執務室にて
イヴェットが退室した後の執務室では、男三人が少々姿勢を崩し、それぞれため息を漏らしていた。
「……姉上は、いつ知ったんでしょう」
ずいぶん前からそうだったのではないかと、弟は危惧する。
あっさりと頷いた父は、肩を竦めた。
「あれは理由を話さないだろう。だが、確かにあれは鼠の存在に怯えていた」
「私との婚約を三ヶ月延期したのも、闖入者が来るタイミングすら知っていたのでしょうね」
よりにもよってイヴェットの誕生日祝いの場に、取り替えられた本人が登場する。少々出来すぎている。
裏を探る必要があると、父はすでに手を回していた。
「父上は、迷わなかったのですか」
血を分けた娘でないと、誰もが一目で理解した。イヴェットはとても似つかない。
それくらい、闖入者の見目は、父や弟と似通っていた。
ほんのわずかに首を傾げた父は、息子を横目で見やる。
「取り替えられたこと自体には、罪はなかろう。だが、鼠としか言いようのない無作法は、奴自身の罪だ。我が娘が十八年積み重ねてきた努力と同等のものを、あの鼠が持っているとは思わん」
だから、たとえ血を分けた娘だとしても、今は闖入者を公爵家の者と認めることはできない。
貴族は血を重んじる。しかし、同時に面子と実力をも重んじるのだ。
イヴェットは、公爵令嬢としてこれ以上はないほど、淑女の模範と呼ばれるほどの教養と人脈がある。
容易く代わりになれると思っているならば、大きな間違いだ。
とはいえ。
「我が家門の血をわざわざ外に出すのは危険だ。鼠には必要な教育を施す」
「同居するのですか?」
「まさか。あれが怯えて仕方ないからな。領地に行かせる。教育が身になれば、公爵家の縁者として引き取る。無理なら修道院にでも行かせる」
結果はわかりきっているとでも言うような口ぶりだった。
確かに、比較対象がイヴェットの時点で、平凡な平民として生きてきた闖入者には荷が重い。
「父上にしては、優しいですね」
感心したような弟に、皮肉げに口端を歪めた父は、紅茶のカップで隠す仕草をした。
釣られて、弟もフランソワもカップを手にする。
「あれが気にする」
短い言葉だが、深い意図が含まれていた。
父はずっと、イヴェットのことしか考えていない。できる限り娘の心労を減らそうと、そればかりを。
「フランソワ」
「はい」
「あれは、おまえを好いているか」
「非常に答えづらい問いですが……少なくとも、厭われてはいません」
そうか、と頷いた父は、安心半分、気に入らないが半分といった複雑な表情を浮かべた。
弟はこっそり笑いを噛み殺す。フランソワに膝をつつかれた。
「大切にしてやれ。あれは、私の娘だ」
「はい。必ず」
そもそも、この婚姻はイヴェットに片思いし続けたフランソワの希望で成ったものだ。
────大切にする。世界で一番。
無事に婚約は成った。あとは、来年の婚姻式に向けて自信をつけてもらおう。
決意を改め、フランソワは義理の父と弟に力強い笑みを返した。




