21.「ナマエ ――誘いの森の業者救出⑩――」
「ヒダリ」
「えっ?」
獣の少女の一言に思わず素っ頓狂な声を上げるミズハ。
「あのへんから臭いニオイがしてむかつく。たぶんニンゲン」
ミズハの鼻にはなにを感じない。
が。この森に住む動物はわずかなニオイでも敏感に察知してしまうのだろう。
助けに向かうべき業者が何を運んでいるのかは知らないが、その中に刺激臭を放つ物品があるのかもしれない。
そうなるとそのニオイを辿っていけば目的地に到達できるかもしれない。
瞬時にそう考えたミズハはとりあえずずっと気になっていた疑問を一つぶつけた。
「左ってどっち? 俺から見て左なの? 君から見た左で、つまりは俺から見て右なの?」
真正面に向かい合っている状況だからこそ陥る当然の疑問。
だがその謎は自己解決した。
さっきの絶壁を越えて高い場所に出た甲斐があったというもの。
ミズハから見て左側に広がる森の隙間からチカチカと光が点滅しているのが見えた。
「あそこだな。ここからなら目測で、二キロメートルといったところか」
「あのカベが上れるならイケルでしょ」
真っ直ぐ向かうには高低差があって厳しい土地だが、チェーンワイヤーを使えばなんとかなりそうだ。
希望が繋がった。
はやる気持ちを抑えつつ、やはりミズハは不用意に近づかずに距離を守ったまま礼を言った。
「ありがとう。行ってみるよ」
獣の少女の返事はない。
彼女と出会ってからこれまでに色々なことを聞かれたし、こっちからも質問を投げかけたりした。
それでもミズハの発言に対して獣の少女が返事をすることは一度もなかったような気がする。
ミズハが先に視線を外し、左側の森を見る。
すると獣の少女もようやくミズハをにらみつける視線をそらし、緩やかにその場を後にする。
「待ってくれ。最後に一つだけ聞かせてくれ」
その歩みを、ミズハの一言が止めた。
「名前はなんていうの?」
明日からまた一日一話掲載予定です。




