22番地の1 魔法使いの非合理的な一日
今回は番外編。クロエ視点でお送りします。
いつものように大学に行くアキヒサを見送った私ことクロエは、自分の部屋に戻り、アキヒサの寝室と私の寝室が繋がった原因を調べていた。……私だってずっとサボってるわけじゃない。原因は未だに何一つ分かってないけど。
そこへ、アキヒサ側の方からインターホンの音が聞こえてきた。たまに来る「アマヅン」だろうか、と思いながら向かうと、声と共にガチャガチャと音がする。
「そういえば明久は大学に行ってる時間よね……まあクロエちゃんならいるでしょ、っと」
ドアが開き、入ってきたのはユキコママ……アキヒサのお母さん。ずっとLIMEでも「アキヒサのお母さん」と呼んでたけど、ちょっと前に「ユキコママ」と呼んでほしいとお願いされた。
「……いらっしゃい」
「丁度よかった、クロエちゃん!早速だけどお出かけしましょ!」
ユキコママはいつも突然やって来る。今日は一日籠っていたい気分だったけど……ユキコママとの良好な関係維持は、この家での同居を継続するための合理的対価。そう自分を納得させ、付き合うことにした。
トウキョウで出かけるための服(注釈:8番地で買ったもの)に着替えて、ユキコママが運転する車で移動する途中、ユキコママが鏡越しに視線をこっちに向けているのを感じた。
「……うーん、改めて見るとクロエちゃんって骨格がすごく綺麗なウェーブ寄りのナチュラルなのよね。あのローブに隠されてたけど、絶対映えると思ってたの!」
骨格の"ウェーブ"というのが何かは分からないけど、この真剣な眼差し。ユキコママ、ただの陽気な母親じゃない。
お店に到着するやいなや、ユキコママはこういうのはどうかしら、こっちはどう、と次々に服を持ってきては着せ替えていく。特に白や水色のフリルが過剰なまでについた服を着せられた時は、鏡を見て「空気抵抗の増大。戦闘時における機動性の著しい低下」となんとなく分析していた。……別に戦う機会はないけど。
あと写真を撮られる間、どう表情を作ればいいか分からなかった。
その次に渡されたのは、大きめのデニムジャケットと破れたズボン(わざと破いているらしい。非合理的)に、帽子——ユキコママ曰く、キャップという種類らしい。そのキャップを目深に被ると、周囲の視線を遮断できて落ち着く。それに思ったより動きやすい。これは悪くない。
ちょっと小腹が空いたわね、と連れて行かれたカフェでは、いつの間にか巨大なパンケーキやパフェがテーブルいっぱいに積まれていた。
糖質と脂質の過剰摂取。栄養学的に非合理的……と脳内で警告が鳴り響く。しかし、一口口に運んだ瞬間、その思考は途絶えた。膨大な甘みと柔らかさが口内に広がる。……これはブドウ糖の急速補給による脳機能の活性化。完食は合理的判断。
それを見たユキコママが嬉しそうに微笑むのを見て、胸の奥が少しむずがゆくなった。
テーブルの上が少し片付くと、ユキコママが鞄から一冊のノートを取り出す。
「実はね、明久が大学に入ってから実家で見つけたの。明久ね、昔から空想が好きで……よく誰もいない部屋で何か描いてたのよ。でも最近はすっかり現実的になっちゃって、ちょっと寂しかったの。でもクロエちゃんが来てから、明久、なんだかんだ楽しそうだし賑やかになったの。だからこれ……クロエちゃんなら、明久のこういう変なところも面白がってくれるかなと思って」
そう言って手渡されたノートを開く。……中に描かれていたのは、滅茶苦茶な魔法陣と「黒き龍」の文字。術式としては完全に破綻している。……しかし、そこには魔力を持たない人間が、純粋に魔法に寄せた強い憧憬が詰まっていた。
不思議と、不快ではなかった。私はスマホを取り出し、アキヒサへLIMEを送る。
『……非常に興味深い。「黒き龍」の術式、帰宅後要ヒアリング』
夕方、アパートへ帰宅し、リビングのソファでノートを眺めていると、大学からアキヒサが帰ってきた。
「……ただいま。母さん、もう帰ったのか?」
「……おかえり、アキヒサ。ユキコママからのプレゼント、大切に保管する」
膝の上のノートに視線を落とした瞬間、アキヒサが目を剥いて絶叫した。
「返せ!!今すぐ焚き付けにしろ!!」
真っ赤になってノートを奪おうとするアキヒサ。私はノートを庇いながら言い返す。
「……非合理的。これはアキヒサの『黒歴史』という名の貴重な研究資料」
「研究するなそんなもん!!」
必死に黒歴史を隠そうとするアキヒサの姿を横目で見ながら、私は新しく買ってもらった服の袖をそっと撫でた。
非合理的な買出し。非合理的な甘味。非合理的なノート。……そして、非合理的な充実感。
「……ちなみに、お菓子は美味しかった。洋服も、悪くなかった」
「……そうかよ。母さんにお礼LIME入れとけよ」
頭をかいて照れくさそうにするアキヒサを見つめながら、私は密かに満足感を覚えていた。この世界での日常も、案外悪くない。
異世界の住人に厨二ノートを見せてみたら多分こうなるの図。




