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取り替えられた令嬢は終わりを待つ  作者: 雨傘 はる


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11/12

父と弟


急いで屋敷に帰ったイヴェットは、父と弟の姿を探して駆け回っていた。

寒い季節だというのに、息せき切って汗までかいている。


「デューク!」


自室にいた弟の名を呼ぶと、驚いた彼が飛び上がり、弾みで眼鏡が落ちた。

構わず駆け寄り、細身の身体をぎゅーっと抱きしめる。


「ね、姉様?」


動揺しているのか、昔の呼び名に戻っている。

余計に嬉しくて愛しくて、はしたなくも弟をぎゅうぎゅうに抱きしめた。


「ごめんなさい、デューク。寂しい思いをさせました」


「え? なんです? 怖い。大丈夫ですか? 姉様、何かありました?」


「ありがとうと言いたくなったのです。それと、愛しています。デューク、わたくしの可愛い弟」


無理に引き剥がすこともせず、じっとしていた弟は、やがておずおずと背に腕を回した。


「…………姉様。もう、離れていきませんか」


「はい。ここにいます」


「信じていいんですね」


「はい。信じてください」


「もう……もーっ! 約束ですよ!」


「はい。約束です」


ひと言ずつを肯定すると、弟は強い力でイヴェットを抱き竦めて、ぱっと放した。

照れくさいのか、視線を外したまま『しっかりしてくださいよ』なんて唇を尖らせる。


可愛くて可愛くてキュンキュンするイヴェットに、弟は仕方なさそうに笑って、眼鏡をかけ直す。


「父上なら、書庫ですよ」


「ありがとう、デューク」


久しぶりだから、何度も呼んでしまう名前に照れる弟が可愛い。

軽い足取りで、イヴェットは書庫を目指した。


「どうかしたか」


けれど。重厚な声を聞いた途端、一気に緊張が身体を凍らせた。

恐る恐る歩を進めて、ひと際大きな本棚の前に立つ父と向かい合う。


「……ずっと、夢の中を歩いているようだったのです」


なぜだろう。打ち明けるならば、父でなければならないと思った。

無愛想で冷たそうで、けれど誰よりも確固たる愛を与えてくれる人に。


「わたくしは、確かに、どうしても、このうちの子ではなくて。だから……いらなくなるべきだと、知っていたのです」


「そうか」


なぜ、と。父は問わなかった。ただ一つ、重々しく頷く。

震えそうになる声を、深呼吸をして整える。


「公爵家に相応しくありたかった。模範的な公爵令嬢でありたかった。ですが……いつか捨てられると、知っていました」


「ああ」


「父様」


呼ぶと、翡翠の瞳が丸くなった。

思わず父が瞠目するほど長いこと、イヴェットは父のことを呼べなかった。どうしても。


泣くまいと思っていたのに、まるで子供みたいにしゃくりあげて、イヴェットは泣いた。


「ごめんなさい、父様」


「……何を謝る」


「信じられなくて、ごめんなさい。見ないふりをしてごめんなさい。気づかなくてごめんなさい。いっぱい傷つけて、ごめんなさい」


これでは、まるきり幼子だ。

ひっく、ひっく、引き攣る喉が抑えきれない。


あまりに困って顔を両手で覆うと、静かに近寄ってきた気配が、覆うように包み込んだ。

まるで、外のすべてから守るように、すべてから隠せるほどに。


「おまえは、知らなかっただろうが」


雨だれのように静謐な深い声が、ぬくもりを伴ってイヴェットに届く。


「私もデュークも、おまえが何かを抱えていることくらい気づいていた。揶揄でも曖昧でもない、確たる根拠のある不安だと」


「…………」


「だが、簡単な話だ。単純明快で、余地もない。私が名を与え、成長を見守り、慈しんだ娘はおまえしかいない」


半分立っていられないイヴェットを抱きかかえて、父はゆらりと身体を揺らす。

まるで、泣きわめく幼子をあやすみたいに。


「迷えばいい。惑えばいい。恐れればいい。おまえも、デュークも。子とはそういうものだ」


「……はい」


「どうしようもない時には、父がすべて打ち払って見せよう」


「……っ」


ずっと黙して見守っていたのは、その時に助けるために備えていたから。

途方もなく大きく深い想いに、イヴェットは、どう応えられるだろう。


「これからも迷い、悩みなさい。父はもうしばらく、ここにいる」


いつか、本当の別れが近づく時。その時までに、ほんのわずかでも、愛を返せるように。

父の腕に守られながら、イヴェットは強く強くそう願った。




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