12 金融教育
皇宮のお茶会から戻った後は、普段通りの生活を送っている。
心配していたお祖父様からの叱責はなかった。
多分、皇后には、私は敵認定するまでもないモブと判断されたのだろう。
伯母様たちからの当たりはきつくなったけれど、物理的な暴力を振るわれる訳ではないので、睨まれようが嫌味を言われようが無視している。
私に教育を受けさせているお祖父様の意図は不明だけれど、私とコラレットを競い合わせる気はないようで、私たちはお互いの学習の進捗を知らない。
今のところは後継者云々の話題も出ていないので、他意はないのかもしれない。
自分で言うのもなんだけど、各教科の先生たちの受けはいいと思う。
授業中もただ聞いているだけじゃなく積極的に質問もしているし、内容もちゃんと理解できている。
だから当面はこのまま進んでいくと思っていたのに、今日は授業とは別に、わざわざリドレイ先生が、「マリレーン様のお時間を頂戴したい」と、お母様を通して申し入れてきた。
なんだろう?
気になって他のことが手につかないから、約束の時間よりも早く図書館横の小部屋に来てしまった。
付き合ってくれたランセは苦笑しながらも、「それではリドレイ様がいらっしゃいましたらご案内いたしますので、しばらくお待ちください」と言い残して、持ち場に帰って行った。
◇◇◇ ◇◇◇
「マリレーンお嬢様。リドレイ様がいらっしゃいました」
「どうぞ。入っていただいて」
部屋に入ってきたリドレイ先生は、心なしか機嫌が良さそうに見える。
「今日は特別な課題をお伝えするために、こうしてお時間をいただきました」
「特別な課題ですか?」
「はい。当主様と相談させていただきまして、マリレーン様には特例として、通常よりも早く特別課題に取り組んでいたくことにしました」
特別課題! それって、もしかして――。
「アイスバーグ侯爵家の跡取りとなるお子様方は十歳になられると、元手資金としてまとまった額を支給されます。商売の基本を学ぶための実践授業なのですが、マリレーン様は十歳まで待たなくてもよいだろうと当主様が判断なさいました」
おぉぉ。アレだ!
実社会で本当にお金を使って経験させるっていうアレ!
自分で金銭を管理しながらどう増やすか、お祖父様と教師たちが年単位で見守るんだよね。
他人の事業に投資するもよし、自分で商品を仕入れて売るもよし。
失敗や成功を早くから経験させるためのもの。
一周目では私はその課題をやらせてもらえなかった。
コラレットは銀貨を一枚貰ったと自慢していたっけ……。
あの子は何に使ったのかしら?
「マリレーン様には支給された元手資金で経済活動をしていただきます。私と当主様は、定期的にどれだけ増やすことができたのか見させていただきます。資金は好きなように使っていただいて構いません。ちなみにこのまま何もせず銀行に置いておくと、年に六パーセントの利息がつきます」
ふふ。遠回しに念押ししているの?
何もしないで六パーセントということは、自分で積極的に運用して六パーセント以上の利益を生み出さなければならないということだ。
「経済活動を行ってお金を増やせばよいのですね。最終的な期限はいつになりますか?」
「最初の三年は半年ごとに残高と、何をどのようにされたのかを確認させていただきます。もちろん、その間も適宜相談に乗ることは可能です。四年目からは一年ごとの確認となり、最終的に十五歳時点での残高と、その後得られるであろう想定利益が評価の対象となります」
結構長いスパンで見てくれるんだ。知らなかった。
「では、これをお渡ししましょう。マリレーン様の口座証明書です。それと、お金の入出金時に必要となる符号です。符号が本人証明となりますから、失くさないよう気をつけてくださいね」
符号はこの世界の印鑑みたいなもので、大人たちは指輪にして使用している。
前世の中世の貴族が封蝋に使うシグネットリングみたいな感じだけど、符号が露出しないよう薄い蓋が付いている。
リドレイ先生は(お祖父様かな?)ペンダントにしてくれたらしい。
どうしよう。もう肌身離さず付けていたい。
嬉しさのあまり寝る時もつけたまま寝ちゃいそう。
「ちなみにマリレーン様の信託口座は別にありますので、資産が混ざる心配はありません」
「え? 信託口座というものがあるのですか? 初耳です」
まあ二周目だし知っているんだけど。本来はこの時点では知らなかった情報だから。
一周目では、さすがに伯母様たちもこの口座には手をつけられなかったから、私とお母様は当座のやりくりができたのだ。
「ははは。スターシア様はご存じのはずですが、おそらく当主様は、そちらに関してはマリレーン様が十歳になられてから改めてご説明されるおつもりなのでしょう」
「そうなのですね」
本当にお祖父様には感謝しかない。
次女だろうと女児だろうと、家族全員に信託財産を用意してくれていたのだから。
「口座には金貨十枚が入っているはずですので、どうぞご確認ください」
金貨十枚!? どうして金貨なの? 銀貨のはずじゃあ――。それも十枚?
「これはお伝えすることではありませんが、当主様はマリレーン様にかなり期待されておいでのようでした。ああ、コラレット様は予定通り十歳で始められますので、どうか内密になさってください」
「分かりました」
嬉しい! お祖父様が私に期待してくれているなんて!
きっと商売のセンスがあると思って、どこまでやれるか見てみたいと思われたのね。
商会を引っ張る力があるのだということをアピールできるいいチャンスになるわ!
「リドレイ先生。経済活動をするにあたり、実社会を知りたいと思うのですが。街に行って自由に散策したいのです。できれば、好きな時に好きなだけ外出する許可を与えてくださるよう、お祖父様に口添えしていただくことは可能ですか?」
「なるほど。それはごもっともです。よいでしょう。私からも当主様にお願いしてみましょう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
やったー!
思っていた以上にどんどんいい方向に向かっている気がする。
一周目は、十歳になるまでは屋敷の外に出るのも一苦労だったのに。
どうか自由に外出できますように!
そうすれば、あそこにも好きなだけ入り浸ることができるわ。
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