9番地 魔法使いは片付けられない
並行連載がどうとか言っておきながらこっちが停滞してました。
ごめんなさい。
早くもクロエと出会ってから1週間が経った土曜日。
俺が飯を盾にしたのもあってクロエ側の寝室は一応片付いているが、この前現状(惨状)を目の当たりにした以上、今日という今日は残りの部屋も片付けなければならない。
「ということで大掃除するぞ」
「え〜……面倒。何がどこにあるか大体分かるし、研究のスペースさえあればいい」
「村行ったときチラッと見たが、あれはいずれ研究に支障出るだろ。まずどこからやるか?」
「むぅ……じゃあ書庫から。そこから出て右側にある」
「よし分かった」
バケツに雑巾、現代の化学繊維が誇る静電気のホコリ取り。重装備の清掃業者さながらの出で立ちで、俺は境界線を超え、未知の書庫へと踏み込んだ。
扉を開けると、古い紙が放つ独特の甘い朽ちた匂いと、微かな魔力――何故かは分からないがそう表現せざるを得なかった――の残り香が鼻を突いた。
本の劣化を防ぐためなのだろうが、中は光があまり入らず薄暗い。おまけに本棚に指を滑らせると、指先が真っ黒になるほどの灰色の層。
「ゲホッ……こんな部屋じゃマトモに読書もできないだろ」
「……必要な本は、風の魔法で埃を飛ばして読んでた」
その効率的すぎる(そしてズボラすぎる)魔法の使い方に、俺は頭痛を覚えた。
「しかし多いな……あんまボロいのは捨てていいんじゃないか?」
「だめ、全部必要。……師匠との、思い出」
「…………!」
クロエの声がわずかに震えていた。
思い返してみると、クロエの家族については一度も聞いた記憶がない。先週のあの日に聞いた師匠とやらが彼女にとって家族と呼べる唯一の存在だったのだろう。
そしてその師匠はもう、いない。師匠の死後、クロエにとってこの書庫は相当な重みを持った場所となっていたのである――俺なんぞには想像もつかないほどに。
無神経にもその"聖域"に土足で踏み込もうとした己が恥ずかしい。
「……分かったよ。せめてよく使うやつとそれ以外、とかで分類するぐらいならできるだろ?」
「それぐらいはなんとなく」
どうにか落としどころを見つけることができた。
その後もほぼ俺主導で本の整理を進める。魔法使いだから当たり前かもしれないが、魔導書の類がかなりの割合を占めているようだ。次点で薬学関係か。
なんとなく気になったので、目についた1冊をパラパラとめくる。
「火消し雨の魔法に凍結魔法……この辺はクロエも使ってるやつか。その次は…………ん?"物体転送魔法"?」
……コレで財布を届けてくれていれば牛込にバレずに済んだものを……!まあ、過ぎたことをあーだこーだ言ってもしょうがないが。
その後もページをめくっていると、1枚の紙がヒラリと落ちた。
拾ってみると、古いメモのようだ。走り書きでほとんど読み取れないが、「空間魔法」の文字は比較的丁寧に書かれている。
……この図、何か見覚えがある…………寝室の状況によく似ているような……
そうとなれば、クロエに確認してみよう。
「これ、お前がやった可能性あるんじゃないか?」
「……分からない」
絶妙にはぐらかしているのか本当に分からないのか判断のつかない反応だ。まあ、今は掃除を優先しよう。
それから何時間経っただろうか。ようやく整理がついた書庫は、見違えるほど広くなっていた。
埃を被って輪郭がぼやけていた本たちが、背表紙をピシッと揃えて並んでいる。
「……変な感じ。別の場所みたい」
クロエが、整理された本棚の一角にそっと指を触れた。
「師匠が死んでから、ここはただの『残骸』だと思ってた。でも……こうして並んでると、まだ生きているみたいに見える。合理的じゃないけど」
恥ずかしそうにするでもなく、ただ懐かしむように目を細める彼女を見て、俺はこの掃除が単なる「衛生管理」以上の意味を持ったことを確信した。
「疲れた……」
クロエは床で大の字になっている。まだ掃除しなければならない部屋は残っているというのに……まあ今日はこの辺にするとして。
……それにしても。魔導書と薬学の専門書ばかりだと思ったが、リュンヌ王国の歴史や料理の本も少しだけ見つかった。
「……もし興味があるなら貸してあげてもいい。掃除の正当な対価として」
「ほう、魔導書は俺が読んでもしょうがないだろうが、歴史書とかならアリかもな。……今度、読み聞かせてくれよ」
「……私の授業料は高い」
とは言いつつも、クロエの口元は少しだけ緩んでいた。
「具体的にはどのくらいだ?」
「一冊あたりご飯三食ぐらい」
「やっすいなぁオイ」
「……三食、アキヒサが一緒に食べるのが条件」
「……それなら、もはやタダみたいなもんだな」
「……期待してる」
書庫に、整理された本たちが放つ清々しい空気が満ちていく。外は既に、夕暮れになっていた。
ちょっとだけ過去に触れる回でした。
次回もお楽しみに!




