第32話
今日は七~草~。七~草~粥~の~日。
お正月で~疲れた~~胃を休めましょう~~~。
美味しい七草を食べましょう~~。
光の矢が結界を破壊したのを確認した瞬間、ジェイルは間髪入れずに石版を使って生み出した風の塊を実彩に叩き込んだ。
「……っ!?」
ジェイルの攻撃をモロに喰らってしまった。彩は声を上げることなく壁に叩きつけられ、ローゼによって集められた部屋中にある『ロイドの私物及び記録帳』に押し潰され、動かなくなった。
押し潰された山の中から実彩の右腕だけが辛うじて外に出ていたが、その右腕はピクリとも動くことはなかった。
「ミーーーシャさぁぁぁぁん!!!」
「!!」
取り乱すリュカを尻目に、クリストファーは予想外の事態に全身の血の気が引いていくのがわかった。
今まで何だかんだといってどんな物事にも軽々と対処してきた実彩が一方的にやられるなぞ、クリストファーは思っても見なかったのだ。
不可解な魔術を行使し、針による遠距離攻撃に加えて接近戦も得意とする実彩に……クリストファーは知らず知らずのうちに実彩は負けることがない、失敗しない完璧人間なんだと思うようになっていた。
だが現実問題、実彩はジェイルの攻撃をまともに受けてしまい明らかに戦闘不能状態である。
そして完璧人間だと思っていた実彩を多少手こずったとはいえほぼ一撃で無効化したジェイルに、クリストファーはまったく勝てる気がしなかった。
…………しかも最高峰の魔力を持つとはいえ今までの経緯から魔術を使ったことがないリュカをこの戦闘に参加させられない。技術面のみならずスカイの現状と、ローゼとジェイルの断罪する為の証人であるリュカはこの場では最優先に守られなくてはならない保護対象だ。ローゼは対象外として見てもジェイルを止めるのはクリストファーしかいない。
背中から這い上がってくる恐怖にクリストファーは震える。
勝てるわけが、無い。
実彩でさえ満足に反撃すらさせてもらえなかった相手に彼女より遥かに劣る自分が勝てるはずが───無い……。
実彩の名を何度も呼びながら彼女の下に走り出そうとするリュカを反射的に止めたクリストファー。
ジェイルは石版を抑えようとしているのか。自身の魔力を石版に注ぎ込んでいた。石版が点滅しながらその力を徐々に静まっていく──。
「何故止めるんですか!!」
怒鳴りつけるリュカをクリストファーは無理やり背後に押しやる。実彩の張った結界が破れて耐えられなくなったローゼはすでに気絶している。その様子を瞬時に確認して、クリストファーは懐から転送型のマジックアイテムを取り出した。
リュカに使われた移転魔法は目印を付けた対象を呼び出すものだが転送型のマジックアイテムはマジックアイテムは使う対象を使った人物がマジックアイテムに込めた魔力によって異なる遠方にランダムで飛ばすものだ。
移転魔法は対象を探索することから始まり特殊なマジックアイテムを使うことから転送型よりも高位の魔術として位置されている。転送型のマジックアイテムの方が手に入れやすいという理由もある。
ただしこのマジックアイテムは一度使えばしばらくは使えなくなってしまう。
クリストファーはそのマジックアイテムをリュカに押し付けた。クリストファーの魔力ではスカイの外に一人飛ばすのが限界なのである。
だからこそ。
「なにを……」
「逃げてくださいリュカ殿」
もうこれしかない。
ジェイルの持っている石版。
あれが実彩を負かせたジェイルの力の源だろう。実彩はあの石版に強い警戒心を示していた。だがいくらタネがわかったとしてもクリストファーにジェイルからあの石版を奪取、もしくは破壊することは出来ない。
クリストファーが石版に手を出す前にジェイルに返り討ちにあうのが関の山だ。
「逃げてください。貴方が、バイエル国にとって切り札に成り得る存在なのです。貴方が無事に王都に辿り着けるか否かで我が国の命運が決まります」
───だから、逃げてください。リュカ殿だけでも。貴方にはやらなくてはならないことがある。
リュカが無事に逃げ出させる為ならば、実彩やクリストファーがここで死んだとしても、仕方がない。
すべてはバイエル国を存続させる為。
何より実彩とクリストファーは………。
「僕達は冒険者です。冒険者として依頼を引き受けた以上はまっとうする責任が僕達にはあります。特に僕はこの国の貴族です。尚更この場から逃げ出すわけにはまいりません」
「それなら……! 私だってこの国の貴族です!!」
「貴方と僕とでは背負っている役目が違います。……貴方が役立つのは王都に生きて辿り着いてからです。僕は貴方を『逃げ出させなくてはならない』」
たとえその結果の果てに実彩もクリストファーも死ぬとしても、リュカだけは王都に行かなくてはならない。
「自分が貴族だと言うのならば、責任と義務を果たしてください」
「……っ」
クリストファーの言っている意味はリュカとて分かってはいるのだ。だけど! だけどそんなのは!!
「それはそれは困るんだよね~。君達、私が彼の相手をしている間に悪巧みしているみたいだねぇ?」
リュカがクリストファーに反論しようとした瞬間を狙ったかのようにジェイルがクリストファーとリュカの会話に割り込んだ。
………どうやら石版の力は完全に押さえ込んだみたいだ。石版からは何の気配も感じることは出来なかった。
「………本当に本当に、見逃してあげたいのはやまやまなんだけど………。リュカ様にはま~だ用があるから彼と一緒に私ときて貰わなくてはとてもとても困るんだよねー?」
「いっ……たぁ!?」
ヒュッと風の切れる音がしたと思ったらリュカの手に持っていた転送型のマジックアイテムが弾け飛んだ。カラカラと地面を滑っていくマジックアイテムにジェイルは隠し持っていた暗器を投げて破壊した。
「!!」
「! しまった!!」
これで、リュカを無事に逃がすことは適わなくなった。
「それではそれでは。……ご一緒に来ていただけますね? リュカ様……」
クリストファーはジェイルとリュカの間に入りジェイルからリュカを庇おうとしたが、クリストファーとリュカは呆気なくジェイルによって魔術で拘束されてしまう。
身体に絡まる茨の拘束に、クリストファーはまともに動くことが出来なくなった。
「うっ、このっ! 離せ!!」
「クリストファー殿!」
「はいはい。そのまま大人しくしていてくださいね~。私としても子ども相手に無駄な怪我をさせたくは───」
「【風よ、刃となりて我が敵を切り刻め! ウィンドウカッター!!】」
「───なかったんですけどね。やれやれ」
クリストファーの放った魔術は真っ直ぐにジェイルに向かっていった、が。
「術の構成がまだまだ甘いですねー……。【ウィンドウロード】」
「何ですって!?」
詠唱破棄、術名のみの魔術行使。
上級魔術師でも一握りの者にしか出来ない高等魔術。ジェイルによって創られた風の道はクリストファーの放った風の刃の軌道を逸らして、風の刃は壁に衝突した。
壁が音を立てて崩れる。
その際に天井の壁も剥がれ落ちて土煙が立ち上る。双方の放った風魔法が土煙を拡散させ、視界が悪くなる。
「しまった……!!」
「これはこれは………いい塩梅で」
視界が悪くなったことに焦るクリストファーと、この隙にリュカと実彩を連れ出そうとするジェイル。
「うっわぁあ!!」
「リュカ殿! きっ、さまぁ!!」
「それではそれでは。クリストファー様? 私はこれで失礼させていただきますね」
ジェイルがリュカの腕を掴み、勝利の笑みを浮かべた。その時だった。
「……ようやく隙を見せたな、クソ野郎」
クリストファーとリュカを拘束していた茨の拘束が地面から生えた土の棘によって瞬く間に切り刻む。
「何!?」
突然地面から生えた土の棘はジェイルに襲いかかる。掴んでいたリュカの腕を放す。ジェイルは動揺をしていながらも再び石版を取り出して実彩に行使した力を使おうとした。
「させるかよ!」
石版はどこからか飛んできた針によって弾かれ、空を舞った。
石版が落ちるその先にいたのは………。
「第二戦を始めようじゃないか。このクソ執事」
漆黒の髪を靡かせてボロボロの姿で石版を掴み、鋭い眼光でジェイルを睨み付ける『彼女』の姿だった。
クリストファーもリュカもジェイルも、誰もが言葉を発することが出来なかった。
土煙の中から現れたのは三人が三人とも良く知っている人物。
各神殿や王宮には必ず絵姿や銅像があるといっても過言ではない遥か昔に実在した生きた伝説。
“漆黒の武神二ケ”
現在でも最強の名を欲しいままにする稀代の天才魔術師。数多の伝説を生み出した武道家。
「テメェのせいでせっかくの仮面は吹き飛ぶわローブはズタボロになるわ。………どうしてくれやがるクソ執事。面倒なことしやがって……。マジで許さねぇ」
「…………その声はまさかっ!!?」
「ミーシャさん!」
声を上げて実彩をガン見するクリストファーとリュカに……実彩は、それはそれは嫌そうな顔をする。
「面倒くさいから説明は無しで──」
「いい訳ないでしょうが!!」
すぐさま入るクリストファーの突っ込み。
「ミーシャさんが、“漆黒の武神二ケ”?」
そして呆然と呟くリュカに──。
「嘘だ……。武神二ケだと!? 有り得ない! 彼女は二千年前の聖戦に敗れて傷付き、世界樹の根元に眠りについたずだ!!」
現れた実彩を“漆黒の武神二ケ”と勘違いしたジェイルは取り乱し混乱状態に陥った。
絶好の好機であったが、実彩はジェイルの言い放った言葉に反応した。
「なんだと……?」
聞き捨てならない台詞を聞いた。“漆黒の武神二ケ”が、喜與姉が、世界樹の根元に眠っているだと?
「へぇ? 世界樹の根元に眠りについた、ねぇ………? そいつは初耳だわ」
ジェイルの言い方だと、喜與姉はまるで生きているみたいじゃないか。どういうことだぁ? セフィロトぉ……!!
確かにセフィロトは喜與子が死んだとは一言も言ってない。
(セフィロトのクソ野郎が!!)
「有り得ない。有り得ない、ねぇ……。そいつぁ、正解だ。私は“漆黒の武神二ケ”じゃねぇよ。私は単なる血縁者だ」
「血縁者ですって!?」
ジェイルのみ成らずクリストファーとリュカも驚いた。“漆黒の武神二ケ”に血縁者がいるとは誰も聞いたことがなかったからだ。
ジェイルの顔色が明らかに変わった。
「男性ではなく女性であったことも驚いきましたが、まさかまさか“漆黒の武神二ケ”の血縁者とは……。“漆黒の武神二ケ”は結婚もせず、子どもはいないと聞いていたのですが………」
「血縁者とは言ったが、別に私はあの人自身の血を引いているわけじゃない」
「……詳しく話を聞きたいところですが、『聖典』を奪われた私では貴女には勝てないでしょう。とてもとても残念ですが、私はこの当たりでお暇させてもらいます」
ジェイルは転送型マジックアイテムを取り出した。
おいおい、まさか!?
「それではそれでは、皆様ご機嫌よう」
「まちやがれ!」
だが一歩遅く、ジェイルは光に包まれ跡形もなく消え去ってしまう前にジェイルは実彩が手にしていた石版を鞭のようなもので回収した。
「!? チッ!!」
取り逃がしたと思わず舌打ちする。
ジェイルがあっさり引くとは思わなかった実彩はどこか肩くらしを喰らった気分だ。だが謎の力を発揮した石版をあの状態からでも取り戻しにくるとは………。
(そんだけ大事な物ってか? とっととリュックの中に仕舞っとけばよかった。殺そうとしたリュカを攫おうとしたことも気にかかる………)
その他にも幾つか気になることもあるが、とりあえずは後回しだ。……それよりも。
「……詳しい話は後で伺いますから覚悟してくださいね? ミーシャさん…??」
「ミーシャさんが“漆黒の武神二ケ”の血縁者………。ミーシャさんが“漆黒の武神二ケ”の、血縁者? え? あれ??」
真っ黒い笑みを浮かべるクリストファーと壊れた機械のように同じ言葉を繰り返すリュカ。
お前ら……。ジェイルが逃げたことはいいのかよ………。
「ジェイルを逃がしたことは確かに痛手ですが、僕達がまともにやり合っても被害が拡大するだけで彼を捕まえることは………恐らく無理だったと思います」
「…………」
それには実彩も同意見だった。
石版……ジェイルが『聖典』と呼んでいたイレギュラーな力が働いたこともそうだが、ジェイル自身も何か奥の手を隠しているようにも感じた。
「とりあえずはリュカ殿の無事とローゼ様だけでも確保出来たことを良しとしましょう」
「……そうだな」
「…………」
リュカが辛そうに俯いている。これからのことを考えると無理はないだろう。
「にしても、すっかり日も暮れちまったな。……どうするよ、今晩。一応宿に戻るか? 流石に、今日はマジで疲れた……」
そのまま地面に座り込む実彩にクリストファーは何も言わなかった。クリストファーも疲労困憊で休みたい気持ちはあるのだ。しかしこの件を父親に報告しなければならないクリストファーはまだまだ休む訳にはいかない。せめて連絡だけでもしたいのだが………。
「あのー……。クリストファー殿もミーシャさんも。よろしければこの屋敷で休まれますか? 無傷で残っている部屋もあります。母う……ローゼ様も拘束して見張る場所も必要でしょうし。わざわざ移動するよりは負担も少ないはずです。どうでしょうか?」
おずおずといった不逞でそう進言するリュカに、実彩とクリストファーは顔を見合わせる。
「リュカが別にいいなら私も構いやしないが……クリストファー。どうする?」
「僕も構いません。ですがリュカ殿、よろしいのですか?」
「はい。お持て成しは出来ませんが、寝るための部屋ぐらいは提供できます。私の、せめてもの御礼の気持ちです。ローゼ様を引き取りにいらっしゃる方々が迎えにくるまで。どうぞ、泊まっていってください」
こうして実彩とクリストファーはバズーラ家の屋敷に泊まることに決まったのだった。
一応、次回で靄を纏う少年は最後となります。
間幕を入れてから新章に入る予定です。




