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取り替えられた令嬢は終わりを待つ  作者: 雨傘 はる


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2/8

いつか、わたしを捨てる父


淑やかに階段を降りたところで、父がエントランスに姿を見せた。

イヴェットは、完璧な淑女の笑みを浮かべて出迎える。


「おかえりなさいませ」


「ああ。今帰った」


色味はヒロインそっくり、けれど中身は渋めな父は、無表情のまま淡々と頷く。

これは特に不機嫌とかではない。おそらく、これでもだいぶ機嫌はいい方だ。


「晩餐を共に」


「ええ。喜んで」


という会話は定型文。

無表情と仮面笑顔で滞りなく交わしたら、判を押したように互いに私室へ戻り支度をする。


幼い頃、いずれ父に捨てられるのだと、イヴェットは知ってしまった。それがよかったのかどうかはわからない。

ただ、気づけばイヴェットは、父の前でも誰の前でもうまく表情を変えられなくなった。


ヒロインの恋を羨ましくは思わない。でも、家族や周囲が、いずれ自分を切り捨てると知っている。

そう決められているのなら、イヴェットには何ができるというのか。


大貴族としての教育を受け、裕福な生活を送ることは、未成年の貴族令嬢の義務。

理由なく家を出ることはできないし、その術もない。でも、それすらも本当は罪なのかもしれない。


前世なんて記憶を持ってはいても、ほとんどがゲームの内容で占められていて、個に関する情報はあまりない。

庶民だった、という覚えはあるが、それがどのような生活かは記憶にない。


この世界は筋書きの決められた物語である。

イヴェットが知っているのは、たったこれだけなのだ。


────知らないよりは、いいのかしら。


もう何度目かも知れない自問自答を、また繰り返す。心構えができるだけいいのだと言い聞かせる。

そうしていなければ、とても、真面ではいられない。


「婚約が決まった」


普段なら、無言のまま終えるはずの晩餐は、父の言葉で延長が決定した。

デザートが下げられ、エスコートされるままソファへと移動する。


体温が下がる心地で、父からの言葉を待つ。

ゲームの中では、イヴェットはただ放逐されるためだけに存在したキャラクターだったため、婚約者がいたとは知らなかった。


無意識に肩が震え、気づいた父が上着を脱いでかけてくれる。


「……婚約は、望んでいないか」


太陽の光を反射する若葉のような瞳が、わずかに気遣わしげな色を称えた。

咄嗟に、イヴェットは首を振る。失望されたくないと、とうの昔に捨てたはずの心が、コトリと音を立てた。


「恐れながら……」


イヴェットの第一声に、父がほんの少し表情を強ばらせた気もしたが、今はそこまで気を回せない。

声が震えないように、努めてお腹に力を込めた。


「……わたくしには、是非を左右する権限はありません。ただ、もし、許されるのでしたら、あと三ヶ月。三ヶ月だけ、猶予をくだされば」


「三ヶ月? おまえの誕生日か」


なぜだか泣きたい心地で、イヴェットは頷く。

父は毎年、誕生日を欠かしたことはない。無愛想だけれど、優しい人だと知っている。


理由を尋ねられるかと思ったが、父はあっさりと頷いた。


「なら、婚約は待とう。ただ、相手が強くおまえを望んでいる。交流のみなら構わないか?」


「はい。ありがとうございます」


どうせ、婚約することはありえない。

でも、交流だけという譲歩を覆せるだけの材料を、イヴェットは持っていなかった。


「……おまえは」


立ち去るかと思われた父は、しかしソファを立つとこちらへ近づき、あろうことか足元に片膝をついた。

あまりにも驚いて、イヴェットは父に向かい合うように、カーペットにぺたりと座り込む。


さら、と父の癖のない白金が、美麗な顔にかかった。

鮮やかな翡翠が、イヴェットを捉える。


「もう少し胸を張りなさい。おまえは、筆頭公爵家の娘だ」


「…………はい」


答える声は、ほとんど吐息に掠れて、届いたかどうか。

大きな手が一度だけ頭の上に乗り、やがて気配が遠ざかっていった。




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