35.「OSU ――マウントブック一家の護衛⑨――」
「押せ押せー!」
湖の真っただ中でマウントブック一家のボスの大声が響く。
同行する三十四名の野郎どもは車から降りて、止まってしまった車体を一斉に押す。
その内の非協力的な姿勢を見せる一人の男を怒鳴りつける。
「こらぁ! てめぇもちっとは手伝ったらどうだ!?」
怒鳴られたのはハンターのミズハ。
彼は仏頂面を浮かべながらボスに反論する。
「俺が依頼されたのは護衛の任務だ。荷物運びじゃない」
「ふんっ! 与えられた仕事しかできねえのかよ。言っとくがな。こんなのはまだ『予想外のアクシデント』でもなんでもねえぞ。勝ち誇った顔してやれんのも今のうちだけだぜ!」
言いたいことだけ散々言って彼は再び野郎どもに指示を出す。
「ギルドでのこと、まだ根に持ってやがんのか」
ぼそっと独り言をつぶやくミズハ。
だが彼の言葉を支持する訳ではないが、ボスが言うとおりこんなのは予想外でもなんでもないミズハも予期していたアクシデントの一つだ。
人気の無い夜の湖。
トラックには大量の運搬品。
中には相当の値が付く品物だってあるに違いない。
今の時代、運送業者を狙う物取りは珍しくないのだ。
だからこそミズハはトラックが立ち往生しているこの瞬間、最大限に警戒しているのだ。
だが事態は思いもよらぬ方向へ傾いていく。
まず複数の野郎どもの悲鳴にも似た叫び声が上がる。
やがてその中の一人が湖に落ちた。
いや。
何かとてつもなく大きな生き物に力ずくで引きずり込まれるのをミズハは見た。
誘いの森のような凶暴な生き物はいないはずの湖で突如起きた事件。
『動物を凶暴化させる霧』、『大量に降った雨』。
最近聞いたこの二つのワード。
そしてこの湖の西側が誘いの森の入り口に面していることを思い出したミズハは銃を放り投げ、男を追って水面に飛び込んだ。




