第17話
アレンによって連行された実彩とクリストファーの調書はすぐに終わった。
レタック家の執事を務めるレジスがクリストファーを迎えに来たためだ。クリストファーはレタック家の時期当主。貴族と若君をそう簡単には拘束出来ないということか。
しかし、実彩にとっては少し困った事になっている。
レジス曰わく、当家の主、アンドレアス・バーグレイツ・レタックが実彩を晩餐会に招待したいとのことだった。
主だった理由としては息子であるクリストファーが迷惑を掛けた詫びと謝罪を正式にしたいとのこと。
ギルドでのいざこざはアンドレアスに免じて実彩が引く形となったが、クリストファーが挑発したチンピラ共に雇われた冒険者崩れに絡まれその結果、派遣騎士の本部に連行された。
その迷惑を詫びたいとのこと。
ハッキリ言おう、それこそ迷惑である。
「私はしがないいち冒険者でしがない。詫びは別にいらないので、ほっといて欲しいのだが?」
「お気持ちは分かりました。しかし此方としてはやはり何もしないというのは心が痛みます。それに………ここでは少々話し辛いことも御座いますので───」
「そっちが本題か………」
やはり貴族、ただ詫びを入れる為だけに呼びつけはしないよな。
「…………」
頭を掻きたくなるが、ローブを着ているので掻けない。
「…………分かった。行けばいいんだろ、行けば」
はんば投げやりな気持ちで了承した。
レジスは流れるようにお辞儀をし。
「ありがとうございます」
灰色の執事は微笑をたたえた顔で笑った。
こうして実彩はレタック家の晩餐会にお呼ばれになった。
ちなみに、クリストファーはレジスによってさっさと馬車に乗せられていたので実彩が馬車に現れた時とても驚いていた。
そして実彩とクリストファーを乗せた馬車はレタック家の領主館へと2人を連れて行った。
「我が館に良く来てくれた。改めて名乗らせて貰おう。私はレタック家当主にしてレタック領の領主、
アンドレアス・バーグレイツ・レタックだ………息子の数々の非礼を親として詫びたい。君には本当に申し訳なかった」
レタック家の館につき、広間の扉を開けてすぐにクリストファーの父、アンドレアスに謝罪された。
これには流石の実彩も面食らってしまった。
なにしろ扉を開けて中にいたアンドレアスと目があってすぐの謝罪だ。
呼び出されて少々不機嫌だった実彩としては嫌味やら皮肉やらを言いたかったが、完全に出端を挫かれたようなものだ。
アンドレアスは姿勢を正すと少し苦笑した。
「しかし、私の招待に応じて貰えるとは思わなかった…………こちらから誘っておいて何だがバズーラ家の子息と我が愚息のせいで随分嫌な思いをしただろう? レジスに君が嫌がるようなら無理に誘わなくて良いと命じていたが、君はどうやら懐の深い人のようだな」
「…………」
実彩の脳裏に灰色の執事の顔が浮かんだのは無理のないことだろう。
確かに、無理やりではなかったが否と言わせない雰囲気をかなり醸し出してたぞあの執事!!
(クソ、事なかれ日本人気質が心底憎い………!)
他人が聞いたら、お前は違うだろ!! と総ツッコミを入れられそうなことを実彩は思った。
「どうかしたのかね?」
「いや………別に…」
実彩の素っ気ない態度にもアンドレアスは気にした風がなかった。
その様を見て実彩の中ではアンドレアスの評価が上がる。
貴族が明らかな平民である実彩にその様な態度を取られても不愉快さも嫌悪感も出さない。
(懐が深いのはどっちだが…………あくまでも私を客扱いするってことかね…………)
貴族だからと色眼鏡で見るのは礼をかくことになるな。実彩はおもむろにに姿勢を正す。
「私は実彩。先日冒険者になったばかりの若輩者。色々粗相をしてしまうかもしれないが大目に見て頂きたい…………改めてお招き頂き感謝する」
そう言ってお辞儀をする実彩にアンドレアスとレジスは目を丸くした。
彼女の立ち振る舞いが教養の無いもののそれに見えなかったためだ。
「気にしないでくれ、非は完全にこちらにある」
アンドレアスは実彩に優しく微笑むと一瞬にして顔を険しくし、実彩の背後で突っ立っている少年を見る。
「それで? お前は何か言うことはないのか………………クリストファー」
「…………」
無言で俯くクリストファーを見やり、実彩はやれやれと思った。
(黙ってないで何か言えや……せめて魔物討伐の報告ぐらいしろ。ヘタレなのか?)
などと、クリストファーに対してかなり失礼なことを思いつつ、レタック親子のやり取りを静かに見つめた。
「………」
「………」
「………」
重苦しい。
大変重苦しい。
お2人さん、客人ほったらかして何時までやっているのかね?せめて席ぐらい勧めろや。
座れないだろが!!
「旦那様、クリストファー様。お客様もおりますのでそのぐらいにしては如何ですか」
執事レジスが見かねたのか主とその子息に声をかけた。
アンドレアスはレジスの言葉に軽く頷き、実彩に再び謝罪して席に促した。
クリストファーもそれにならった。
銀食器の音がする中でアンドレアスと実彩は表面上穏やかに談話していた。
アンドレアスは実彩の出身や武術の師やらを聞いてきたが、実彩は当たり障りのない答えをしていた。
「ほう、君の師は母方の祖父なのかね?」
「正確には祖父と祖父の息子の伯父、そして父ですね。元々母方の家系は武術を教えることを生業としてましたし」
黙々と食事をしているクリストファーも実彩の話には興味があるのか聞き耳を立てている。
「立ち入った事を聞くようだが…………君の家は騎士の家系なのかね?」
アンドレアスがその様に聞くのも無理はない。
実彩がアンドレアスに対しての振る舞いはただの平民には決して見えないためだ。
騎士の家系は平民上がりの者もいれば、逆に騎士から平民に落ちるものも多々いる。
騎士の家系は三代功績を残さなければ貴族の一員として国から爵位を授けられない。
それゆえの実彩に対する質問だったのだが、実彩はすぐさま否定した。
「騎士の家系ではありませんね。何しろ母方もそうですが父方の家も権力や地位に興味がない一族なので」
「ほう」
「自分達の好きなことを極められればそれで満足する一族なんですよ」
晩餐会は和やかに進んだ。
アンドレアスが話しを切り出したのは食後のお茶が出たときだ。
「ミーシャ殿、是非とも君に頼みたい事があるんだ………」
「………」
レジスの言っていた『話し辛い』ことのようだ。
アンドレアスは実彩を真っ直ぐに見つめた。
「クリストファーの、息子の嫁になってくれないかね?」
「ブッハァ!!?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?」
実彩は呆気にとられ、クリストファーは飲んでいた紅茶を吹き出した。
レジスはおやおやと楽しげに見ている。
クリストファーは未だに咳き込んでいたが、正気を取り戻した実彩はアンドレアスに真剣に聞いた。
「……本気で言ってんのか?」
「安心してくれ、冗談だ」
即答。
クリストファーが涙目でアンドレアスを睨みつけ、実彩は仮面の下で無表情になっていた。
「ははは。いや、すまんな。どうにも堅苦しい空気ゆえ、少し肩の力を抜いて貰おうと思ってな」
軽快に笑うアンドレアスに実彩もクリストファーも毒気がドンドン抜かれているのを感じた。
場の空気は完全にアンドレアスが握っている。
実彩からしてみれば『話し辛い』話しをされる立場として、少しでも自分の方に流れを持っていきたいのだが…………。
(かんっっっぜんに掌で転がされてんな。やっぱり、向こうの方が上手だわこりゃ)
辺境の貴族とはいえ、伏魔殿ともいえる王宮や貴族社会で培ってきた彼の手腕に、環境が特殊だったが日本で暮らしていた実彩にこの手のもので勝ち目なぞ有るわけがないのだ。
「何しろ今のクリストファーでは君に不釣り合いだからな。もう少し成長してもらわんと君でなくても嫁探しも出来やしない」
実の息子相手に酷い言い草である。
赤の他人の実彩の方が評価が高いとは、どうゆうことだ。
「……父上ぇぇ!!」
呻き声が聞こえる気がするが、無視だ。
ヘタレはそのまま沈んでいてくれ。
面倒くさいから。
「さて、では改めて話させてもらおうか。ミーシャ殿。君にはクリストファーと共にバズーラ家の領地に赴いてくれないかね?」
そして爆弾が投下された。
心地よい日差しが実彩の頭上に降り注ぐ。
カポカポと馬の軽やか足音も耳に心地よい。
森林の中を飛び回る小鳥の囀り。
風に揺れる木々の音色。
「のどかだなー……」
どこか遠くを見詰める実彩の瞳は、諦観していた。
「あの、すみません。僕の話を聞いてますか?」
そんな実彩に、向かいに座っているクリストファーが話しかける。
「聞いてる聞いてる。あれだろ、今日も天気が良くて絶好の昼寝日和て話しだろ?」
「全然違いますよ!? 話し聞いてませんでしたね!!」
即、否定するクリストファー。
クリストファーはため息を軽く吐いた。
流石に一週間も似たようなやり取りをしていれば怒る気も無くなった。
「明日の朝にはバズーラ家の領地に入るという話です。バズーラ家の領地は比較的商人の出入りがあり飢饉もなく豊かだと言われてますが、柄の悪い連中が多くなっているとも言われているので気をつけなければなりません」
「ふーん?」
実彩は馬車の窓から遠くを“視て”いた。
「豊か、なー………」
どこか呆れを含んだ声だった。
「一応聞くけど、その情報の出所は何処なんだ?」
「え? それは王宮に提出された書類とバズーラ家の領地に出入りしている商人からですが………それがどうかしましたか?」
「レタックの手の者からの情報はないのか」
「レタック家の? いえ、ありません」
「…………調べてないんだな」
ガックリ。
肩を落として黄昏ている実彩にクリストファーは首を傾げた。
クリストファーがその答えを知るのはバズーラ領の首都スカイに入ってからだった。




