9 夏の子ども茶会③
「皇后陛下、第一皇子殿下、第二皇子殿下のご入場です」
全員が一斉に立ち上がる。
柔らかい笑みを浮かべた皇后陛下に続き、皇子二人が入場した。
皇后は絵に描いたような金髪碧眼の美貌の持ち主だ。
でも美しさなら第一皇子の方が優っている。
銀髪は皇帝譲りで、瞳の色も父親と同じ紫。
色味が同じで、まさにミニ皇帝。見るからに正当な血筋って感じ。
それに対して第二皇子の方は母親の皇后とそっくり。
こっちは金髪碧眼なので、イケメンだけどよくいる感じで特別感がない。残念。
「皇室主催の茶会にようこそ」
ここで全員揃って最敬礼するのだと、どの家でも厳しく訓練したのだろう。
その成果が発揮され、皇后はご満悦なのか、「直れ」の号令が遅い。
小さい子ほど、この腰を落とした姿勢は堪えるんですけど。
「さあ、おかけなさい」
ふぅ。やっと座れる。
「形式的な挨拶は後にしましょう。せっかく用意したのですから、まずはお茶をいただきましょう」
給仕係が一斉に各テーブルでサービスを始めた。
皇后が、「形式的なあいさつは後で」と言っていたけれど、それを額面通りに受け取るのは間違っているらしく、両隣のテーブルの親子はさりげなく名乗っている。
皇族方がお茶を飲まれたのを確認して、他のテーブルでも子どもにゴーサインを出している。
「コラレット。いつでもご挨拶に行けるように、しばらくは紅茶を少しだけ飲むのよ」
「はい、お母様」
へえ。
まあ、呼ばれた時に咀嚼していたら恥ずかしいものね。
でもそんなこといったら、同じテーブルに座っている子とも話をするのだから、食べるチャンスがなくない?
前回は、自分で蚊帳の外にいようと決心して、どのお菓子から食べようかなんて考えていたっけ……。
茶会を楽しんでいますよ、と皇后にアピールしたいのか、どのテーブルでも和やかな歓談が始まった。主に親同士がだけど。
それでも全員が皇后の一挙手一投足に神経を尖らせているに違いない。
「そうだわ。今日はお招きした私たちの方がテーブルを回ろうかしら? たまにはそういう趣向も面白いでしょう? ああでも――」
皇后の顔に一瞬だけ暗い影がさした。
「第一皇子は無理をしなくていいのよ。公式な茶会といっても経験の浅い子どもたちのためのものなのですから。それにここにいる者たちとは、この先も顔を合わせることになるのですもの。今日挨拶ができなかったからといって気に病む必要は全くありませんからね」
……え?
ちょっと待って。何よ、それ――。
第一皇子は挨拶もできないってディスってる?
「気に病む必要はない」と言いつつ、「本当はあるんですけどね!」って言ってる?
あ。第一皇子が俯いちゃった。
一周目もこんな挨拶をしていたの? 全然聞いていなかったわ。
第二皇子の母親の皇后は後妻だから、前妻の子の第一皇子に辛く当たっているのかしら?
そういえば一周目では、皇子が二人とも成人しているのに皇太子が決まっていなかった。
当人たちよりも、「後見の貴族家の戦いが熱い」みたいなことを新聞が面白おかしく書いていたっけ。
……‼︎
第二皇子がこっちに向かって歩いてきている!
「そのままで構わん。このテーブルは高位貴族だな?」
いち早く立ちあがろうとした伯母様を制して、第二皇子が私たちのテーブルに着席した。
もちろん、例のデキる使用人たちが皇子の向かう先に先回りして、椅子を持ってきて私たちの位置を調整して、テーブルセッティングをしていた。
やっぱり欲しいわ、この使用人たち。離職したら連絡をくれないかしら。
「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。アイスバーグ侯爵家のアンジェリカでございます。こちらは娘のコラレットですわ」
「第二皇子殿下にご挨拶申し上げます。コラレットと申します。今年八歳になりますので殿下と同じですわ」
そういえば第二皇子は同じ歳だった。
「そうか。侯爵家にも娘がいたのか。だが公爵家に七歳と五歳の娘がいるのは知っているな? そなたは三番目だ」
渾身の笑顔でアピールしていたコラレットが凍りついた。
第二皇子リンキスよ。八歳にして、もう人格形成が出来上がっちゃたった?
この男はただの馬鹿なのだ。
駄目息子の代表格と言っていい。
酒と女に目がないクズだと国中に知れ渡るようになるのはまだまだ先のことだけど。
皇后が甘やかしたせいで、違法行為も何のそのっていう悪党に育ってしまうのだ。
「だがまあ。将来が楽しみではあるな」
うわぁ。美人に育ったなら侍らせてやってもよいぞ、とニタニタ笑っている。キモい。
「それで? お前は幾つだ?」
皇子は正面に座っている男の子に話しかけた。
そう、私たちのテーブルには、アイスバーグ侯爵家四人の他に、他家の母親と息子が座っているのだ。
普通なら同じテーブルについたところで軽く挨拶を交わすものなのに、伯母様もお母様も知らんぷりをしていて不思議に思っていた。
「カンデラ伯爵家嫡男、カイルです。私も八歳ですので殿下と同じです」
……あ‼︎
カンデラ伯爵家だったのか。うちのライバル一門じゃないの。
この家も商会を運営しているのよね。
そしてカイル! うわぁ。八歳のカイルだ!
よく見れば面影がある。気がつかなかったよ。なんか懐かしい。
この子――十年後には大変な思いをすることになるんだけど。
「カイルか。そうか八歳か。じゃあアカデミー入学も一緒だな」
「はい、殿下」
伯母様が横入りされたと悔しがっているけれど、そんな価値がこの男にあるとでも?
他のテーブルはどんな感じかなぁとよそ見をしようとしたら、お母様と目が合ってしまった。
――あ。しまった。
私だけ名乗っていない。駄目じゃないの。
このままだと帰ってからお祖父様にどんな報告をされることか。
「第二――」
「殿下。コラレットはアカデミーで指導されておりました教授から学んでおりますの。きっと殿下のよき遊び相手になりましょう」
お母様が私を紹介してくれようと口を開いたのに、伯母様が遮った!
「そうか。優秀ならば、そのうち母上の耳にも入るだろう」
へぇ。自分が気にいるかどうかじゃなくて、それさえも母親の判断に任せるのね。
既に自分で考えない子どもになってしまっている。
「殿下。そちらのご令嬢がご挨拶をなさりたいようです」
カイル! なんて優しいの!
まるで殿下の側近のように、不公平とならないよう、さりげなく振ってくれた。
一周目と同様に黒髪のカイルには自然と目がいくのよね。
瞳が緑色だから日本人とは違うけれど。
カンデラ伯爵家はライバル商会だけど、できれば将来的には切磋琢磨する関係になりたい。
規制緩和とか共同仕入れとか、協力できるところは協力したい。
「そうだな」
「ご挨拶が遅れ申し訳ございません。アイスバーグ侯爵家次女のスターシアでございます。こちらは娘のマリレーンです」
「お初にお目にかかります。マリレーンと申します。殿下と同じ八歳になります」
「そうか」
まあ、私の器量なら一言だよね。
「……。お前は傍系になるからそんなドレスなのか」
ちっがーう!
皇子たちにアピールするつもりは最初からないから。
伯母様ったら、何がそんなに嬉しいの?
アイスバーグ侯爵家が舐められたらいけないんじゃなかった?
「はい。まだ手足が短いので袖や裾の飾りは控えめにしてみました」
「手足が短いだと?! あっはっはっ。仕方がないだろう。まだ八歳なのだぞ!」
威張りたいみたいだから、少しばかり卑下してみせただけなんですけど。
これで会話が弾んだように見える?
伯母様とコラレットが鬼の形相になっているけどいいの? そんな顔を見られちゃって。
「殿下。そろそろ次のテーブルに」
皇子の後ろでずっと控えていた男性が促した。
専属の従者だろうか。
「分かった」
別れの挨拶もなしに皇子は隣のテーブルに移った。
隣で早速、「はあ? 本当に男爵家を招待したのか?」なんて暴言を吐いている。
やれやれ。
――でも。
第一皇子には従者も使用人も誰もついていないみたいだけど。
それって、皇后の特別な采配なの?
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