第18話
バズーラ領の首都スカイ。
バイエル国有数の観光都市である。
スカイ周辺にのみ生息している白黎樹と呼ばれる樹木がある。秋になると花びらが幾重にも重なった、まるでガラスのように透けている可憐な花が咲き誇る。
初夏の今頃は白黎樹の盛りを見るための宿の予約が殺到して秋に向けての材料の蓄えを始めるのだが。
現在のスカイは…………。
「何なんですか…………これは」
「うわぁ……予想以上だな、これは」
本来ならば買い出しや旅人達、商人の掛け声が響き渡っているだろう市場は、汗臭い……いや、ゴツイ……いや、体格のいい上に目つきの鋭い明らかに怪しい男共がえばり散らしながら歩いていた。
中には露店の主人らしき人物から金を巻き上げ、暴力を振るっている者もいる。
「どうしてここまで荒れて………昔、来た時には活気のある賑やかな街中だったのに………どうして………」
スカイは全体的に拡散としていて、領民と見える人達ははた目から見ても怯えているうえ、かなり痩せていた。
この街の現状がここ数ヶ月で起きたことではない良い証拠だ。
「なんて事はないだろ。王宮に上げられていた報告書が嘘だった、それだけのことだ」
「…っ、しかし! バズーラ領を出入りしている商人からも情報が上がっているんですよ!? 商会ギルトも王宮に同じ報告をしているのですよ!!」
クリストファーは信じられなかった。
しかし、目の前に広がる光景は。
「考えるのは後だ。先に宿を決めるぞ────早く移動した方がいい」
周りから刺すような視線が四方から感じられる。
…………見張られているのだろう。
(こりゃあ早めに何とかしないとヤバいな。はぁあ、レタック伯とバイエル国の王宮に貸しを作るのも悪くないと思ったんだが………早まったかもしれないな。厄介な依頼受けちまった)
レタック家当主、アンドレアスからクリストファーの護衛兼調査員としてバズーラ領に潜入して欲しいと依頼された実彩は、最初は断った。
もうバズーラ家に関わり合いになりたくなかったからだ。
しかしアンドレアスは言った。
『バズーラ家には前からある噂が流れている』
『噂?』
『あぁ、バズーラ家嫡男マロリーは正妻の息子ではなく、第2夫人の息子であり。第2夫人の息子と呼ばれいるリュカ・ファルツ・バズーラ。彼こそが正妻の息子でバズーラ家の正統後継者なのではないかと』
『………つまり、子供の入れ替えがされたと?』
『そうだ。正妻の子と第2夫人の子は同じ月で一週間違いで産まれたらしい。その上、正妻であるソニア・プファルツ・バズーラは産褥のおり亡くなっており、2人の子供を取り上げた産婆は第2夫人の子を取り上げた直後に亡くなっている。しかもこの時バズーラ家当主、ロイド・プファルツ・バズーラは隣国に外交に出ていて領館にはいなかった』
『……で? それが私となんの関係がある』
あくまでも、噂。
バイエル国にとっては問題であろう、特に今は。しかし実彩には全く関係はない。
『それは分かっている。しかし、今しかないんだ。レタック領はバズーラ領の隣にあり、他の領地から調査するには時間が足りない。何より腕の立つ冒険者はこの一件でバイエル国から遠ざかっていっている。地元に根付いている冒険者は、私の領地の冒険者も含むて静観を決めている。つまり、動いてもらえる冒険者がいないんだ。君以外は』
『私以外、だと?』
アンドレアスは厳かに頷いた。
『この一件の関係者であり、実力もある。だが、私情に流されない精神力もある』
『私は私怨でしか動いてないぞ』
実彩の台詞に側で聞いていたクリストファーも頷いていた。
殴るぞ、この野郎。
『君は私怨で動いたと言うが………。ならば何故マロリーを手に掛なかった。どうして私兵騎士達の遺体を火にかけたのだ?』
『………』
この言葉に、実彩は黙り込んだ。
クリストファーもアンドレアスの言葉を聞いて改めて疑問に思った。
『マロリーの指示に従った彼等は、亡くなったとはいえ犯罪者だ。彼等の遺体は恐らく、見せしめの為に大門に晒されていただらう。そしてマロリーも君に殺されたとしても、彼自身が犯した罪によって君が裁かれることはなかった。だが、君はあえて私兵騎士達の遺体を焼き、マロリーを法によって裁くことを選んだ。それは何故かね』
誰よりも彼等の所行に怒り狂っていたのは実彩だ。
その当の実彩は、何も言わない。
『ミーシャ殿。私は君が今回の一件で動いた理由が私怨だけだったとは思えない。どうか、私の依頼を受けてはくれないだろうか、君の力をバイエル国に貸してくれ』
そこに居たのは、純粋に国を思う1人の貴族だった。
(敢えてバイエル国の名を出して、跡継ぎであるクリストファーを付けて、そんだけ本気なのは分かるんだがな)
クリストファーと共に、なんとか宿を見つけて転がり込んだ実彩は1人、部屋に備え付けてあった椅子に腰掛けていた。
クリストファーはアンドレアスに現在のスカイの様子を知らせる為、別室でマジックアイテムを使い連絡をとっている。
(『君が私怨だけで動いたとは思ってない』ね、別にそんなんじゃない)
そんなモノではない。
私兵騎士達の遺体を燃やしたのも、マロリーを法の裁きに委ねたのも、すべて実彩の単なる自己満足でしかない。
許せなかっただけだ。例えそれが後悔や感傷といった感情であったとしても。
そう感じること自体が、許せない。
「はー…………、出るか」
意識を切り替え、実彩は外に出ることにした。
別にクリストファーを待つ必要はないだろう。
少し、街中を散策するむねを実彩は書き残して部屋を出て行った。
「はてさて、どこに行こうかねー」
まとわりついてくる視線には、敵意や悪意を感じない。
見張られていると思ったが、違うのか?
どちらかというと怯えている?
(まぁ、理由は何となく分かっているけど)
スカイの街中でいくら歩いても、この街を護る派遣騎士に1人も会わない。
この時間帯なら見回りの為に歩き回っていても可笑しくない筈なのに…………。
(な~にが起こっているんだ? バズーラ家の当主はここ数年領地には戻らず外交のためにあっちこっちの国を回っている、ということは……………実質、バズーラ家の領地を支配しているのは第2夫人辺りが妥当か。マジで時間ないかもしれないな。早くしないと領民が暴動を起こす可能性もあるな)
思考の海に沈んでいた実彩が気付いたのは偶然だった。
いや、後から考えるとこの時の『出逢い』は今まで積み重なってきた軌跡による必然だったのかも知れなかった。
実彩の視界の端に、その姿がかすったのは。
「……あれは…………ん?」
その姿の後ろに3人の柄の悪い連中が追っていた。
何とも既視感のある光景だ。
またなのか………。
やれやれと実彩は踵を返し、後を追うのだった。
くすんだ金髪をなびかせて、少年がひた走っていた。
「はぁ……はぁ………はぁっ」
いつものように母に命じられた買い物を済まして帰ろうとした時だった。
知らない男達に声をかけられた。
恐らく、外から来た冒険者か旅人の類だろうと思いはしたがどこか怪しかった。
突然だった。
3人の男達は私にいきなり襲いかかってきたのだ。
私はひたすら逃げた。
逃げて逃げて、ただ逃げていた、が。
「……あっ!?」
曲がった角の先は行き止まりだった。
振り返ると男達はすぐそこまで迫っていた。
「どうしよう、どうすれば……」
そうこうしているうちに男達は私に向かって獲物を振りかざした。
「……っ」
もう、駄目だ。
ここで私は死んでしまうのだと。
そう、思ってい目を瞑った───。
ガッキィィィン
金属同士のぶつかる音が響き渡った。
恐る恐る瞳を開けると。
「おいコラお前。何うずくまってんだ? さっさと立て、邪魔だ」
顔を上げれば黒いローブを着た人が、私を庇っていた。
死を覚悟していた私の前に、君が現れた。




