様は確かに自分の『お気に入り』だが、それでもセプテムより優先順位は下がるぞ? そんな感情を眼光に込めて、皇帝はラールを威圧する。

 下手な事を言えば物理的に首が飛ぶ状況下で、それでもラールは言葉を続ける。この程度で狼狽していては、目の前の皇帝と口をきく事は適わないのだ。


「いいえ、これはむしろセプテム殿から要請されたのです」

「続けろ」

「はい、昼間に後宮で一人ぼっちは暇だと。周囲が侍女(かしずく者)ばかりでは退屈だとおっしゃってました。たまには、陽の当たる中で陛下と一緒にいたいのだと」

「…………」


 皇帝は、珍しく退屈以外の事で悩みを見せる。

 周囲に自分の近しい距離の者はおらず、疎外感や孤独を味わう辛さは良く分かる。であれば、セプテムの申し出は皇帝には一応納得できる物だった。更に言及すれば、愛妾を彼女一人しか置かない事を望んだのは皇帝自身。多少なりとも、彼女に対する負い目もあった。


「……いや、二つ目の質問に答えていないな。貴様はいつ、どこで、どのようにして、セプテムと会ったのだ?」


 そもそも、皇帝の愛妾を『外界』から隔離するための後宮だ。現在の後宮の愛妾はセプテム一人だが、他に世話役の侍女が少なからずいる。男のラールが後宮に訪ねて行っても門前払いだし、セプテムが侍女らに見つからずに脱走する事も考えにくい。


「厳密には、私とセプテム殿が協議した訳ではありません。侍女を介した手紙のやり取りで、今日の段取りを取り決めました。この宮殿の皆が、皇帝陛下の退屈を紛らわせるために身を砕いております」

「……ふん」


 皇帝が退屈を持て余している。その情報は周知の事実だったし、暇を埋めるために無茶ぶりをした事も多々ある。であれば、コレは皇帝を驚かせるための、出し物の一貫なのだろう。


「事前に給仕や警備の配置も確認しておきました。セプテム殿の料理の好みも訊いてあります。無論、陛下がお嫌なようでしたら取り止め――」

「構わん、それもまた一興だ」


 そうだ、何を恐れる事がある。最初こそ面食らったが、これも退屈を紛らわせる日々の刺激の一種だ。そう、本当に刺激的な一幕となるだろう。

 むしろ、自分に気づかれずにこれだけの準備をしてのけた、セプテムやラールを褒めてやるべきだろう。最近では、皇帝に楯突く者などめっきりいなくなって油断していたようだ。使用人達の引き締めも課題と言える。


「貴様も、中々したたかになってきたな。俺の寝首をかくつもりか?」

「ご冗談を、不老不死の陛下を害する事などできる筈もなく。私はこの位置が丁度良いのですよ」


 ラールのその言葉は、韜晦なのか本気なのか。読心術に長けている皇帝には、きっと内心が透けて見えているのだろう。さっきまでとは一転してニヤついた表情を見せたまま、皇帝は椅子から立ち上がった。


「さてと、それでは属州の使者と会おうではないか。今の俺なら、多少なりとも寛大な気持ちで接してやれそうだ」


 金色の総髪を撫で付けながら、皇帝は楽しげに口ずさんだ。

 ラールも着々と成長しつつある。皇帝の日常に、また少し色が付いた。



 ◇ ◇ ◇



「へいか、この度はわたくしのワガママに応じていただき、感謝の念にたえません」

「構わん。しかし、この昼食を招いたのはお前だ。精々、俺を楽しませろよ?」


 皇帝とセプテムの昼食会は、宮殿の庭園で行われる運びとなった。

 宮殿の流儀からは外れているが、セプテムの『陽の当たる中で』という意を汲んだのだろう。皇帝も日光を眩しげにしながらも気分を害した様子はなく、後ろに控えているラールや召使い達も安堵する。

 更に言及するなら、皇帝の要望でセプテムの『お話』を書き留めるために用意された書記官も、ラール達と同じ心持ちのようだ。


 庭園には元々、ちょっとしたお茶を楽しむ程度の机や椅子は置いてあった。豪勢な皿や大量の料理を並べるには物足りないが、元より皇帝は不老不死の身。餓死もしないので、食事は嗜好品以上の意味を持たない。かつての強欲はまるで見られず、セプテムの話を聞きながら、適当につまめるだけの料理があればそれで良かった。


「それではへいか、ほんじつはいかなるお話をごしょもうで?」

「そうだな……前に聞いた学問の話が良い。確か、炎の色が変わる原理だったか?」

「かしこまりました。炎の色は、主に燃やす物に含まれるきんぞくによって……」


 あいも変わらず、セプテムの知識は帝国の誰もが知らないような物ばかりだ。皇帝は興味深げに話を聞き、時に相槌を打ったり質問をしながら、昼食の時間は和やかに流れていった。


「……という訳でございます」

「うむ、大義であった。こういう趣向もたまには面白いな」


 食事もあらかた片付け、皇帝は満足げだった。座りながら目を閉じて、今の話の内容を反芻しているようで、いつもの冷たい瞳もうかがえない。

 セプテムはセプテムで、胡乱な瞳を皇帝にジッと向けて何かを考えている。

 周囲は召使いが動き回り食事の後片付けをしており、書記官は誤字脱字の見直しを行い、ラールは食事会が無事に終わった事に胸をなで下ろす。


「へいか、また機会をいただいても宜しいでしょうか?」

「ん? そうだな……まぁ、たまになら構わんか。日取りはラールと相談して決めろ」


 ラールの顔色がやや悪くなる。

 今回も、そこそこ無理をして予定を調整した。不老不死である皇帝自身はともかく、その一番のお気に入りであるセプテムの警護は問題だ。今も、物陰から近衛隊(プラエトリアニ)が内外に注意を払っている。

 しかし、彼の絶対権力者の命令を断る事ができる道理は無い。


「かしこまりました、陛下の御心のままに」


 試練を与えられる毎に成長するラール。彼の日常は、困難の連続だった。



 ◇ ◇ ◇



 こうして、皇帝とセプテムの『昼食会』は度々催される事となった。

 皇帝の予定を統括するラールと、主催者であるセプテムは、基本的に手紙でのやり取りしかできない。しかも、現在では皇帝直々の検閲が入る。故に頻度こそ少なくなったが、そのくらいの方が皇帝も飽きが来ないようだった。

 セプテムはセプテムで昼食会を楽しくするためだろうか、何かしら常に知恵を振り絞っていた。皇帝は皇帝で、その労力に報いるために私的な書類をしたためていた。


 その日もまた、陽の光の下で昼食会が開催されていたが……今日に限って、皇帝の気まぐれが発揮された。


「そうだ。セプテムよ、貴様が茶を淹れてみろ」

「へいか? それはどういう……?」


 周囲には給仕専門の召使いがいる。彼らを差し置いて、茶を淹れる素人である自分が出しゃばる必要は無いのでは? セプテムはそう質問したが……。


「だからこそ良いのだ。宮廷の作法に則った、完成された味には飽いている。下手でも良いから、お前なりの個性を出してみせろ」

「はぁ……かしこまりました」


 そうして、セプテムはいかにも慣れていない手つきで茶葉や湯を扱い、やっとこさっとこといった体で皇帝の前に茶を出した。茶の色も香りも雑な物であり、普段宮廷で見られるそれとはまるで違う。


「どうぞ、へいか。お口に合うかはわかりませんが」

「だから、構わんと言っている。お前の淹れた茶こそ、俺の求めた味よ」


 そう言って、皇帝は遠慮無しに茶の入った器を傾け、液体を半分ほど喉に流し込んだ。


「……うむ、やはり不味いな」

「それはそうでしょう。なにせ――」



「俺の不老不死化を解くための秘薬が入っているからな。これで、俺にはもうすぐに数百年分の老化が一気に押し寄せる訳だ。セプテム、お前ら錬金術師の末裔が果たした数百年越しの復讐、実に見事であったぞ」



 瞬間、ラールを始めとした周囲の者達は、皇帝が何を言っているのか分からなかった。

 分かっていたのは、口の端を皮肉げに吊り上げた皇帝と、肌を青紫色に染めてガタガタと震えるセプテムのみ。


「へい、か……なんで……どうして……いつから……」

「間抜けな話だが、気付いたのはつい最近だ。錬金術師達を処刑したのは、俺にとって『終わった話』だった事と、不老不死という異常過ぎる現象に目を奪われてな。

 まず、錬金術師達は自信満々で賢者の石を提出してきた。実際に効力はあった訳だが、連中はどうやって石の効力を確信できた? 理論上間違っていないから、という理由だけで長老の命を賭けられるものか?」


 妥当な話だ。何事にも予行練習や実験は必要である。事前に給仕や警備の配置も確認しておくように、愛妾の料理の好みを訊いておくように。人間に賢者の石が効くという確信は、『実例』を観察しなければ得られない。

 であれば、他にも賢者の石を溶いた水を飲んだ者がいる。錬金術師の長老より以前、おそらくは『実験台』として扱われた人間が。


「そう考えれば、お前の肌の色や爛れた顔にも納得できる。錬金術師達の慰み者にされた副作用、という事だろう? おそらく、捨て子の名所(コルメン・ラクテウス)で拾った背景不明の幼い奴隷を、錬金術師達が利用していた訳だ。

 そして、俺と同程度の年月を生きていたのだとすれば、お前の話が尽きないのも納得できる。その肌と顔で、普通の街や村に定住するのは難しかったろう。万が一定住できても、何十年経っても姿が変わらなければ、怪物扱いされるのが必然。各地を放浪して生で得た経験を話に仕立てれば、数百年分の『体験談』が聞ける訳だ。大概は宮殿に張り付いていた俺にとって、各地域に密着した話は面白かったぞ」

「……! …………!」


 セプテムは頭を抱え込み、その場にうずくまりながら声にならない声を上げている。対照的に、皇帝は空を見上げながら淡々と続ける。


「ああ、体験談だけでもないか。錬金術師の長老は、復讐を誓っていたからな。俺は連中を全て粛清したが、『実験材料』までは気が回らなかった。資料も殆ど焼き捨てたが……『殆ど』であり、僅かに残っていたのかもな。そうして、お前は研究を続けて今日という日に復讐を果たした訳だ」


 皇帝が放った言葉が正鵠を得ている事は、セプテムの様子から明らかだった。

 ほんの僅かに残された資料、実験をされながら聞きかじった知識、そして幾百年の膨大な時間。各地を放浪しながら、ロクな設備も無いままに研究を続け、それでも賢者の石の効力を解く秘薬の開発に成功した。

 彼女が皇帝に披露した知識も、そうした経験からの副産物だろう。この醜女は間違いなく傑物と言える。


「ふむ、俺が飽きて捨てた筈の『学問』が、俺の命を奪う訳か。教師から知識や経験を吸収しただけで、おごっていたな。『無いなら作る』というのなら、俺こそが錬金術を研究しても良かったというのに」


 と、そこまで聞いて我に返ったラールと近衛隊が、腰に佩いた剣をセプテムに――


「野暮な事をしてくれるなよ? というより、これが俺の遺言になるのだ。貴様らは最後までしかと拝聴する義務がある。この状況を想定して、俺は最近まで遺書を必死に書いていたのだから」


 相変わらずの読心術。動きを止められた彼らの中で、ラールが代表して声を上げる。


「陛下! 何故ですか!? そこまで分かっていたなら、セプテムが不老不死である事も見抜いた筈です! 何故、コイツを野放しはおろか傍に侍らせるなど!」

「ああ、セプテムが不死身である事はちょっと言葉を交わせばすぐ分かったさ。何せ、俺の読心術が通じない(・・・・・・・・・・)からな。これは、俺と同量の年月を生き、俺と同列の経験を得て、俺と同等の心理まで到達していなければ不可能だ」

「分かっていたのでしたら、どうして!」


 ラールの声は最早悲鳴に近く、その場における『一般人』の意見を全て代弁していた。栗色の短髪を逆立て、真っ直ぐなこげ茶色の瞳はただ敬愛する皇帝の身を案じつつ、しかしその願いが果たされる事は……。


「一つ、単純にセプテムの話が面白かった。二つ、俺が考えを見抜けない者は貴重だ。そして、三つ……数百年を生きて、ようやく『同類』に会えた嬉しさが分かるか?」


 場に沈黙が降りる。この孤独な皇帝を理解しきる事など、それこそ常人たる彼らには到底不可能で。

 そこで、今の今までうずくまって唸るだけだったセプテムが、のろのろと顔を上げて皇帝に問うた。


「でも、へいかはわたくしが秘薬を盛ろうとしていた事をおわかりになっていたのでしょう? なぜ、わざわざわたくしに茶を淹れさせるような事を……」

「ああ、最初お前を後宮に召し上げた時は、お前の目的が分からなかった。読心術は効かないし、錬金術師の長老の言いつけをバカ正直に守っているという保証も無い。だが、お前が半ば強引に『昼食会』を開こうとした事で察したよ。その秘薬、陽の光の下でないと効果が出ないのだろう?」


 そうして、セプテムの焼け爛れた表情が歪む。醜さもここに極まれり。しかし、皇帝はいつも通りの調子で彼女へと語りかける。


「賢者の石も闇色だった、というのはこじつけ気味か? しかし、不老不死になって以降、俺も日差しが煩わしくなったしな。そのために専用の部屋をあつらえさせたりもしたが……それが、お前には不都合だった訳だ。夜に語り合うだけじゃ俺を殺せない。陽の下で俺に一服盛りたかった。不老不死である俺に対しては、毒見役もいないしな」

「答えになっていません。何故、へいかはわたくしに秘薬をもらせる機会を……?」

「まぁ、一つは単純に俺がこの世界に飽いていた事。二つ目は、ラールという傑出した後釜がいる事。俺が死んだ後でも、やっとこさっとこではあれ、帝国をまとめて見せるだろうさ」


 いきなり突飛な話と帝国そのものを放り投げられ、ラールの混乱は最高潮へと達する。

 しかし、彼なら何とかなるという確信が皇帝にはあった。何のために今まで厳しく鍛えて来たと思っている、こういう時を想定しての事であろうが、さっさと覚悟を決めるがいい、遺書にはちゃんと『後始末』の方法も書いてある。


 そして皇帝は、かつてからは想像できない程、非常に暖かい緑の瞳でセプテムを見つめて笑う。


「決め手の三つ目、セプテムが自ら俺を殺そうとしてくれた事。激烈に厳しい俺の審議眼に叶い、短い間ではあったが楽しい時間をもたらしてくれた。そんなお前の手で、この閉じた輪のような『日常』を終わらせられるなら……うん、それもまた悪くない。

 しかし、何度昼食会を開いてもお前はまごつくばかりで、中々暗殺を実行に移そうとしなかったのでな。お前自身が茶に細工しやすいよう、最期のひと押しをしてやったぞ?」

「ル、ルキウス様! わたくしは……!」


 セプテムは泣いた、薬品で焼けた顔をくしゃりを歪めて。いつもの胡乱な瞳は見られない。ただの恋する少女のような、永い年月を生きた皇帝(ルキウス)には見慣れた目つき。それでも、ルキウスは愛おしそうに彼女の頭をかき抱いた。

 そして、ふと気付いた。自分が『皇帝陛下』以外の本当の名前で呼ばれるのが、実に久々な事に。

 名前を覚える価値のある者など、今ではセプテムとラールしかいない? 違う。自分が世界を勝手に閉じていただけだと、今際の際になってようやく悟った。


「分かっていた、お前が長老の怨嗟と俺との愛情の間で揺れ動いていたのも。分かっていた、それでも俺が人生に飽いている事を知り、殺す事を決意したのも。分かっていた、お前が俺との日常を何より大切にしていたのも」


 抱きしめたセプテムの頭をガシガシと撫でつつ、ルキウスは続ける。


「それに、この暗殺もラールに一切知らせずに行ったのだろう? 平時の玉座が血まみれでは、誰も畏敬を払わぬからな。

 その容姿からまともに他者と話せず、故に言葉もたどたどしい。そんな境遇ながら、俺に近づいて目的を達成したお前には敬意を表しよう。……良く、ここまで頑張ったな」

「……! …………!」


 セプテムは、もう言葉を発する事ができない。

 しかし、気付いた。抱かれているルキウスの胸に、まるで人間の肉の感触が無い事に。涙でにじんだ視界を上げれば、綺麗な金色だった総髪は、新しく生えてきた白髪でボサボサとなっている。


「ああ、そろそろ時間切れのようだ。身体が干からびて崩れていくのを感じる。

 最期に一つ。各地に埋めてある長老の身体を掘り起こし、殺してやれ。アイツも俺の被害者なのだからな」


 これまで感じた事が無いであろう、急激な老いに晒されて、それでもルキウスは欠片も苦痛を見せない。彼の皇帝は、愛する女の前なら最期まで格好をつけるつもりだ。老化した眼窩は落ち窪み、なおも暖かい瞳で最愛の人を見つめ続ける。


「ありがとう、セプテムよ。お前との日常、俺もそれなりに楽しませてもらったぞ? ククク、報いなど夢や幻だな。粛清もした、強奪もした、追放もした。そんな俺が、こうして幸せな死に様を迎えられるとは!」


 一気に皺が刻まれた頬を緩ませ、皮肉げに笑うルキウスに、セプテムは嗚咽をこらえて返答する。

 サラサラと砂が崩れるような音を聞きつつも、これだけは伝えなければいけないと。


「ち、ちがいます! ルキウス様は政務にはげみ、国をゆたかにされ、民をまもったではありませんか! 今の帝国こくみんは皆しあわせで――」



 そして、後には皇帝専用の服と、灰のような残骸だけが遺った。



「あっ……」


 誰が発した声かは分からない。ただ、その場の全員が確信した。数百年を生きた皇帝は、もう『死んだ』のだと。

 次いで、書記官が取り落としていた紙と筆をセプテムがふらつきながら拾い、何かしらの薬の製法らしき物を書きしたためた。

 その後、よろよろと立ち上があって机に近寄り、半分残っていた秘薬入りの茶をスッと飲み干し……誰も止める者はなく、しばらく後に彼女も灰のように朽ちて果てた。



 ◇ ◇ ◇



 後の世の歴史家にとって、『ルキウス・アエミリウス・レントゥルス・マーグヌス』とは、度々議論の対象になる人物達である。

 残虐な暴君であるという意見、文化や芸術を振興した賢君であるという主張、軍事にも内政にも精通した稀代の天才であるという所論。

 『襲名』したとされる者達の評価は様々であるが、人類史上で最大の版図を誇った帝国の全盛期を支えたという点だけは疑いようもない。


 中には、『ルキウスは不老不死であった』という説も存在するが……それは、最後のルキウスが『自殺』を行った事で容易に否定できる、荒唐無稽な物とされている。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

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