第9話
宿泊している『ヤドリギ』に一度戻った実彩は、さっそく雑貨屋で買った帽子と仮面をつけた。
「………」
うん、分かってはいた。と実彩は鏡に映った己を見て思った。
(予想はしていたけど、見事な不審者っ振りだ。これもうお巡りさんー! て叫ばれるレベルの代物だわ。近所の奥様方に陰でヒソヒソされながら井戸端会議のネタにされて、子持ちのお母さん方には見てはいけませんて確実に言われる格好だ。…………………………………………………何だろう、また目に汗が入ったのかな? 視界がカスムナ…!)
マジックアイテムのリュックから魔術師がよく羽織る黒のローブを取り出した。
黒のマント、灰色のローブはリュックにしまい込んだ。
この黒のローブは冒険者ギルトから支給された物だ。魔法を使える冒険者は冒険者ギルトから魔術師の証として渡される。
義務づけられている訳でもないが、支給されたローブに刻まれている刺繍を見た実彩は一目で気に入り、冒険者としての支度が整ったら改めて着ようと楽しみにしていた。
「初めて見せてもらった時も思ったけど、見事な刺繍だな。別に派手な訳でもないし、この裾の方や首元、手首にある刺繍がギルトカード代わりになるとは思わなかったけどね」
冒険者ギルトのギルトカードはカードの形では無く、魔力石の付いたネックレスやピアス、腕輪や実彩の着ている魔力糸の刺繍糸で刺繍されたローブの4つがある。
昔のギルトカードはカードだったが“漆黒の武神二ケ”が発見した魔力石は魔力を込めた最初の持ち主以外は使えない特徴を有していたのを利用して新たなギルトカードとして使われることとなった。(*名前がギルトカードのままなのは、当時の責任者が新しい名前を考えるのをめんどくさがった為、そのままになった)特別な加工を施さないと使えないそれは、冒険者ギルドで重宝されている。
ちなみに、魔力糸の開発者も“漆黒の武神二ケ”である。
魔力糸はある魔物の一部から造られていて、性質は魔力石とほぼ同じだが、魔力糸には魔力石にはないある特別な性質があり、魔術師達に好まれている。
「とりあえず冒険者ギルトに登録もしたし、装備の支度も整ったし、これでもうこの街にいる理由は無くなったな………どうするかな。ここはやっぱり観光がてら王都でも目指すか、えっと地図地図」
リュックの中に手を入れてギルトから買い取った地図を引っ張り出す。
「おっ、あったあった。これだ」
A3程の大きさの地図を取り出して描かれているバイエル国を見る。
バイエル国の敷地面積はオーストラリアと大体同じぐらいで、バイエル国の王都はちょうど国の真ん中に在るみたいだ。
「今の時期、何か催しものはあるかなー? んー……やっぱり徒歩の方が王都に着くまでに色んな場所見れそうだな……………ん?」
実彩は地図から顔を上げた。
宿の外が騒がしい。
(………嫌な予感がするんだけど……………)
そろそろと窓から外を覗いてみる。
「…………はぁ」
窓の外では王国派遣騎士とバズーラ家の私兵騎士が言い争いをしていた。
見なければよかった。と思いつつ、実彩は地図をリュックの中にしまい込んだ。そして部屋を片づけ始めた。
「裏から回って外出よう。そしてそのままこの街から脱走してしまおう」
──────面倒事は誰だって避けるよね。たとえその火種が自分自身だったとしても───────
「逃げるが勝ちだ」
支度を終えた実彩はそのまま部屋を出ていった。
実彩が街からの脱走を決めて、準備を進めている時、『ヤドリギ』の前で王国派遣騎士とバズーラ家の私兵騎士が一触即発の状態になっていた。
「貴様等は俺達がバズーラ家の私兵騎士と知って邪魔立てするのか!? もとわと言えば貴様等王国派遣騎士が役目を果たしていなかったせいで我らが主の御子息マロリー様が薄汚い冒険者無勢に狼藉を働かれることになったんだぞ!! そのことを分かっているのか!?」
私兵騎士の若い男は王国派遣騎士の第二班班長ガイルに怒鳴り散らした。
「俺の記憶が確かなら、この国の王族貴族は九割以上冒険者をやっていると思ったんだが、お前の言い分だとその王族貴族も薄汚い輩になるんだが…………お前こそ分かってるか?」
「彼の方々と違ってマロリー様に狼藉を働いた冒険者はただの平民だ! 関係無い!!」
そう告げる若い私兵騎士に、ガイルは自身の茶髪の髪を掻いた。
若い私兵騎士の男の頭の悪さにイラつく。
(関係無い訳ないだろうが、馬鹿が。元々冒険者の数は平民の方が断然多い。それを分かっていてこの国では王族や貴族に、冒険者になる事を法で定めている)
それだけ実力を求めているのだ。
この国の王族は実力があれば平民を騎士や文官にだって引き立てる。
事実この街に派遣された派遣騎士団長は平民の出だ。先の隣国グルーメンとの戦争で我が国に勝利をもたらした英雄。
───────アレン・ゾネ──────────
本当に分かっているのだろうか?
この男の言葉は、国の英雄を莫迦にしていることを、我等が騎士団長を傷付けたことを!!
「さっきから聞いてりぁあ調子こきやがって、俺達が役目を果たしてねぇえだ? 平民の冒険者はうすぎたねぇえだ? ふざけたことを抜かしてんじゃねえよ────!!!」
怒声が辺りに響き渡る。
ガイルの率いる第二班の騎士達も班長の怒声に鼓舞されて一気に殺気立つ。
「き、貴様ぁ………! 俺達は」
「我ら、レタック辺伯爵の治めるリメスを守護するよう国より派遣されし騎士! フィン副団長がこちらに到着するまで、貴様等には彼の冒険者には指一本たりとも傷付けさせたりはせぬー!!」
私兵騎士の言葉に被せるようにガイルは言い放つ。
バズーラ家の私兵騎士達は顔を真っ赤にして剣に手をかけた。
「黙れ!! いくら貴様等が王国派遣騎士だとしても、貴様等を率いているのは成り上がりの冒険者モドキの傭兵だろうが! 副団長は貴族でこそあるが、宮中落ちしかかっているズィーゲン家の者ではないか!! 立場を盾に我等の邪魔をする不届き者共が!!」
「立場を盾にとっているのはどっちだ!! バズーラ家の腰巾着の分際で俺達の団長と副団長を貶すことを言ってんじぁねぇー!!!」
ついにガイル達も剣を抜いた。
渦巻く殺気の中でパンパンと手を叩く音が響く。
場違いなその音の発信源は宿のドアの前に立っている『ヤドリギ』の女将マーサだった。
彼女はニコニコ笑い、両騎士の間に入っていく。
「派遣騎士の皆さん、バズーラ家の騎士の皆さん。困りますよ、宿の前で流血沙汰だなんてお客さんが来なくなっちゃう。騒ぐのでしたらよそでやってくださいね?」
全く困っているようには見えないが、マーサは騎士達の殺気をものともしていない。
冒険者の中でも特に訳ありの者達を中心に商売をしているだけあって、随分と肝が据わっているようだ。
「引っ込んでいろ! たかが宿屋の女将無勢が我等の邪魔をするとは斬られたいのか!!」
「王国派遣騎士の前で一般人に危害を加える発言するたぁいい度胸だな! 腰巾着!!」
派遣騎士が護るべき民に対して“斬る”と言った私兵騎士の若者は悪びれずに言った。
「たかが平民の女一人斬り捨てたとて何の問題がある? むしろその女はバズーラ家の命を受けている我等の前に立ちはだかったのだぞ、斬られても文句なぞ言えぬであろうよ」
嘲る若者に便乗して他の私兵騎士達も肩を揺らして笑い出す。
派遣騎士達はもう怒りのあまり、その瞳に怜悧な光りを宿している。
一方、私兵騎士から物騒なことを言われたマーサは、それは困りますね。とあくまでも微笑みながら派遣騎士と私兵騎士達に話しかける。
「しかしですね、バズーラ家の私兵騎士様方。私としては宿の前で派遣騎士様方と争われるのは困るのですよ。いったい、誰をお捜し何ですか?」
「我等はバズーラ家次期当主マロリー様に狼藉を働いた黒マントの少年を捜している! この宿にいるのは分かっているのだ!? さっさと我等に引き渡して貰おうか!!」
「勝手なことを抜かしてんじゃねぇよ! 女将!! その少年を俺達に預けてく「その少年のお客さんならもう居ませんよ」は? ………何だって!?」
ガイルの言葉に被せるように言ったマーサの言葉は派遣騎士、私兵騎士共々驚かせた。
「つい先ほど、宿の裏口から料金を払って出て行かれました。ですから引き渡せと言われてもいない人をお渡し出来ませんので、お引き取りしてくださいませんかね?」
マーサはあくまでも、あくまでも穏やかに微笑んでいるが、何故だろう。その微笑みに温かさが少しも感じることが出来ないのは。
だが騎士達はそれどころではない。
派遣騎士と私兵騎士は互いを罵りづつ、すぐさま宿の裏口に回って辺りを捜索した。
一部の騎士達は宿の中に入り、実彩が泊まっていた部屋を訪れるも、綺麗に片づけられた部屋は手掛かり一つなかった。
女将のマーサに料金(*宿泊料は先に払っていたが、宿に対する迷惑料を払わされた)を渡した実彩は意気揚々(*周りから飛んでくる視線には心が少し折れかかったが)と街の出入り口である門を目指して歩いていた。
(早く街を出ないと。まさかここまで大事になるとは思わなかったけど…………まぁ、相手は腐っても貴族だったし、仕方ないのかな?)
ここまでくるともう、開き直るしかないだろう。とこの時の実彩は、暢気にも思っていた。
バイエル国の東に位置するレタック領の領主が暮らす街リメス。
そのリメスが一望出来る丘に建っているレタック領城の領主室に3人の男達がいた。
領主室にあつられているソファーに座っているのは壮年の男性と成人して幾ばくも経っていない少年の2人だった、もう1人はこの城の執事であろうか、2人にお茶を用意していた。
「聞いたかクリストファー、どうやら私の領内である貴族がくだらん騒ぎを起こしているのを」
「僕の耳にも届いておりますよ、父上。恥知らずにも領主のお膝元で騒ぎを起こしている愚か者のことでしょう?」
どうやらソファーに座っているのは領主親子のようだ。
レタック領主
アンドレアス・バーグレイツ・レタック
ダークグリーンの髪にダークイエローの瞳を持つ城伯である。
そしてレタック次期当主
クリストファー・バーグレイツ・レタック
父親と同じ色彩の髪と瞳を持つ彼は今月に入り成人し、正式に次期当主の座についた。
「あぁ、その通りだ。他領の敷地内でありながら我が物顔で振る舞っている愚か者。その事で一つお前に頼みたいことがあるのだ、クリストファー」
アンドレアスは頼みと言ってはいるが、実質これは当主から次期当主への命令である。
執事がお茶を2人の前に置く。
「はい、なんでしょうか父上」
「クリストファー、お前はこれから派遣騎士の団長副団長と共にその愚か者の貴族を捕らえ、ある少女を保護してあげなさい」
アンドレアスは執事が入れた紅茶をすすりながらクリストファーに告げる。
「少女? …………父上、愚か者の被害にあっている冒険者は少年ではないのですか?」
自分が受けた報告と違うことにクリストファーは首を傾げた。
すると執事がクリストファーに説明する。
「どうやらその者は少々変わり者らしく、黒マントで顔や姿を隠し、振る舞いも男性のようだったので誰もが彼女を男性だと勘違いなさったのです」
「───では、本当は女性なのですね…………分かりました。女性なのなら尚更愚か者から護らなければなりませんね─────魔力持ちですし」
クリストファーは立ち上がりアンドレアスに向けて頭を下げた。
「父上。父上のご期待に添えるよう、全力を尽くします。それでは、いって参ります」
「頼んだぞ、クリストファーよ」
クリストファーは頷き、領主室を出ていった。
部屋に残っているのはアンドレアスと灰色の髪と瞳の執事だけとなった。
「レジスよ。…………息子は、お前の目から見てどう思う?」
アンドレアスは執事────レジスに問た。
「失礼ながら旦那様。どう、とはどう言った意味でしょうか?クリストファー様は才に溢れ、人格共に将来のレタック家を継ぐに値するお方だと、このレジスめは確信しておりまするが……」
「………お前の言うとおり、クリストファーは多才であり人格にも目立った瑕疵も無く、貴族としては優れている部類に入るだろう。─────しかし、あ奴には決定的欠けているモノがある。私はな、レジス。この一件の決着次第では、『あの件』をクリストファーに任せようと思っておるのだ」
あの件とはもしや。とレジスは目を見開いた。
そんなレジスを、アンドレアスは紅茶を飲みながら話し続ける。
「クリストファーは、知るべきなのだ。人とは、助けや救いがなくては生きていけぬ生き物だということを─────」
そう呟くアンドレアスからは、どこか寂寥感があるようにレジスには感じたのであった。




