取り替えと印章指輪
「玩具だ」
父に不似合いな単語が飛び出し、一瞬空気がざわついた。
夜会から二日。ヒロインの聴取が終わったとの報告があり、イヴェットは父に呼び出された。
父の執務室には、すでに弟とフランソワが着席していた。
秘密のやり取りがあったのかしらと思いつつ、笑みを貼りつけてイヴェットが腰を下ろしたところで、冒頭の台詞である。
さすが高位貴族令息。弟とフランソワは、すぐに立て直した。
「玩具というより、贋作か」
「贋作……」
ひと言で『贋作』とは言っても、そもそも本物を知らなければ作れない。
それに、この国で贋作を作るのは重罪。国家的損失に至る可能性があるため、バレれば一族郎党公開処刑となる。
「私の父が作った贋作だ。記録と職人を確認した」
「おじいさま……」
「おまえたちに会わせたことはないが、あやつは相当な女好きでな。末妹が七つになった時、母が断種の処置を取らせたくらいにはろくでなしだ」
え、えぇ……。どう反応していいかわからず、イヴェットは真剣な表情のまま頷きだけを返す。
父が『あやつ』なんて言い方をするのも、他人を悪く言うのも初めて聞いた。
「数多いる愛人の一人に、型の職人見習いがいた。それを援助するため、我が家の後ろ盾を示そうと、贋作を作らせたわけだ。まあ、くだらんな」
「……回収しなかったのですか」
冷静に問いを挟んだのは、フランソワ。父は肩を竦めた。
「あやつは、初孫に握らせたと言った。確かめたが、我が子はそんなもの持っていなかった。乳母に聞いても、覚えはないという」
「……乳母、ですか。取り替えたのは」
「おそらくな。先ほど報告があったが、乳母はこちらを辞めた後すぐ死んだようだ。乳飲み子は孤児院に預けられた。まあ、それがあの娘だろうな」
どうして自分は、今ここにいるのだろう。激しく動揺して、イヴェットは震える手を握り込んだ。
父も弟もフランソワも、取り替えられたことは認識している。ヒロインが、実の娘だとも。
それをイヴェットに聞かせては、都合が悪くないだろうか。
「あの……」
恐る恐る、イヴェットは口を開く。
「わたくしは、もう失礼いたします」
もう荷物は、ある程度まとめてある。身支度さえ整えれば、すぐにでも出ていく用意があった。
お世話になったお礼を告げようと、必死に言葉を集める。
だというのに、父や弟はひどく怪訝そうな顔でこちらを見ていた。
「なぜです、姉上」
「え……」
「荷造りをしているようだとは聞いている。嫁入りにはまだ早いだろう」
「…………」
「あの娘の血がどうであれ、闖入者には変わりない。何人たりとも、当主の許可なく我が家に立ち入ることは許されないのだからな」
それは、確かに。本当に、その通りでは、あるのだけれど。
「ですが……あの場の誰もが、彼女を血縁と知りました。とても、似ていらしたもの」
「当主たる私が決めることだ」
静かに低く、重い声だった。
「私があの鼠を闖入者と呼び、我が娘とフランソワの婚約を締結した。それだけが事実だ」
「…………」
「イヴェットの名を与えたのは、あの鼠にではない」
ほろ、と熱いものが目からこぼれた。
「十八年育てた娘を捨てるような薄情とは、思ってくれるな」




