初めての出征 ㉑
「状況は分かったが、どうにかならんのか?」
「・・・どうにか、と言われても、言うことを聞いてくれないし意思の疎通が出来てる気がしない」
これが、悪意が有って悪さをしているのなら私も何とかして追い出しを模索するんだけど、悪意のようなものは、まるで感じられなくて、善意で手伝ってくれようとしているように感じてしまうから憎めない。
ただただ気まぐれで、その善意が私の思惑とはズレているだけなんだよね。
何て言うか、勝手に住み着いた野良猫みたいに思えてしまう。
私の認識においてペットというものは非常食なんだけど、目に見えず手に取れない精霊は非常食にならないしなぁ。なんて考えていたら、抗議するように胸の中の魔力がモゾッと動いた。
「暴走と言っても、風が吹いて例の光が舞ったぐらいだったのだろう?」
「・・・そうなんだけど、“獰猛くん”のことも有るし、神格化されそうで怖いなあ、と」
それは精霊のせいじゃなく人間の心理によるものだろうから、ある意味では余計に怖い。
それって新たな権力の発生でも有るわけじゃん。
私は基本的に権力なんてものに興味が無いから、管理する必要が有るなら代官みたいな形で誰かに任せる必要が出てくるだろう。
私自身が関わりたくないと考えているようなものを誰に任せられる?
権力というものは人を狂わせるものだ。
倫理観なんて簡単に崩壊するものだし、私の知らない場所で私の名前が一人歩きして、依存する人を巻き込んだ問題を引き起こすかも知れない。
正常な心理状態では起こり得ない「そんな馬鹿な」と言いたくなることが起こるのが宗教だろう。
地球の新興宗教に対するイメージに毒されているのかも知れないけど、私の認識は大きく間違っていないんじゃないかな。
宗教というものは何らかの形で心の弱った人たちが拠り所とするものだろうから。
そもそも一人で生き残ってきた私は誰かに依存する生き方というものが理解できない。
そりゃあ、前世でも物心がつく以前は誰かに依存して生かされていたのだろうし、生き抜く知識を得るためにインターネット上の“集合知”に依存していた部分は有ったよ。
右も左も分からない子供だったし、面白半分の嘘に騙されて悔しい思いをしたことだって何度も有った。
当時の私は生きるか死ぬかの切羽詰まった状況で獲物を獲る知識を求めてたからね。
本当に必死だったし、世の中には騙す人が多いのだと骨身に沁みて知った。
幼くて無知だった私に教訓を与えた人たちには、これっぽっちも感謝していないけどね。
だからこそ自分の頭で考えて判断する癖が体に染みついたし、誰かの判断に依存する生き方はできない体になった。
私には理解できない人たちが、私の名前を使って好き勝手に理解不能な問題を起こして回るなんて、想像しただけでも背筋が寒くなるよ。
「ふむ。それも有るか」
「やれやれだな。それで、どうする気だ?」
どこまで理解して貰えたかは分からないけど、お父様もお母様も私が偶像化を忌避していることは分かってくれたのだろう。
「・・・“獰猛くん”を残すことで領民が安定するなら、そっちの方が優先するべきだとは考えてる」
「統治の安定か。確かに優先すべき事柄では有るな」
私の判断にお父様が頷く。
私の個人的な気持ちとは真逆の判断だけど、政治的な立ち位置で考えるなら、こっちが正解になるはずだ。
お父様と私のやり取りを思案顔で見ていたお母様が具体的な方法論へと話題を移す。
「お前、アレを新領地まで移動させるつもりか?」
「・・・手間だけど、やるよ。1日掛かりになるだろうから遠征の後かな」
覚悟を確かめるように目を厳しくしたお母様にハッキリと頷く。
そうすることで領民たちが落ち着いて暮らしていけるのなら、それは私が負うべき責務の一つなんだろう。
「遠征後なら護衛に多少の余裕が生まれるだろうし、まあ良かろう」
私の意思を確認したお母様は“獰猛くん”生存ルートを容認してくれたということだね。
遠征が終われば新人さんたちが護衛部隊として任務に就く。
王都駐留部隊の交代組を送り出した後なら、帰還組が帰ってくるまでの間は少し手が空くはずだ。
帰還組が帰ってきたら魔力の手とアクティブソナーを教えてあげなきゃいけないしね。
そうなると、残る問題は一つだけになる。
「・・・問題は置く場所が有るかどうかなんだけど」
「問題あるまい。魔獣が出やすい森の間際なら農地に使うことも無いだろう」
「マリッドに場所の選定をしておくように伝えておこう」
「・・・お、お願いします」
あら。アッサリと。
「残る問題は―――」なんて意気込んだけど簡単に片付いちゃった。
そういえば、レティアの町も森の間際に農地は無かったね。
今まで意識したこと無かったけど、魔獣が出やすい場所って認識だったのか。
「例の男の調査はサーシャたちに任せるのだな?」
「私から指示しておく。―――フィオレ。その男の名前は何と言った?」
お父様からの再確認にお母様が即答する。
サーシャさんたちに指示を出す上での情報確認だから、出来るだけ詳細な方が良いよね。
「・・・グレーンさん。40代後半ぐらいの年齢で、赤みの入っていない銀髪だったよ」
「ほう。純血に近い血筋か?」
「だとすると、フィオレの見立ても信憑性が出て来るし、高度な教育を受けている可能性が高くなってくるな」
グレーンさんに身体的特徴にお父様とお母様が興味を深めた。
もしかして、二人ともグレーンさんに期待してる?
身元不明の人物にまで期待するってことは、それだけ新領地の統治体制に不安が有るんだろうか。
マリッドさんへの丸投げに甘えきっていて、新領地の現状を私は全く把握していなかったからなぁ。
もっと新領地にも目を向けるべきなのは分かるんだけど、どうしても目の届く範囲を優先してしまう。
すぐ隣の領地でさえこの状態なんだから、代官って重要なんだな。
ソファーを立って執務机の紙にグレーンさんの特徴を書き取ったお母様が、一区切りといった感じでペンを置いた。
初めての出征㉑です。
人材不足!?
次回、興味の基準!?
※すみません! またちょっと遅刻です!




