10.ティアナとサシで話をしたところ
私たちはもうすぐ2年生になる。
2年生は生徒会役員になれる権利を与えられ、選挙によって選ばれる。
今のところ、立候補者はオスカー殿下、エミール、アレン。そして私とエレーヌ。
エレーヌは伯爵家の令嬢で、華やかさはないが真面目で口が堅いので、みんなからの信用度も高い。
生徒会役員としては、あと一人必要だ。
(思い切ってティアナを誘ってみようかしら。ミリアとは話せたけど、彼女とも一度ちゃんと話をしたいと思っていたし)
私はティアナがいるであろう中庭へと向かった。
「ティアナさん、お勉強中にごめんなさい。少しいいかしら」
「ええ」
彼女は教科書を閉じた。
「今日はお願いがあって来ましたの。ティアナさん、私と一緒に生徒会役員に立候補なさらない?」
「なぜ?」
「ティアナさんは行動力があるし、誰に対しても媚びないし、そういう方は生徒会に向いていると思うの」
そう思ったのは本当だ。
魔族襲来以降、クラスメートからは怖がられて、さらに遠巻きにされているけれど、あの動じない姿に一目置いている人も何人かいることを知っている。
「ごめんなさい。そういうのは興味がなくて。他を当たって下さい」
「そう。残念だわ」
あっさり断られ、何だか力が抜けてしまった。
がっかりした私の姿に同情してくれたのか、彼女は会話を続けた。
「エリザベスさんが生徒会に立候補したのは、オスカー殿下がいるから?」
「え?あ、いや、それはまあ…確かにそれもあるんですけど。でもせっかくだから学生生活を思い出深いものにしていきたいなとも思っていまして。
ほら、学生でいられるのは今しかありませんし、その時の思い出って案外、大人になっても忘れないと言うか。懐かしいな、楽しかったなって思い出して、楽しくなって。じゃあもうちょっと頑張るかって。素敵な思い出は元気の素になるんですよね」
私は前世を思い出し、ワクワクする。
「思い出に残る行事か。例えばどんなもの?」
「そうですね、お祭りとか遠足、あっ、運動会とか楽しいかも」
「玉入れや騎馬戦?」
「そうそう、意外とあれは盛り上が…って、えっ?!」
…え? ちょっと待って。
なんでティアナがこの世界にはない玉入れや騎馬戦を知っているの?
それって、もしかして、もしかすると、ティアナも前世の記憶があったりする?
「あのぉ、ティアナさんはもしかして、前世の記憶があったりします?」
「気付かなかったの? たぶんあなたと同じ元日本人よ」
「ええ~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
私は2,3歩後ずさりした。
「だって、そんな素振り一度もなかったじゃない。それに、せっかくヒロインに転生したのに、自らそれを捨てるなんて、私だったら考えられない」
「そう? 私はヒロインも聖女も嫌よ。ちなみに、オスカー殿下のことも嫌いだから」
ティアナの言葉が衝撃過ぎて、私は何秒か固まった。
「…ちょ、ちょっと待って。オスカー殿下のどこがダメなの? 彼を嫌いな人がこの世にいるなんて信じられない。だって国宝級イケメンだし、性格もいいし、優しいし、細マッチョだし、いい匂いもするし、私が粗相をしてもいつも神対応だし、何着ても似合うし、例え手に茄子やキュウリを持っていたとしてもオスカー殿下なら」
「ストーップ! あなたがオスカー殿下のことを大好きだと言うことは知っているから。授業中も彼を見てニヤニヤしているしね」
「うそ?!私、そんなにだらしのない顔をしていたの?」
真っ赤な顔をした私に、ティアナは深く頷く。
恥ずかしい…。こんなにも分かりやすいのか、自分は。
「まあとにかく、私は自分の生きたいように生きているし、これからもそうするつもり。あなたも悪役令嬢なんていうくだらない枠組みから抜け出して、好きに生きなさいよ。オスカー殿下一筋、上等じゃない」
「それでいい…のかな」
「何か困ることでもある?」
私はふとこれまでの自分を思い出した。
悪役令嬢にならないよう努力したけど、シナリオは変わらなかった。
ゲーム通り婚約者になって、もうこうなったら悪役令嬢の道を全うするしかないと思った。
卒業したら、残りの人生はオスカー殿下との思い出にすがって生きようと思っていた。
そう自分に言い聞かせて、でもオスカー殿下とずっと一緒にいたいと心のどこかで願わずにいられなかった。
結局、ゲームに捕らわれ、一人悩み、一人踊らされた感がする。
そう思うと、なんだか涙がこぼれそうになった。
「なんかこれまでの生き方が、全部無駄だったような気になる」
「無駄? 私はそうは思わないけど。もがいて努力した過去も全部ひっくるめてあなたでしょ。なりたい未来にするためにも、ウダウダ考えず、今自分ができることをする。人生楽しんでなんぼよ。あなただったら推しのために、どんなことでも楽しく乗り越えていけるんじゃないの?」
ティアナはそう言うと、私の肩をポンポンとたたいた。
「ま、頑張りなよ」
彼女はそう言って、教室へと戻っていった。
私がティアナの言葉を反芻しながら歩いていると、クラスメートに声を掛けられた。
「エリザベスさん、大丈夫だった?」
「何が?」
「だって、ティアナさんと一緒にいたから。エリザベスさん、なんだか涙ぐんでいらっしゃったし。何か酷いことを言われたのではないですか」
どうやら、ティアナと2人きりで話をしているのを見て、勘違いしたようだ。
「大丈夫よ。少しお話をしていただけですから」
「でも、あのティアナさんでしょう? 彼女、いつも一人だし、何を考えているか分からないし、正直言ってちょっと怖いですわ」
「それに彼女なら暴力をふるう可能性だってありますわ。ここはやはり、オスカー殿下にもご相談なさった方がよろしいのではなくて?」
「本当に大丈夫よ。心配して下さってありがとう」
クラスメートたちはそれでも私を気遣って、教室まで同行してくれた。
(まるで私がヒロインみたい…)
そう思ったら笑えてきた。
ティアナは何か自分なりの信念があって、自分の生きたいように生きようとしている。しかしそれは一般的な令嬢らしかならぬ言動として、人からは奇異に見えるのだろう。
実際には違っても、見た目や態度だけで人は勝手に判断して決めつける。
こうあるはずだと価値観を押し付ける。
そんなのに縛られて、私も自分の世界を小さくしていたのかもしれない。
もっと自由に、少しぐらい我儘でもいいかもね…そう思った。




