1391話
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浮遊大陸から南方に向けて三日目の朝、一隻の帆船は夜間に上げていた速度徐々に落としつつ、通常速度で航行していた。
速度としては十ノットほどで、周辺を走る他の帆船と同じ速さを維持している。
ただし、遠目に見ても分かる程、全く普通の商船や軍船と造りの違う船が一隻、沖合を航行していれば、早朝であっても目立って仕方がない。
そんな帆船の甲板上では、既に完全武装状態の獣人達が三十人、万全の状態で準備していた。
その中心部に立っているのは、一人は顔の右半分を包帯で覆い、左側のみ立派な巻角を持つ筋肉質の女性、有角族のエルザだ。
普段とは違い、革製の籠手と拳を守るナックルガードを装備し、軽装の姿を見せている。
本来の装備品は、ジーメインとの戦いによってほぼ破壊されてしまった為、修理すら絶望的状況となっていた。
ユウキの方が、過去に造った防具を見繕う方針でいるらしいが、エルザとしては「使える物なら何でもいい」との返答をしていた。
その返答に、アクスレビオなどは「エルザ嬢らしい」と笑い、リリーナは「少しは体面を気にしなさい」と怒った。
ユウキなど、「今度はジーメインの拳でも壊れないレベルの武具を造る」と意気込んでいたりと、それぞれバラバラの考えを持っているようだ。
「準備はいいかい野郎共。相手はワタシらの仲間を攫った外道共。だが、チョイと本気で殴れば死ぬほど脆い連中だ。ちゃんと手加減だけはしてやんな、いいな?」
「「「おう!!」」」
腕を組みながらそう大声を上げるエルザに、周囲にいた獣人達が大声をあげ、その後笑い出す。
彼らは獣人戦士団の者達であり、エルザの厳しい特訓を受けて挫折しなかった者達だ、覚悟が違う。
「少し気負ビ過ぎでワないガ?」
少し話し方に特徴があり、所々言葉にし難そうな感じの喋り方をする大男が、獰猛な笑みを浮かべるエルザに向かって困った表情を向けている。
とはいえ、その表情が分かるのは『同じ種族である獣人達』だけだ。
「あぁ?いいんだよエニアグラン、これぐらいで気負いもクソも無えんだしな」
「⋯⋯⋯相変バらず言葉使いが悪ズぎる」
エニアグランと呼ばれた獣人の大男は、思わず右手で頭をガシガシと音を立てて掻いてしまう。
狼顔の毛並みが、外側に向けて膨らむように逆立つが、本人はその事を気にしない。
反逆者エニアグラン、南斗の五将でありながらジーメイン、ホウクスと共に浮遊大陸へと攻め込んだ不信者。
本来であれば、ユウキの目の前で罰せられるハズの人物だった。
だが、今回のメルフェン達の救出する事で罪を軽くするとの話が出ている。
当の本人は、最早死刑も止む無しと思っている所なのだが、アクスレビオからの説得⋯⋯⋯と言う名の脅迫じみた発言で渋々従う事となった。
エニアグラン自身、直接の身内は殆どいないが、それでもゼロではない。
かなり遠い血縁者が少数、隠れ里にいたりする。
いつの間に調べ上げたのかと、逆に感心してしまうが、その者達にも連座の危機があると言われてしまえばどうしようもなかった。
あのエルフの腹黒さは、どれだけ時間が経とうとも変わらない。
「エニアグラン、お前の出番はリリーナがダメだった時だ。その時は」
「分かっデいる。その時バ俺が先陣を切る」
先に人間族の港に到着しているであろうリリーナの大暴れ具合を予想しつつ、エニアグランは腕組みをする。
あの欲深い人間族達が素直にメルフェン達を差し出すハズが無い、そう予想しながら。




