11.隣国の皇太子がやって来た
「ほら、いらっしゃったわ。あそこの背の高いブロンドヘアの男性よ」
「わあ、瞳は青みの強いグレーなんですね」
人々が噂しているのは、隣国の皇太子エドモンド・ラディーチェ殿下。
1週間前から、フランソワ学院へ短期留学しに来ている。
ゲーム内の彼は、勿論イケメンで、かなりのプレイボーイだ。
気さくな性格で様々な女性とすぐに仲良くなる。
そして、どんな女性でも欲しいと思えば手段を選ばない。
見ている限り、現実の彼もゲームと同じキャラのようだ。
***
ゲームのシナリオではこうだ。
この国の女性に声をかけまくっていたエドモンドは、オスカー殿下とティアナの仲睦まじい姿を目撃する。
「へぇ、美人の婚約者がいるのに、あの女に心を奪われているのか。はは、面白そう」
エドモンドはティアナにアプローチしだす。
最初はちょっとした興味本位だったが、ティアナの明るく純粋な心根に惹かれ、いつしか本気になる。
だがティアナはなかなか振り向いてくれない。
そこでエドモンドは一策を講じた。
「ねえ、エリザベス嬢。君はオスカー殿下をティアナに奪われていいのかい? いいわけないよね」
エドモンドはエリザベスの耳元で悪魔のようにささやく。
「僕に協力してよ。そうすれば、オスカー殿下は君の元に戻ってくる。そして僕はティアナを手に入れる。双方にメリットのある話だろう?」
エリザベスはこの彼の誘いに乗り、2人の仲を裂くため、あれこれと画策する。
エドモンドの企みが成功すると、彼はオスカー殿下からティアナを奪い、自国へと連れ帰る。そして口封じのため、協力者のエリザベスを密かに毒殺する。
企みが失敗すると、エドモンドは望んでも手に入れられないものがあること知る。そして愛するティアナの幸せを願い、障害となるエリザベスを排除するため毒殺の指示を出す。
計画が成功するか失敗するかは、好感度をどれぐらい上げているかで変わってくる。
とうとう最後の攻略対象だ。
ゲーム通りなら、私は死ぬ。
でもシナリオが変わった以上、恐れる必要はない。
現実は、オスカー殿下とティアナは愛し合っていないのだから。
「私は私のできることをするだけよ」
エリザベスは自分に強く言い聞かせた。
***
「やあオスカー、久しぶりだな。彼女が君の婚約者かい?」
「ああ、紹介しよう。エリザベス・バトラー嬢だ」
「初めまして。さすが薔薇姫と称されるだけあって、たいそうお美しい。あなたの前では月の女神アルテミスも恥じいってしまいそうですね。私はエドモンド・ラディーチェ。どうぞエドとお呼びください」
そう言うと、手の甲にキスをする。
「ふふふ、お世辞が上手でいらっしゃること」
なんとか笑顔でごまかしたが、本当は鳥肌が立って仕方がない。
元日本人としては、こんな歯の浮くようなセリフは聞き慣れないから、背筋がゾワゾワするだけだ。
しばらくすると、エドモンドはやたらと私に声をかけるようになった。
「ぜひあなたの家の庭も見てみたいですね」とか、「授業で分からないところがあるので、少し教えていただけませんか」など、理由を付けては私を誘う。
それはいつもオスカー殿下が一緒にいない時ばかり。
(え?これって、ティアナではなく、私に興味を持っている?)
隣の芝生は…ってやつかしらね。
でも私はオスカー殿下一筋だ。
エドモンドのような浮気男より、私はオスカー殿下のような一途な男性が好きなのだ。
はぁ、今日のオスカー殿下も尊い!
仕事や授業に追われ、ほんの少しやつれた感じがまたいい!
何かしてあげたい。癒してあげたい。なでたい。触りたい。抱きしめたい。
ああ、私の母性本能が疼きまくりだ。
こんな感じで、私がエドモンドに興味を示さないと知ると、彼はティアナを巻き込むことにしたようだ。
彼はティアナに声をかけた。
「やあティアナ嬢、これから図書室かい?同行しても?」
「お断りします」
「つれないなあ。ところでさ、君に協力してほしいことがあるんだよね」
エドモンドは飛び切りの笑顔を見せる。この笑顔を前に、断る令嬢なんていない。
「もし協力してくれたら、君の行きたい所に連れて行ってあげるよ。欲しいものだって何だって買ってあげる。なんといっても僕は皇太子だからね。どうかな?」
そんなエドモンドを、ティアナはあきれた顔で見る。
「ひとつ、よろしいかしら。なぜ私に声を掛けようと思われたのですか?」
「君は孤高で気高い女性だ。君になら僕の計画を打ち明けてもいいと思ってね」
「へえ」
ティアナは小馬鹿にしたように言う。
「あなたの心の声を翻訳すると、『みんなから距離を取られている孤独な女なら、俺に声を掛けられただけで感激するだろう。周囲に人がいない分、俺の計画も誰かに悟られにくくなる。おまえは俺のいい駒だ』ってところでしょうか。」
「な、何を言っている。私はそんな」
「それにあなたはもしかして、自分のことをかっこいいとでも思っていらっしゃる?それは違いますよ。美の基準なんて時代や国によって変化します。そんなあやふやなものに頼るより、中身を磨いてください。あなたみたいに人のものばかり欲しがるのは、中身が空っぽな証拠です。人間としての魅力を磨けば、自ずと周囲に人は集まるものですよ」
思わぬ反論に、エドモンドはたじたじとなる。
だがこのままでは面子にかかわる。黙っているわけにはいかない。
「おまえ、皇太子に向かって偉そうな口を叩くな。生意気だぞ。それに、おまえの言葉を借りれば、人間としての魅力が欠けているのはそっちだ。俺の周りにはいろんな女がいるが、おまえには誰もいないじゃないか。そんな奴に偉そうに言われたくない」
ティアナはため息をつく。
「私は好きでそうしています。それに周囲にいるのは何も「人」じゃなくてもよろしいのではなくて?」
ふと何かの気配を感じ、エドモンドは辺りを見渡した。
すると――魔王と上級魔族が必死の形相で彼女に向かって飛んでくる姿が見えた。
手には何か持っている。
それを見たエドモンドは、気を失った。




