幸せをただ願うだけ
イヴェットの家族は、父と一つ下の弟。父に似て少し愛想はないが、とても賢い弟だ。
確か、ゲームでは人気者のヒロインに嫉妬して、意地悪をするような子だった。それもまたいじらしくて、可愛がられる役どころだ。
「姉上」
「あら、どうなさったの」
思春期で、すっかり距離を置かれていたのに、話しかけてくるとは珍しい。
思わず笑みを深めて迎えると、彼はむつりと不機嫌そうに唇を結んだ。
「……なぜ、三ヶ月なんですか」
「まあ、何の話です?」
「婚約です。どうして、誕生日を待つのですか。たった三ヶ月なのに」
思わず、イヴェットは首を傾げた。
イヴェットは、たとえ婚約してもすぐに家を出られるわけではない。
けれど、公爵家の後継はすでに彼と決まっていて、地位を脅かすことは今も先にもないと思うのだけれど。
「早く決めた方がよかったでしょうか。ごめんなさい、あなたの立場をどうこうしようとは思っていないのですよ」
「そんなこと心配してません」
おや、違ったのか。思春期の男の子は難しい。
さらに首を傾げつつ、心当たりを探る。その間に、弟は許可なく部屋に足を踏み入れた。
姉だからいいけれども、他の女性にはしてはいけませんよ。
「姉上は、なぜいつもそうなのですか。そうやって本音を隠して、僕たちから離れようとして」
まあ、本当に何の話かしら。イヴェットは困って眉尻を下げた。
年頃になって距離を取っていたのは、彼の方ではなかっただろうか。
「父上も心配していましたよ。理由もなくそう言い出すわけはないから、おまえは何か知っているかって聞かれました」
「ごめんなさい、手間をかけましたね」
「ああもう、そうじゃないんです! 理由です、理由を教えてください。そしたら、僕も父上も安心します」
どこか切羽詰まったように言い募る弟の翡翠の瞳が、あんまりにも綺麗で可愛らしくて、イヴェットはつい笑みをこぼした。
こんなにまっすぐ目を見て話すのは、幼い頃以来ではないだろうか。
たった一つしか違わない姉弟で、しかもイヴェットがあまりに悟りきった子供だったものだから、彼はいつも張り合っては少し離れた場所にいた。
「……なんですか、何を笑っているんですか」
「ふふ、ごめんなさい。あなたはいつも愛らしい。愛おしいなと思ったのです」
「は!? また、そうやって誤魔化して!」
「まあ。本当に可愛らしいと思っていますよ。……ずいぶん、大きくなりましたね。あっという間でした」
たった五年前までは、イヴェットの方が背も高かったのに、今では背伸びをしても届かない。
母は、二人が物心つく前に亡くなった。きっと今の弟を見たら喜ぶだろうと、ふと思ったりする。
「……幸せになってくださいね」
「なんですか、それ……姉上こそ、婚約して幸せになればいい」
「そうですね」
素直に頷いたのに、弟は納得できないとばかりに眉間の皺を深くする。
イヴェットにできるのは、遠い未来の望みをほんの少し口にする程度。隣で見守ることは、できないから。
「あなた方が幸福であることが、わたくしの願いです」
父とも弟とも、決して呼べないけれど。彼らの幸せだけを願い、イヴェットはここにいる。
逃げ出さず、追い出されるために。
怖気に包まれた身体に小さく熱が灯るほど、イヴェットは強く深く願った。




