19番地 全人類を少年少女扱いする女
そんなこんなで新キャラ回です。
あと、今回いつもより長いですがご容赦ください……。
以前包丁を作ってもらった鍛冶師のロドリグさんから「頼みたい『手伝い』がある。お主の鍛え上げられた肉体が必要だ」とクロエ経由で連絡があった。
あの真面目なロドリグさんの頼みならろくでもないことにはならないだろう、とセゾニエ村に足を踏み入れることにした。
が、クロエは「……私はパス。嫌な魔力の乱れを感じる。合理的にお留守番」と居残り宣言。
まあ明らかに力仕事でクロエの出番はないだろうが……。
そういえば俺一人で村に来るのは初めてだったな、などと考えながらロドリグさんの工房に到着。
「お久しぶりです」
「おお、来てくれたか。実は極上の希少な鉱石を仕入れたのだが、運搬用の魔導車が壊れてな。保管場所の関係もあって、お主の並外れた筋力を貸してほしい。無論、相応の報酬は出そう」
「俺なんかの力でよければ」
指定された資材置き場は、セゾニエ村の少し奥まった森付近にあるという。頼まれた荷物を運び終えて戻る途中、大樹の陰で、死んだようにぐったりと倒れている人影が見えた。
すわ熱中症かと焦って駆け寄ると、それは長い耳を持ち、世間一般には美人と言われるような顔立ちだがどこかだらしない格好をした、ブロンドヘアのエルフだった。
そのまま介抱しようとすると、エルフはうっすらとジト目を開け、面倒くさそうに息を吐く。いきなりなんて態度だ。意識があるようでまずは安心したが。
「あぁ……うるさいねぇ……歩くエネルギーが切れて、休憩していただけさ……」
エルフは起き上がるなり、俺の腕や胸の筋肉を値踏みするように触り、ニヤリと笑う。ますますなんだコイツ。
「……ふぅん?少年、いい筋肉だね」
「しょ、少年?一応ハタチなんですが……」
「私からすれば200歳未満は皆少年少女さ。歩くのが面倒だから、私を適当なところまで運んでおくれよ」
そう言うと、エルフは俺の背中にのしかかってきた。大学生になってここまで子供扱い(というか乗り物扱い)されることなんてあるのか?と困惑したが、クロエ以上の省エネぶりに根負けした俺は彼女をおんぶしてロドリグさんの工房へ向かう羽目になった。
「ただいま戻りました〜……少しハプニングがありまして」
「お主に大事がないのであれば大丈夫だが……」
と、俺の背後に気づいたロドリグさんは驚いた様子で、持っていたハンマーを落とす。
「シ、シルヴィ殿!?なぜお主がそんな大御所を背負っているのだ!?」
「え、この人そんなすごい方なんですか?」
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。私はシルヴィ・エスピエ。宮廷魔導士なんて肩書を預かっていた時期もあるが、今はただの隠居エルフさ。歳は……500を過ぎたあたりで面倒になって数えるのを止めたよ」
宮廷……?なんとなくすごい肩書なんだろう、とは思うがいまいちピンとこない。
「この国でも上澄みの実力を持った魔法使いと理解してくれれば十分だ」
「割と不自由のない暮らしはさせてもらったが、その分面倒な仕事も多くてね。弟子たちも実ってきたから、椅子を押しつ……もとい、譲ったってわけさ」
さて、とシルヴィさんは一息ついて(ようやく)俺の背中から下りると、ハイライトのない目を俺に向ける。
「私については一通り喋った。次は君の番だ、少年」
「……その前に良いだろうか、シルヴィ殿」
それまで借りてきた猫のように直立不動だったロドリグさんが、緊張した面持ちで口を開いた。
「先日、ようやく儂も200の坂を越えまして……」
「おや、そうかいロドリグ。ようやく『少年』から卒業だね」
「ははっ!ありがとうございます……!」
身長2m近い筋骨隆々の大男が、少女のような体躯のエルフに褒められて感極まったように目を潤ませている。……それにしても200歳でようやく少年卒業って、エルフの時間感覚はどうなってるんだ。
「……小鹿明久といいます。日本という国の学生です」
「小鹿明久……成程、クロエが最近囲いだした『面白い男』というのは君のことか」
待て。囲うって何だ。というか、誰が面白い男だ。
「心当たりがないようだから教えてあげよう。『ズボラで半分引きこもり』で有名なクロエに割と容赦のない態度をとっているだろう?タイスが噂していたよ。それなのにクロエは君に懐いている節すらある。これを面白いと言わずして何と言うんだい?」
前に井戸水が甘ったるくなったって言ってたおばさんか……まさか噂話好きなタイプだったとは。今度会ったら問い詰めてやりたい。
「……まぁ、クロエの偏屈さは、育ての親であるジャクリーヌ……私の弟子も絡んでいるところはあるからね。"身内"が少年に迷惑をかけているなら、師匠、大師匠として少しは責任を感じなくもない。……少しだけね」
「自覚はあるんですね……」
「そこでだ、少年。詫び……というわけではないが、良いものをあげよう。ロドリグ、あれを貸しておくれ」
シルヴィさんはロドリグさんから手渡された小さな金属の板に、指先でさらさらと幾何学的な模様を描いた。指先が微かに光り、金属板に複雑な魔術刻印が刻まれていく。
「これは?」
「なに、私の住処の結界を通るための通行証さ。君、なかなか良い背中をしていたからね。またエネルギーが切れた時は、君に運んでもらおうと思ってね。ちなみにクロエにも同じモノを持たせてあるよ」
「俺を何だと思ってるんですか」
「ふふ、体格に恵まれた可愛い少年さ。暇ができたら、いつでも遊びにおいで。クロエの愚痴くらいなら、お茶菓子付きで聞いてあげよう。……もちろん、私の肩揉みとセットだけどね?君の力ならいい効果が得られそうだ」
どこまでも人使いの荒いエルフお姉さんだ。だが、その目はどこか楽しそうに細められていた。
報酬として異世界の珍しい果物などを受け取り、シルヴィさんとロドリグさんに見送られながら、俺はセゾニエ村を後にした。
アパートへ戻ると、リビングではクロエがソファに寝そべってスマホをいじっていた。
「ただいま」
「おかえり。……魔力の乱れ、消えた?合理的」
「お前、もしかしてシルヴィさんが近くにいるの気づいてて留守番しただろ」
「……!」
分かりやすく肩をびくりと揺らすクロエ。スマホの画面で顔を隠すが、耳までほんのり赤くなっている。
「……大師匠と会った?あの人、非合理的。いつも私を子供扱いして、おもちゃにする。アキヒサも、絶対カモにされる。絶対、近づいちゃダメ」
必死な様子で忠告してくるクロエに、俺はポケットの中の通行証をそっと指先で転がした。
「……ま、しばらくは日本で大人しくしておくか」
シルヴィさんに「面白い男」と呼ばれたことは、当分の間、クロエには秘密にしておこう。そう心に誓う俺だった。
ここ最近の癖のままに生まれました




