30番地 合理性の師匠
お盆にちなんで過去掘り下げ回
「お、今年は父さんも母さんもまとまった休み取れたのか。——ん? 『本人がイヤじゃなかったらクロエちゃんも連れてきて』?」
「アキヒサ、どこか行く?」
「ああ、お盆……にはちょっと早いけど、実家に帰るって話だな。んで、クロエも一緒にどうだ、ってことなんだが」
「お盆? トレーと帰省に何の関係がある?」
「あー……俺も詳しくは知らないんだが、確か先祖の霊を迎えて供養する風習だった……はずだ」
それを聞いて、クロエはスマホを取り出した。もしかしなくても、お盆について調べるためだろう。
「なるほど……トレーは無関係で当て字。それで、墓参りしたり"ショウリョウ・ウマ"を用意したり……ニッポンの合理的精神。……そういえば、最近師匠の墓に行ってない」
「お前……仮にも育ての親だったんだろ? そもそもどういう人だったんだ?」
「師匠の名前はジャクリーヌ・テチュ。村の人からは"捻くれ者"って呼ばれてた」
そういえばシルヴィが「クロエの偏屈さはジャクリーヌも絡んでいるところはある」と言ってたっけ。捻くれ者扱いされるのも無理はないか。
具体的にはどんな感じの捻くれ具合だったんだ、と先を促すと、クロエは手にしていたスマホをテーブルに置き、どこか遠い目をしてポツリとこぼした。
「『食事は魔力と栄養を摂取する作業。味わう時間は無駄』と言って、変な色のスープを流し込まされてた。私の家事スキルが育たなかった一因」
「それ自分で言っちゃうかー……でも、その割には味覚はマトモだよな?」
「アキヒサの料理と甘いものは別。至高」
小動物のようにクッキーを齧る姿からは、かつてディストピア飯を食わされていた面影など微塵も感じられない。しかし、ジャクリーヌの極端な合理主義は、どうやら食事以外にも及んでいたようで。
「魔法の指導は厳しかった。『よくできた』と口で褒められたことは一度もない」
「おぉぅ⋯⋯それはまた⋯⋯」
俺が思わず顔をしかめると、クロエは少しだけ口元を綻ばせた。
「ただ……新しい魔法を習得した日の夕食だけは、少しだけ甘いお菓子が追加されてた。……非合理的な照れ隠し」
不器用極まりないが、そこには確かな愛情があったのだろう。言葉こそ厳しいものの、弟子の成長を密かに喜ぶジャクリーヌの姿が少しだけ想像できた気がした。
「それから師匠はよく言ってた。『才能にあぐらをかいて遊び呆けるエルフにはなるな』と。……大師匠を反面教師にしろという、強い意志を感じた」
「仮にも自分の師匠に辛辣だな……」
牛込の部屋でダラダラと酒を飲みながらゲームをしているであろう、あのエルフの顔が脳裏をよぎる。
「まあ、否定しきれないが」
「ん。大師匠は実力が高いから許されてるだけ。……でも、師匠は死ぬ間際まで、合理主義だった」
クッキーを飲み込み、クロエはグラスの麦茶を呷った。その声のトーンは少しだけ低く、静かだった。
「『墓に綺麗な花なんざ供えるな、どうせ枯れる。代わりに薬草でも植えときな』と。……だから、いつも墓には実用的なものを供えてる」
しんみりした空気が漂うかと思いきや、飛び出してきたのは何ともドライに振り切った遺言だった。俺は思わず前のめりになり、具体的に問うてみた。クロエはじっとこちらを見つめ返し、どこからともなく取り出した小さな箱を見せてきた。
「…………線香?」
「虫除けのお香。周りには他の人の墓もあるから」
「蚊取り線香かよ。確かに実用的だけども」
結局、その蚊取り線香を出したついでということで、俺たちはセゾニエ村の墓地へと向かうことになった。リュンヌ王国での作法は日本とほとんど変わらないらしい。
……墓の形まで日本と同じというのは流石に想定外だったが。がっつり「テチュ家之墓」と刻まれているし。
簡単に墓の周りを掃除して(蚊取り)線香に火を点けた後、手を合わせ、心の中で挨拶する——訳あってあなたの弟子と同居させていただいております、小鹿と申します。心配されているでしょうが、どうか見守っていてください。
——会ったこともないババア相手に律儀なもんだね。どうか曾孫をよろしく頼んだよ、異国の兄さん。まあ……アタシもあの世で初めて知ったんだがね。
……うん? なんか妙な発言が聞こえたような……。
考え込む俺の服を、クロエが強めに引っ張る。
「アキヒサ、そろそろ出ないと危険」
「危険? …………げっ!?」
足元を見ると、15cm程度の線香から尋常ではない量の煙が噴き出し、墓地中に薄く広がっていた。人間への毒性こそないらしいが、足元が見えないのは確かに危ない。
墓地から出ることを優先するうちに、先ほどの声のことは頭から消え失せていた。
女傑系オバアはいいぞ……




