10 夏の子ども茶会④
一周目では、第一皇子のセレウスは成人してからも、第二皇子がやらかすまでは、「覇気がない」「皇帝の器ではない」などと言われ、貴族からの信任が得られず皇太子になれずにいた。
今も皇后の隣でオドオドした様子で縮こまっている少年は、見るからに自己評価が低そうだ。
もっと自信をつければ輝くと思うのに。もったいない。
それにしても、どうして第一皇子には挨拶に行かせないのかしら?
皇子がテーブルを回ると言われたら、私たちは動けない。
だからこちらからは第一皇子に挨拶できないでいる。
まさか第一皇子に誰とも親しくさせないための皇后の作戦?
でも結局、皇太子になるのは第一皇子なので、私としては面識を持ちたいところなんだけど。
うーん。どうしたものかな。
ここは一つ、伯母様に花を持たせて――。
「伯母様。アイスバーグ侯爵家からはたくさんの物を皇室に納めているのですよね?」
「ええ、もちろん。アイスバーグ商会は国内随一の商会ですもの」
すごい強心臓。ライバルのカンデラ伯爵家がいるのにそこまで言うんだ。
「今日持ってこられたお土産も特別なお品なのですよね?」
「もちろんよ。コラレットを招待していただいたお礼ですもの。一応、アイスバーグ侯爵家からのお礼ということになるから、あなたたちも有り難く思いなさい。コラレットに感謝するのよ」
えぇぇ。
私はコラレットのおまけじゃないんですけど。
まあ、お祖父様の承認をもらって大層な額の品を用意したらしいから、伯母様としては手渡しして好印象を残したいのでしょう?
うちに限らずどの家も、招待されたお礼の手土産を持参している。
このままだと渡すタイミングがなく、使用人に預けることになるのではないかと、どのテーブルの人も、落ち着かない様子でチラチラと皇后に視線を送っている。
「伯母様。私たちは第一皇子殿下とご挨拶が済んだので、殿下が他の方々にご挨拶をなさっている間に、正式に皇后陛下にご挨拶に行ってもよいですよね?」
背中を押してあげるので行きましょうよ。
「……そうね。殿下とはもう少しお話をしたいところだけど、戻られるまで時間がかかりそうね。ええ。行きましょう」
伯母様は、行くと決めたら誰にも先を越されないよう、今すぐ行きたくなる人だ。
コラレットに目配せをしてすくっと立ち上がると、一直線に皇后陛下へと向かって行った。
もちろんお母様と私もついていく。
「皇后陛下にご挨拶申し上げます。アイスバーグ侯爵家のアンジェリカと娘のコラレットでございます」
伯母様のカーテシーに続いてコラレットが、「お初にお目にかかります」とカーテシーを披露した。
「初めて見る顔ね」
「はい。娘の初めての茶会になります。お目通りが叶いまして大変光栄に存じます」
「た、大変光栄に存じます」
コラレットは頬を真っ赤にしてカチコチになりながら伯母様のセリフを繰り返している。
彼女の辿々しい喋り方のおかげで、おかしな間があいた。
そのお陰でお母様が挨拶を差し込むことができた。
「同じくスターシアとマリレーンでございます」
お母様と私も渾身のカーテシーで挨拶をしたのに、皇后は片方の唇の端を少し上げただけだった。
侯爵家とはいえ、次女とその娘には何の価値もないと言いたいのね……。
伯母様は隣の第一皇子に挨拶をする前に、皇后に手土産を渡すことにしたらしい。
本来ならば許されない行動のはずなのに、それが皇后を喜ばせることになると知っているからできるんだろうな。
第一皇子は無視されても、それが当然だと受け入れている……。
生気のない瞳。自信なさげな表情。俯きがちな姿勢。
うーん。本当に圧倒的に自己肯定感が不足している……。
将来はこの国のトップに立って、国民を守っていかなきゃいけないのに。
「ふう。それにしても、待てど暮らせど第一皇子は言葉を発するつもりはないようですね。客人と挨拶をするつもりはないと? 困りましたわ。今日のお茶会は皇室主催であって、私の主催ではないというのに。それすらもご理解いただけていなかったとは。出席していればよいというお考えはいったいどこから――」
え? ひどい。
皇后がそういう空気を作ったくせに。
皇后はわざとらしく、頭をふるふると左右に振って、第一皇子が頭痛の種だとアピールしているけれど、まさか毎回こんな感じなの?
第一皇子も、ビクッと固まっていないで、反論しなくちゃ自分の評判が落ちるわよ!
「皇后陛下。申し訳ございません。私が至りませんでした。お客様にもご不快な思いをさせてしまいましたね」
うわぁ。それではいくらなんでもへりくだりすぎでしょう。
この人、下にも置かれないはずの人なのに、どうして?
もしかして、先の皇后様が亡くなってからは、ずっとこの皇后にいびられているの?
心無い言葉をかけられ続けて、自分に自信が持てず内向的になってしまったの?
皇子教育とは真反対の虐待をされていた?
私が友達になったら、会うたびに真逆のことを言って、自信が持てるように応援してあげるのに。
あー、もう。焦ったい。
ここで皇后に無視された私が、勝手に皇子に挨拶なんてしようものなら彼女の怒りを買ってしまうかもしれない。
伯母様からお祖父様へ報告されて叱られるかも。
――でも。
無視された者同士だし、私たちに用はないんでしょう?
既に皇后に挨拶したい人たちが列を作っているし。
まさか、挨拶を受ける度に、いちいち第一皇子を貶めることを言わないと気が済まないとかじゃないわよね?
今日彼と知り合いになれなかったら、次に会えるのはデビュタントになるかもしれない。
それだと味方アピールする時間がないわ。
無邪気で無知な子ども作戦を決行してもいいかな?
もしもの時は、お母様ごめんなさい。
「お母様。向こうのお庭で遊んでもいいですか?」
「え? 今?」
「はい。あ、あの、第一皇子殿下。よろしければご案内していただけますか?」
挨拶すら交わしていないのに、臣下の方から声をかけるなど本来ならば許されない。
でも皇后からしたら、自分が歯牙にもかけなかった者から無礼な態度をとられた皇子なんて、大好物なのでは?
「マリレーンったら! 皇后陛下。どうかお許しくださいませ。この通り心からお詫び申し上げます」
お母様!
やっぱり駄目だった?
深く頭を下げたお母様に、皇后は笑いながら言った。
「あらまあ、よしてちょうだい。せっかくの茶会なのに。第一皇子にホスト役の心得が多少なりともあれば、このようなことにならずに済んだのに残念です」
「あ。ええと――」
皇子は皇后が言外に含ませた意味が分からないみたい。
「案内してさしあげれば?」
「あ、はい。では、ご令嬢」
あ、とりあえず大丈夫だったみたい。
「はい。よろしくお願いします」
早く行きましょう。
一刻も早くこの場から離れた方がいいわ。
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