11 夏の子ども茶会⑤
後のことは大人に任せることにして、私は第一皇子の手を取って人気のない方へ向かった。
二人きりで庭園の奥に来たと思ったけれど、私たちとはかなり距離を取ったところに騎士が一人立っているのが見える。
……ん? その顔には見覚えがあるような。
絶対に知っている顔なのに思い出せない。
誰だっけ……。どこで見たんだっけ……?
……確か。おぉぉ。あのアシュラムの事件を調査していた責任者だ!
そっか。この時点では第一皇子の護衛をしていたのか。
彼なら信用できる。会話を聞かれても大丈夫だ。
「あ、あの。ご令嬢」
あ。この辺りでいいかもね。
「失礼いたしました、殿下。ご挨拶させていただきます。アイスバーグ侯爵家のマリレーンと申します。名乗りもせずに、厚かましくも庭園のご案内をお願いしてしまったこと、心よりお詫び申しあげます」
胸に手を当ててカーテシーをすると、皇子は、「あ、うん。私はセレウスだ」と恥ずかしそうにつぶやいた。
視線が目の前にいる私ではなく地面の上を彷徨っている。はぁ。
「殿下。馬鹿なふりをしてお誘いしたのは、こうして人目を気にせず殿下と話をしたかったからなのです。大人たちの顔色を窺うことなく本音で」
「え?」
さっきから、「え」とか、「うん」とか、言動が子どもっぽいのが気になる。
「恐れ入ります殿下。大変失礼な質問をさせていただいてもよろしいですか?」
「え? うん」
「殿下の家庭教師はどのような方なのですか? また、どういった内容の学問を学ばれているのです? リンキス殿下と同じなのでしょうか?」
「え? どうしてそんなことを?」
あわあわしている様子は十歳よりも幼く見える。残念。
「お答えください、殿下」
「あ、うん。リンキスがどんな勉強をしているのかは知らないけれど、僕は家庭教師の先生から教わっているよ。でも――勉強はあまり得意じゃないんだ」
皇子の自信さなげな姿は、皇后の思い通りに仕上がった結果ということかしら。
「殿下。皇族がそんな風に弱みを口にしてはいけません。最初に教わることなのに、それを教えてくれなかった教師は、教師失格だと思います」
「え?」
「皇族に教える資質を持たない教師が悪いのであって、殿下は何一つ悪くありません。教師を変えれば済む話です」
絶対に皇后が人選したんだろうな。
でも皇宮に関しては皇后に権限があるのは確かだし……。
「でも皇后陛下は――」
「殿下!」
「……! な、何かな?」
「皇后陛下とお話しされた後、どんな気持ちになりますか? 楽しいですか? ずっと話していたいと思いますか?」
「……! いや。いつも悲しくなるよ。僕は皇族の恥だから――」
ひどい! そんなことを子どもに言うなんて!
「殿下! その言葉はお忘れください。殿下は立派な皇子です。これから色んなことを身に付けられて立派な人になります!」
一周目のあの姿は皇后が作り上げたものなのだから、今から矯正すればまだまだ立派な皇太子になる可能性はあるはず。
「私は、皇后陛下は意地悪だと思います。自分を利する相手以外は虫ケラのように接していらっしゃいますから」
「え? む、虫ケラ――」
「私も意地悪されました。殿下のことも、第二皇子ほど好きになれないせいで、意地悪されているのだと思います」
「そうかな? そう思う?」
めちゃくちゃ思うよ!
「これからも皇后陛下の意地悪は続くと思います。ですが、それはただの言葉遊びだと思って、どうか真剣に受け止めないでください。意地悪をする人は、相手が落ち込む姿を見て満足しますから、皇后陛下の前では今まで通り自信をなくして弱気な感じで返事をされておけば、それ以上はひどい目に遭わずに済むと思います」
「君って、なんていうか――変わって、あ、いや、面白いね」
変人に見えた?
まあ、いいけど。
「そういうアドバイスを殿下にしてくださる方がいないのが、一番の問題と思うのですが」
「そうなのかな。君には素敵な先生がいるんだね」
「ええ、まあ。皇宮に殿下の味方はいらっしゃらないのですか? 殿下が頼りにされている方は?」
「そんな人は――」
「……! 殿下。スノーベル侯爵とは連絡を取られていますか?」
「え? お祖父様と? ええと、そうだな。誕生日には会いに来てくださるけど」
え? それだけ?
あの老侯爵が嫡男に爵位を譲らないのは、自分の影響力があるうちに第一皇子セレウスを皇太子にするためじゃなかったっけ?
侯爵の息子はのほほんとしたおぼっちゃまって感じだったもの。代替わりしたら、とてもあの皇后に反論なんてできないだろう。
「スノーベル侯爵にお会いして、現状をお伝えした上で、教師の派遣をお願いされるべきだと思います。お会いできないのなら、お手紙でそれとなく匂わせるのです。間違っても、『立派な皇子になるため』とか『後継として必要だから』とか、第二皇子と競う意思があると誤解されるようなことは書いちゃ駄目ですよ。万が一誰かに見られても大丈夫なように気をつけてください。知的好奇心を満たすためとか、友人に話し方が子どもっぽいと指摘されたとか、そんな感じの理由で、良い方を推薦してほしいと書いてくださいね」
「……僕の話し方って、子どもっぽい?」
「あ、いえ。今のは例えですから。お気になさらず」
本心だけど、そう言うと傷付けちゃうものね。
殿下が私の顔をまじまじと見ている。
ちゃんと目を見て話せるようになったのはいいことだけど、見過ぎじゃない?
「お祖父様は、僕が急にそんなことをお願いして、聞いてくださるだろうか」
知らないわよ、それは。
私は二人の関係も、侯爵の人となりも知らないのよ?
でも一歩でも前に進まなきゃ駄目だから。
「一度で駄目なら、二度三度とお願いするのです! できますよね?」
「え? あ、うん。やってみるよ」
「約束ですよ。あ。じゃあ――私からも殿下にお手紙を差し上げてもよいですか?」
「もちろん、いいよ」
検閲とかされるのかな?
あの皇后ならやりかねないわね。
「殿下。皇后陛下は殿下に関するありとあらゆることを把握されておきたいようですので、おそらく殿下が出される手紙も受け取られる手紙も、誰かに事前に目を通させることでしょう。私からは通り一遍の挨拶のような内容しか書けませんが、どうか、各行の右端の最後の単語だけを縦に続けて読んでみてくださいね」
「なんだか暗号みたいだね」
「まあ、子どもっぽい暗号ですね」
この時代に縦構文に似た暗号があるかどうか分からないけれど、さすがに先頭の文字は目につきやすいはず。
まさか子どもがそんな手の込んだことをしているとは思わないだろうから、きっと気付かれないと思う。
あら? 護衛騎士がこちらに近づいて来る。
「殿下。そろそろ戻りましょう」
「うん。そうだね」
やっぱり、その話し方は気になるわ。
侯爵がいい先生を派遣してくださいますように!
◇◇◇ ◇◇◇
お茶会から帰宅した私は、達成感で胸が一杯になっていた。
第一皇子と知り合いになれて、文通の約束までしたのだからすごい収穫よね!
伯母様がお祖父様に、私のマナーがなっておらず一族の恥だというようなことを報告したらしいけれど、まあそれは想定内だし、お祖父様も額面通りには受け取らないだろうから、ちっとも堪えないわ!
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