表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
取り替えられた令嬢は終わりを待つ  作者: 雨傘 はる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/8

ただ静かに消えたい


お手をどうぞと差し出された手は、まるで物語の王子様のように滑らかで優雅で、イヴェットは指先まで気を配って手を預けた。


二度目のデートは、王立博物館が改装中とのことで、植物園を訪れた。

彼のイメージ通りの場所に、なぜだか少しほっとする。


フランソワは、細やかに気遣いながら適切な距離を保ち、軽薄な言動はしない。

それは少し噂とは違っている。彼はいつでも女性の心を攫っては、傾倒されると流れていくと聞く。


噂は、しょせん噂。とはいえ、軽薄そうな男性だった方が、イヴェットにとっては有難いかもしれない。

気配りのいちいちに、優しさのひと欠片ずつに、胸がざわついて、戸惑って、狼狽えてしまいそうになる。


「湖面が静かなので、花が美しく映りますね。ボートに興味は?」


「ええ」


「……やめておきましょうか。水面に反射した光が、あなたの肌を傷つけてはいけない」


慣れた手つきでボートを漕ぐフランソワを見て落ち着きたかったのに、特に興味がないことを読み取られてしまった。

完璧な淑女であることが、イヴェットの持つ唯一の盾だというのに、最近どうもうまくいかない。


────どうして。このままでは、いけないわ。


胸の奥底で燻る恐怖を、心の臓を突き刺す悲鳴を、血の一滴ずつを凍らせる慟哭を、知られてはいけない。

最後のその時は、彼らの記憶からするりと抜け落ちてしまわなければ、この身は意味を成さなくなる。


ほんの一瞬、腕に添えていた手が震えて、意地で抑え込む。

冷えきった手に大きな手が重なって、すぐに離れていく。


「四阿に行きましょうか。あたたかい飲み物でも」


「……ええ」


ああ、やめて。いつでも凍えて寒いことなんて、誰にも気づかれたくないの。

次からは、手袋を二枚にしようかなどと考えていたから、段差に躓いた。


傾いだ瞬間、強く逞しい腕に引き寄せられて、硬い胸に抱かれる。

バクン、と確かに、大きく、鼓動が跳ねた。まるで、叫びに共鳴するかのように。

ひゅっと息を吸った喉に、ぬるい空気が入り込む。


「……大丈夫ですか」


声は、触れている胸元から直接響いた。

凍える芯を揺さぶるような甘やかな声に、指先が戦慄く。強く唇を噛んで、ようやく首を動かした。


ああ、怖い。この人は、恐ろしい。

このまま凍てついて何も感じなくなりたいのに、どうして、許してくれないのだろう。

正気になど戻りたくない。狂ってしまうから。だから、見逃してほしい。


「…………ええ。もちろんですわ」


努めて冷静にと思ったら、想像したより冷えた声がまろび出た。

だめよ、冷静に。淑女は、負の感情を見せたりしないのよ。常に微笑んで、しなやかに、淑やかに。


身体を離した頃に、ようやくいつも通りに笑みを装着できた。

フランソワは、何かを言いたそうに口を開いたが、結局言葉を飲んだ。








心情的にはぐったりと帰宅したイヴェットは、父に出迎えられて足を止めた。

多忙な父がわざわざここにいるというなら、何か用事があるのだろう。


微笑みながら、ゆっくりと礼をとる。


「ただいま戻りました」


「ああ。フランソワとは、うまくやっているか」


「滞りなく」


そう、何も問題はない。

イヴェットが、一人じたばたと足掻いているだけ。たいした問題ではない。


「……おまえは、どうしたい」


婚約のことを聞いているのだろう。言葉の足りない父の意図を汲み取り、イヴェットはわずかに黙した。

そして、もう習慣となった笑みを返す。


「その時には、御心のままに」


運命の日が訪れたら、きっとみんな今日までのことなど忘れる。

だから、心配はいらない。フランソワは彼女に心惹かれ、父の関心もそちらへ向く。心配ない。


あと、ほんの少しの時間だけ、イヴェットはここにいる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ