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第六話 黄金の蜘蛛の巣

 

 レギウム王国の財務卿、バラド・アルトシュタイン爵。

 彼はこの国で最も高価な男を自認していた。その執務室には、帝国の磁器、東方の絹、そして絶滅したとされる幻獣の毛皮が所狭しと並べられている。先祖代々の名門という名前を維持するためには、常に他者を圧倒する豪華さが必要であり、そのためには金が必要だった。

 だが、その金の出どころが、王国の備蓄米を横流しした利益や、地方貴族からの賄賂であることは、城内の公然の秘密だ。

「……英雄、ね。ふん、どうせ泥にまみれて剣を振るうしか能のない、没落貴族だろう」

 バラドは肥満した指で、カイルから届いた「面会の申し込み」の書状を弾いた。

 本来なら、一介の騎士上がりに割く時間などない。しかし、書状に添えられていた贈り物が、彼の欲を刺激した。それは、帝国軍の将官クラスしか所持を許されない、純度の高い魔導結晶の欠片だった。

「バラド卿。カイル様がお見えになりました」

 控えめなセドリックの声と共に、カイルが室内に足を踏み入れた。

 その歩き方は堂々としていながら、どこか不慣れな贅沢を前に緊張している若者を絶妙に演じている。詐欺師カイルの、最初の舞台装置セットだ。

「……よく来たな、カイル殿。戦場での活躍、聞き及んでいるぞ」

 バラドは椅子から動かず、顎で対面のソファを指した。

 カイルは恐縮した様子で腰を下ろし、周囲の調度品を感嘆の目で見つめる。

「これは……。戦場では血と泥しか見てこなかった私にとって、この部屋はまるで夢のようです。バラド卿、これほどまでの富を築き、維持されるとは、まさに王国の真の守護者ですね」

「ははは! まあ、歴史ある貴族とはこういうものだ。君のようなの若者には、少々眩しすぎたかな?」

 バラドの頬が、優越感で緩む。

 カイルは、相手が自分を無知な戦しか知らない若者と見下した瞬間を逃さなかった。これこそが、詐欺師が最も欲するガードの下がった瞬間だ。

「実は、バラド卿。本日は折り入ってご相談がございまして。……私は戦で功績を上げましたが、金の扱いについては、全くの素人でございます」

 カイルは声を潜め、周囲を気にする素振りを見せた。

 その背後で控えるセドリックが、わずかに眉を動かす。彼には、カイルが今獲物を網に誘い込んでいる音が聞こえているかのようだった。

「帝国軍を撤退させる際、私は彼らの補給部隊から『ある帳簿』を没収いたしました。そこには、帝国がこの王国内で密かに進めていた、“特別な投資計画”が記されていたのです」

「……投資計画、だと?」

 バラドの瞳に、獣のような鋭い光が宿った。

「はい。帝国は、我が国の北部に眠る『冷晶石れいしょうせき』の鉱脈を独占しようとしていたようです。今はただの石ころとして扱われていますが、帝国の最新技術を使えば、それは金貨以上の価値を持つ魔導燃料に化けるとか……」

 カイルは懐から、一通の使い古された――ように加工した――羊皮紙を取り出した。そこには、帝国の公印と、複雑な数式、そして「極秘」の朱印が並んでいる。

「私は、これが本当かどうか判断がつきません。ですが、これを公にすれば、王室に没収されてしまうでしょう。……できれば、この価値を理解してくださる、信頼できるお方に、この情報の“運用”をお任せしたいと考えたのです」

 バラドは、カイルの手から奪い取るように羊皮紙をひったくった。

 震える指で文字を追う。そこには、帝国が算出したとされる予想利益が、天文学的な数字で記されていた。もちろん、すべてはカイルが前夜、寝る間を惜しんで作成した「史上最高の作り話」である。

「カイル殿……。君は、実に賢明な判断をした。これを王室に渡すなど、宝の持ち腐れだ」

 バラドの頭の中では、すでに新しい屋敷を建て、隣国の公爵から名画を買い取る算段が始まっていた。

「この計画、私が預かろう。もちろん、君にも相応の報酬を約束する。……だが、調査にはそれなりの準備金が必要だ。分かるかね?」

「ええ、もちろんです。ですが、私は手元に金がございません。……ですので、まずは私が戦利品として得た、残りの魔導結晶を担保に、バラド卿の方で少しばかり動いていただけないでしょうか?」

 カイルは、さらに二つ、三つの結晶を机に並べた。

 バラドの理性が、黄金の輝きの前に消え失せる。

「よかろう! このバラド・アルトシュタインが、君に真の富というものを教えてやろうじゃないか」

 カイルは深く頭を下げた。

 伏せられた瞳の奥で、冷徹な詐欺師が、獲物の首筋に狙いを定めて笑っていた。

(さあ、まずは前菜だ。……もっと欲しがれ。もっと、喉を鳴らせ)

 退室するカイルの背中を見送りながら、バラドはすでに、底なしの沼へと足を踏み入れていることに、全く気づいていなかった。

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