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第22話



結局、あの後のローゼとジェイルの会話から有力な情報を得ることは出来なかった。


ほとんどローゼ・プファルツ・バズーラのリュカに対する愚痴をジェイルに聞かせているだけだった。


時間の無駄だった。


気を取り直した実彩は亡くなった正妻の部屋を調べていた。(偶然見つけた)



「……見事なまでに何もないな」



部屋の中をぐるりと見渡す。部屋にあるのは質素な机とベット、タンスぐらいだった。



(いくら亡くなってから大分経つとはいえ無さ過ぎないか? 肖像画すら飾ってないなんておかしいだろ)



それでもタンスの中を細かく調べていった。中には衣類の類いがほとんどない。装飾品にいたっては一つも見当たらなかった。



ここまでくると悪意すら感じる。



ため息を吐きつつ次に実彩はベットを調べる。するとベットの裏側に何かが張り付けられていた。


感触からいって紙製の物。破れないように慎重に剥がすと出てきたのは日記だった。


一応黙祷を捧げてから中を見る。



「……………」



日記の中身は普段の何気ない日常を書いたものだったが、時々ローゼから嫌がらせのようなものを受けていたことが書かれていた。


最初は嫌み、それから私物の紛失に食事に虫を入れるなどといったことから階段で背を押すなどといった質の悪いものまであったようだが、証拠が無いため諫めきることが出来なかったらしい。


パラッとページを捲っていく。



(えっと……あれ? 最後のページだけ2日分飛んでる………)



最後のページを読んで見たらそれは出産日に書かれたものだとわかった。


2日の空白は出産していたため書けなかったのだろう。実彩は驚いていた。出産後、そのまま亡くなったと聞いていたのに日記を書くだけの力が残っていたなんて………。



(いや、おかしい。日記には無事に出産が終わったて書いてある。産婆さんからも母体は良好だと言われたとも…………まさか)



可能性は高いだろう。恐らく、彼女はローゼの手の者によって殺されたのだ。


バズーラ家当主、ロイドが居ないのをいいことに。


日記には子供が無事産まれたことに対しての喜びに溢れていた。



『苦しくて辛くて痛かったけれど子供の顔を見たら愛しさが溢れて吹き飛んでしまったわ。どうやらこの子は魔力がとても高いみたい。少し心配だけど私とあの人の子供だもの、きっと大丈夫よね。私達が必ず、守ってあげるから。本当に可愛い。私の坊や。これから、たくさんのものを、見せてあげるからね。幸せに暮らしましょうね』



子供に対する慈しみが文章から溢れて出ていた。



『私の坊やは妖精に好かれているのね。左肩の後ろに悪戯の痕があるもの。旦那様と一緒だわ』


「悪戯?」



実彩はセファロトから貰ったこの世界について詳しく書かれた本を取り出した。



『妖精の悪戯』 


生まれたばかりの赤子にある模様のような痣のことである。鳥の羽、花、月などといった痣が現在確認されている。妖精が気に入った子供につける目印と言われているためそういった痣のことを『妖精の悪戯』と呼ぶ。この痣があるものはめったに居ない。



(リュカの左肩の後ろにこの痣があれば正妻の子と証明出来るんじゃないか?)



どんな模様かまで分からないのはイたいが、妖精の悪戯を持っている者自体少ないらしいので最低でも信憑性は出てくるだろう。


実彩はリュックに日記をしまい、そのままバズーラ家の屋敷をから抜け出すのだった。














クリストファーとリュカは傭兵崩れのならず者と質の悪い冒険者に見つかり牽制しながら逃げ回っていた。



「【風よ 研ぎ澄まされ 刃と化せ 我が敵を切り刻め ウインドーカッター!】」



クリストファーが詠唱を唱え風の刃が傭兵と冒険者に襲いかかる。


悲鳴を上げて逃げ惑う彼等を尻目に2人は実彩を探す。



「「ハァハァハァ」」



しかし体力も限界に近い。


このまま実彩が見つからなければリュカを連れてスカイを脱出するしかないとクリストファーは思い詰めていた。



(どうしますか、ミーシャさんを残してスカイを去る? でも、いくら彼女でも無事切り抜け────られますね)



クリストファーの脳裏によぎったのはリメスで魔物の襲撃の際の実彩と派遣騎士団長アレンの暴れっぷりだ。


あの魔物の群れをクリストファーもいたがほぼ2人で討伐したようなものだ。


……………………実彩を心配する必要があるのかすら疑問に感じてしまう。



(いえ……彼女も人間です。いずれ限界が訪れるでしょう───しかしこのままでは僕達は全滅してしまう)



クリストファーは実彩をこのまま探すべきか真剣に考える。この選択の有無で自分達の命運も決まるからだ。



「ミーシャさんは、無事なんでしょうか?」



リュカも不安そうな顔をしている。


わずかに逡巡し、クリストファーは結論を出した。










「急いでください。リュカ殿、一度スカイの外に出ましょう」











クリストファーは、実彩を置いてスカイを脱出することを選んだ。
















スカイの外に出る。

言葉にリュカは呆然と呟いた。



「ミーシャさんは、どうするのですか?」



実彩を置いてスカイを脱出するということは、彼女を我が身可愛さに見捨てるということに他ならない

しかしクリストファーは揺らがなかった。



「彼女は大丈夫です。もともと僕と違って彼女は依頼を受けてこのスカイにやって来ました。今頃はその依頼を果たすため動いているはずです。むしろ僕達が居ない方が彼女の為になるでしょうね………」



最後の方は自嘲するかのように言うクリストファーにリュカは噛みついた。



「何を言っているんですか!? そもそも依頼とはどうゆうことですか!! 私は彼女のことを何も知りませんが、このスカイの中に1人残していくことが見殺しにすることだというのは私にだって分かります! あなた方にどのような事情が有るのかは知りませんがそれでも彼女を見捨てる理由にはならないでしょう!!」



「 黙 れ 」



頭に血が登っているリュカに、クリストファーは一言で切り捨てた。


その瞳には隠してすらいない軽蔑の色がある。リュカは、クリストファーと実彩に関しての意見の対立があった時、このような目を自分に向けてくることには気付いていた。


何をそこまで苛立っているのかはリュカには分からなかった。


この目は、リュカを見ているようで、全く違う『なにか』を見ているようにリュカには感じた。


だが、今はその視線に臆している場合ではない。



「『黙れ』? 黙れる訳がありません。私はミーシャさんを探します。何故スカイがこの様な事になったのか、私には分かりません。分かりませんが私はこのスカイを統治するバズーラ家の子息です。領主である父、世継ぎの兄が居ない以上、領主代理である母と共に対策を講じねばなりません」



実彩の事ばかりではない。スカイを統治し治安を守ることはバズーラ家の者としての義務だ。それを1人で逃げ出すことは許されることではない。


………リュカは父ロイドが外交で領地を離れている間に寂れていったスカイに何も出来ない自分を恥じていた。


分かってはいたのだ。母と兄に領地を統括する能力が無いことは。そのため父が残していった有能な部下達は最初の数年こそスカイを見事統治していてくれだが、母と兄に資産の過剰な消費について苦言をていし、半場追い出される形で屋敷から居なくなっていった。


分かってはいたのだ。このままでは駄目だということに。だからこそリュカは残らなくてはならかなった。実彩の為では無く、己の為に。



「君はどこまでも愚かなんですね…………母親と共に対策を講じる? 何故スカイがこうなってしまったのか分からない? はっ、スカイがここまで寂れ荒れ果てたのは領主代理の………母親のせいですよ。それに、君の耳には入っていないようなので教えておいてあげます。君の兄、マロリー・プファルツ・バズーラは禁忌である魔獣の魔物化を行いました。今更、君が足掻いた所で何も変わりはしませんよ」



固く決意するリュカを嘲笑うかのようにクリストファーは言い捨てる。



「………え?」



だがしかし、クリストファーの吐き捨てた言葉は確実にリュカに衝撃を与えた。



(クリストファーさんは、今なんて……? 兄上が、禁忌である魔獣の魔物化をした!?)



リュカから一気に血の気が引いた。

大陸全土で取り締まれている禁忌中の禁忌、魔獣の魔物化。



 ………それを、兄上が、やった?



あり得ないという思いとあり得るという考えがリュカの中でせめぎ合う。


そんなリュカをわらうクリストファー。


口元を醜く歪めながら彼はリュカを言葉で斬りつける。



「分かりましたか? バズーラ家の今の立ち位置が。君が出来ることなど何も無いんですよ。大人しくしてください。少なくとも、君はまだ無事でいて貰わなくては困るんですよ………役立たずでもね」



クリストファーから放たれることばに、リュカは凍りつく。



「………行きますよ」


「………」



色を無くして顔面蒼白のリュカの腕を引っ張り、クリストファーは裏角から一歩、踏み出すのだった。













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