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番外編 蠢く闇



リュカの提案を飲んだ実彩とクリストファーは半壊しているバズーラ家の屋敷で一晩明かすことにした。それぞれ無事な部屋を選び、気絶したローゼが目覚め逃げ出せぬように拘束、部屋に隔離する。


リュカはクリストファーと実彩に食事はどうするのか? と聞いた。クリストファーは食べると応えたが実彩は要らないと食事を拒否した。



「あー……。私はいらねぇ。疲れすぎて逆に腹減ってねぇし……。つーか、寝みぃ。寝たい。むしろ寝る。オヤスミ………」



虚ろで、焦点の合っていない眼をしながら実彩はふらふらと部屋の中に入っていった……。

実彩の様子にクリストファーとリュカは呼び止めようとしたが、二人は実彩に掛けさせた負担を思い出し、黙って見送ったのだった。



「………話を聞きたかったのですが、あの様子では聞き出すのは無理そうですね……」



“漆黒の武神二ケ”の血縁者。



数多の伝説を築いた二千年前の英傑。

謎が多く、新しい制度と魔術の飛躍に大いに貢献を果たした彼女は世界樹の申し子であるという噂もあったらしい。


結婚はおろか恋人もおらず、その血を引く者はいないと言われていながらも現れた実彩の存在に、注目せずにはいなれない。


リュカも同じなのだろう。

実彩の存在はとんでもない爆弾だ。“漆黒の武神二ケ”には熱烈な信者も多数いる。そんな彼らに実彩の存在ことが知れればどうなるか………。…………実彩を担ぎ上げようとするか、もしくは、実彩を害そうとするのか。



(ミーシャさん……)


(………“漆黒の武神二ケ”の血縁者とはどういうことなのか。無理矢理でも話してもらいますからね……。ミーシャさん)



クリストファーとリュカは無事だった食堂からパンとチーズ、果物を腹に治めて一息ついた時だった。おもむろにリュカがバケットの中にパンと果物と飲み物を詰めている。



「リュカ殿。そのバケットはもしかして……」


「はい。ミーシャさんに……。夜中に目を覚ましたらお腹を空かせているかもしれませんし………。部屋の前にでも置いておこうかと」



甲斐甲斐しいリュカの姿にクリストファーはどこか呆れ顔だった。



何故、リュカはそこまで実彩を気にするのだろうか?



そんなクリストファーの視線に気付いていないのか、バケットを持ったリュカはクリストファーに断りを入れていそいそと食堂を後にするのだった。



実彩がいる部屋の前まできたリュカは実彩を起こさないように静かにバケットを置こうとした、その時だった。



(あれ? ドアが開いてる?)



僅かにではあったが部屋のドアが開いていた。

もしかしてと思い開いているドアの隙間から部屋の中を覗いてみると……ベットには誰もいなかった。



(ミーシャさん、どこに行ったんでしょう?)



実彩を探すべきか悩んでいたリュカの耳に、外から物音が聞こえてきた。


通路にある窓から外を見てみると……。なんと、うずくまっている実彩の姿があるではないか。



(ミーシャさん!?)



手に持っていたバケットをドアの前に置き去りにしてリュカは走り出した。

そして外に出たリュカが目にしたのは────。



「ぅう、………う、おぅえ……!!」



背を丸めて苦しげに吐いている実彩の姿だった。



ジェイルが目の前で転送型マジックアイテムで逃走しバズーラ家第二夫人のローゼを捕らえて屋敷の一室に監禁したのを見届けた後に『それ』はきた。


これで一段落は着いた。

この先は国の上層部とバズーラ家の当主ロイド、そしてこの一件に首を突っ込んだクリストファーの父親であり、リメスの領主であるアンドレアス・バーグレイツ・レタックの役目。



己の役目は終わったのだと、そう思ったら緊張の糸が切れた。



瞬間、胃が引きつる痛みを訴え。胃液が喉までせり上がってきたのだ。



緊張の糸が切れたことにより実戦で感じていた興奮が収まり、人を殺した感覚と命のやりとりをした恐怖心が実彩に襲いかかった。


いくら特殊な家庭環境で戦うということに忌避感が薄かったとしても、実彩は生死を賭けた血生臭い争いも、それに伴う人間の醜さ、卑しさ、薄暗い狂気を知らずに生きてきた。



「…………」



自身の胃液で汚れた震える手を無表情で見詰める。この世界で生きていく以上は人殺しは避けることは出来ない。一瞬でも迷えば、死神の鎌は容赦なく実彩の首を刈り取るだろう。



生きたければ、死にたくなければ、自分の身は自分で守っていくしかない。



実彩は震える手を握り締めて目を硬く瞑る。



そんな実彩の様子を、リュカは後ろからひっそりと見ているしか出来なかった………。














サァアアアアと砂が流れるような音が暗闇の中で響き渡る。発光している魔法陣の中心からくたびれた執事服を身に纏い疲労感を漂わせた男が現れた。



「はぁ。………なんとかなんとか、無事に辿り着けましたねぇ」



魔法陣から現れた男はバズーラ家の執事ジェイルだった。実彩達の目の前で転送型マジックアイテムで一度はスカイの外に逃げたジェイルは移転魔法のマジックアイテムを使ってこの場所にまでやってきたのだ。


移転魔法は相手を呼び出すだけではなくマジックアイテムを使う術者も跳ぶことが出来る。その場合は移転する場所に目印を付けなければならないが。



「それにしても……。驚きましたねぇ。まさかまさか“漆黒の武神二ケ”に血縁者がいたとは、本当に本当に予想外でした。いままでどころかにすらそんな話は聞かなかったんですがねぇ……。世界樹が、何かしたのでしょうか? それにしては『聖典』のことを知らなかったみたいですが……?」



ジェイルは実彩から取り戻した石版を見ながら首を傾げている。


あのミーシャと名乗っていた少女は石版のことを知らなかった。彼女がいままで世界樹の保護下にあったのならば世界樹が石版のことを教えているはずだ。何故ならば、このジェイルの手に持っている石版こそが“漆黒の武神二ケ”が世界樹の根元で眠ることとなった原因なのだから。



(これはこれは。……少し、調べてみる必要がありそうですねぇ………)



そう結論付けたジェイルは石版を懐にしまいカツンカツンと音をたてながら深い暗闇の中に消えていったのであった。















「……ようやく、終わりましたね。ロイド殿。これで貴殿の積年の苦しみも、亡き奥方の無念もきっと報われることでしょう……」



ここは王城のとある一室。


そこにはレタック家当主アンドレアス・バーグレイツ・レタックとバズーラ家当ロイド・プファルツ・バズーラの二人が相対していた。



「それは違いますよ。アンドレアス殿。私の苦しみなど、どれほど易きことか。ソニアの無念と嘆き。何よりも母の存在と愛情を受けることも出来ず、その出自と立場さえ奪われあまつ、ローゼとマロリーに虐げられていたリュカこそが……。あの二人こそが誰よりも報われるべきなのです。────何より私は、報われる等という救いをこの身に受ける資格などありわしない。己だけ死して逃げようとした私には………!!」



苦しげに顔を歪め、血を吐くように言葉を絞り出すロイドにアンドレアスは哀しげに首を横に振るった。



「ロイド殿、コレばかりは貴殿だけが悪いわけではない。……貴殿はあくまで国の決定に従っただけに過ぎないのですから」



国からの命令がなければ、ロイドはローゼを殺していただろう。


正妻であるソニアが死んだという報を受けたロイドの哀しみは相当なものだった。慟哭と呼んで差し支えない程の絶望に満ちた叫び声。



──そして忘れ形見を見た瞬間の、ロイドの果てない恨みと憎しみ。そして止められぬ怒り。




一目で分かった。

リュカこそが最愛の人が残してくれた愛息子だと。だというのに。あの忌々しく、醜悪でおぞましい自分の妻の一人である女は、己が産んだマロリーをソニアの子と偽った。


判らぬと本気で思っていたのだろうか? あの女は。愛する女性の血を引く我が子を間違えると?



「それにしてもローゼはとんだ女狐でしたな。まさかマロリーがロイド殿の御子では無かったとは……」


「………それについては私も騙されました」



ロイドに強い執着を示していたローゼが、ロイドの気を引く為とはいえ他の男に身を任せて子を身籠もるなど予想外であった。

しかしマロリーがロイドの血を引いていないバズーラ家、ひいてはバイエル国と何ら関係のない者と分かっただけでも御の字だ。


バイエル国にはバズーラ家の他に金髪はともかくとして緑眼を持つ一族はいない。ほとんどは赤眼や碧眼、紫、銀、金などだ。


ローゼの色彩いろを引き継いでいないマロリーが─────その魔力の高さから貴族の血である可能性は高いが─────バイエル国の貴族の血筋である可能性は限り無く低かった。



「さて。後はタージマハル国が我が国の要請を飲むかどうか………。大人しくリリィ第三王女を王太子の側室として嫁がせるか。もしくは……」


「……替え玉を寄越すか、ですね。タージマハル国は恐らく替え玉の方を寄越すでしょう。あの国には外交で何度か訪れましたが、の国が王族の血を外に出すとは思えない。あの国の王族の魔力は特殊です。その王族の血を最も強く引いているリリィ第三王女を手放しはしないでしょう」



だがそれでもバイエル国は構わない。

重要なのはタージマハル国がバイエル国に第三王女を嫁がせたと公式に公表させること。

実際に嫁いできた女が本物かどうかなどこの際関係ないのである。



タージマハル国がバイエル国と婚姻による契約・・を結んだ。



その事実・・を諸外国に示せれば良いのである。すべては──────コルト公国を討つために。



そのためにバイエル国は、ロイドは犠牲を払い続けてきたのだから。











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