6 後継者教育
ふぅ! 今日の目覚めは最高‼︎
昨夜、お祖父様と会話らしい会話を初めてできた。
これまでは一度もお祖父様の関心をひくことなく、ただの『孫娘その二』として、のんべんだらりと生きてきた。
お母様は、自分自身も、そして娘である私も、アイスバーグ侯爵家の当主になる未来を考えたことがないはず。
私が次期当主の座を狙っていると知ったら驚くだろうな。
いや、反対されるかもしれない。
でも、その道を選ばないとお母様も私も不幸になってしまうのだから、やるしかない。
心配しないで、お母様。
もう二度とあんな惨めな思いはさせないから。
何者にも傷つけさせはしないわ。
◇◇◇ ◇◇◇
朝食後はお母様と一緒に刺繍をしたり、お庭を歩いたりするのが日課になっている。
今日は外に出たい気分なんだけどな。
心が弾んでいると、自然と体が躍動するみたい。
「お花を見に行きましょう」と誘ってみようかしら?
「ねえ、お母様――」
トントントンとノック音が聞こえた。
え? 誰?
「スターシア様。ランセです。旦那様から伝言を預かってまいりました」
「あら? どうぞ入って」
「はい」
二周目ではランセの顔を見る機会が多いなぁ。
一周目では滅多に会うことがなかったのに。
「失礼いたします」
部屋に入ってきたランセは、お母様に一礼してから話し始めた。
「スターシア様。本日からマリレーンお嬢様に、コラレットお嬢様と同じ先生から、同内容の授業を受けていただくようにとのご指示でございます」
お母様は、「え?」とつぶやいて首を傾げている。
「コホン。マリレーンお嬢様に期待されているということではないでしょうか」
「どうして急に――でも、これまでマリレーンは淑女教育をメインにしてもらっていたから、学問については必要最低限のことしか学んでいないのに大丈夫かしら」
お母様! 私なら大丈夫なので!
あぁそれにしても! お祖父様へのアピールは大成功ってことよね。
私がモノになるかどうか試してみようと思われたのだから。
だからチャンスをくださったんだわ。
「お母様。私、お勉強頑張りたいです。新しいことを教えてもらうのはとても楽しいので」
「そう? でもお父様は何を考えていらっしゃるのかしら……。コラレットはお姉様の跡を継ぐから分かるけれど、マリレーンにそこまで必要かしら……」
お母様だけでなく使用人たちも取引先の人たちも、養子を迎える話が聞こえてこないため、後継は伯母様夫妻だと思っている。
でも考えてみて。
一門の存続と発展のために人生を捧げてきたお祖父様が、後継者について言及しないっておかしな話よ。
四十代といえば、この世界じゃ代を譲っても不思議じゃない。一日でも早く後継者教育を始めたいでしょうに。
アンジェリカ伯母様もパフィオ伯父様も、そしてコラレットも、お祖父様の要求する水準に達していないのは明らか。
だから私が後継者レースの先頭に立つチャンスもきっとあると思う。
「お母様。せっかくお祖父様が私に目をかけてくださったんですもの。私は期待に応えたいです。ね? いいでしょう?」
「まあ。もちろんよ。反対するなんて言っていないわ。でも、きっと授業は大変だと思うわ。もし辛くなったらすぐに言うのよ?」
「はい、お母様」
ランセは私の前向きな発言を快く思っているみたい。
彼とも早く打ち解けて、一周目のように仲間になってほしいけど、まあ、今すぐは無理よね。
「ではマリレーンお嬢様。今日の授業ですが、先生のご都合であいにく午後のお茶の時間になってしまいました。お時間は一時間のご予定と伺っておりますので、お茶の時間をずらしてくださいませ」
「はい。お母様。ご報告をしながらお茶をいただきたいので、お勉強の後で構いませんか?」
「そうね。そうしましょう。あなたが戻ってくるまで待っているわ」
「はい!」
◇◇◇ ◇◇◇
午後になり、いざランセに連れられて歩いていると、徐々に緊張してきた。
部屋はいつも通り図書館横の小部屋と聞いて、ちょっぴりがっかりしたけれど、それでも王立アカデミーの元教師の方に教えていただけるのだと思うとガチガチに力が入ってしまった。
いや、きっとこれは武者震いだ。大丈夫。大丈夫――のはず。いい年をしてみっともないぞ。
「ではマリレーンお嬢様。中でお待ちください。先生がいらっしゃいましたらご案内いたしますので」
「分かりました」
見慣れた部屋で使い慣れた椅子に座っているだけなのに、心臓がバクバクとうるさい。
待っている間、ドアがいつノックされるだろうと、じいっと見ていたせいか、ものすごく長い時間、待たされている気がしてきた。
もう十分か二十分くらい経っていそうなんだけど。
トントントン。
きたっ‼︎
「はい。どうぞお入りください」
ドアが開くと、がっしりとした体つきの壮年の男性が立っていた。
体格といい表情といい、まるで歴戦を潜り抜けた戦士みたいだ。
騎士じゃないわよね?
ちゃんとした経歴を教えてもらっていないけれど、若い頃戦争に行っていたとかじゃないわよね?
「マリレーン様。お初にお目にかかります。ワーム・リドレイと申します」
彼は静かにドアを閉めると、その場で挨拶をしてくれた。
私も立ち上がって名乗る。
「リドレイ先生ですね。マリレーン・アイスバーグです。どうぞよろしくお願いいたします」
リドレイ先生は少し微笑み、右手を優雅に動かして座るよう示した。
そして私が腰掛けると彼もデスクの対面に座り、改めて私をまじまじと見た。
「急に決まったことで、マリレーン様はお気持ちの準備もできていらっしゃらないかもしれませんが、今日は授業は致しませんので、どうかお楽になさってください」
わぁ。すごく丁寧に接してくれるのね。
「ありがとうございます。少し緊張しておりましたが、今のお言葉を聞いて楽になりました」
「そうですか。私は以前、王立アカデミーの学年主任をしておりました。その経験をこちらの当主様に買われてコラレット様の学習計画を立て、私自身も歴史の授業を受け持っております。今日はマリレーン様とお話をして、あなた様に必要なカリキュラムを組ませていただくつもりです。どうか遠慮なさらずご自由に話してくださいね」
「はい。リドレイ先生」
ちゃんと目を見て返事をしているんだけど、いい子に映っているかしら?
「マリレーン様は勉強がお好きだとうかがいました。どういった分野に――どんなことにご興味がおありですか?」
うーん。正直、なんて答えるべきか迷うわ。
「当主になりたいから必要な知識を学びたい」なんて言おうものなら、身の程知らずと思われるかしら。
まぁ今はまだ誰にも言わないけれど。
伯母様たちの耳に入ると碌なことにはならないから。
でも真剣に学びたい気持ちは表明しておきたい。
「リドレイ先生。私は、将来誰かの妻となった時、社交会で恥をかかないための教養を身につけるように言われて今まで学んできましたが、正直、物足りなく思っておりました」
この世界じゃ男尊女卑は当たり前で、女性を所有物のように考えている男性も多いのが現実。
リドレイ先生も年の頃からいって、ガチガチ頭の可能性もあるから、フェミニズムっぽいことは言わない方がよさそう。
単純に知識欲があるという方向でいこう。
でも、どうかな……。
「将来、お祖父様が率いる商会で働きたいと考えています」くらいは言ってもいいかな?
「ふむ。それでは、もっと幅広く深く学びたいと? ちなみに身につけた教養は何にいかされおつもりでしょうか?」
うわっ。そんなこと聞く? 難し過ぎない?
「まだできるかどうか分かりませんが、いつかお祖父様を支えることができたら嬉しいです」
あー、言っちゃった。若干、言わされた感があるんですけど。
「ほほう。それでは商会の業務内容も学ばれる必要がありますね」
「え? あ、いえ。まずは基礎からお願いしたいと思います。コラレットと同じ教材で最初から学びたいと思います」
「そうですか。なるほど……。ではコラレット様と同じ範囲ならば、教師陣もそのままで良いでしょう。それぞれの教科の先生には、マリレーン様の現状の理解度を確認してから見合ったレベルで授業を始めていただくよう連絡しておきましょう」
「ご配慮いただきありがとうございます」
リドレイ先生が笑みを浮かべているように見えるんだけど、気のせい?
「先ほどは恥をかかない程度の教養とおっしゃっていましたが、言葉遣いは既に成人女性のようにご立派でいらっしゃいますね。よい先生につかれていたようです」
おっと。やり過ぎてしまった?
まあ、大人びているっていうことを、少しばかりお世辞を足して言ってくれたのかも。
「はい。いつも楽しく学ばさせていただきました」
「学ぶことがお好きなのですね。そうそう。当主様から、数学に関しては特に力を入れてほしいと依頼されたのですが、マリレーン様は数学が一番お好きなのですか?」
うん。分かる。女子って数学が苦手な子が多いものね。数字自体を毛嫌いする人もいたっけ。
「はい。正しい方法を知ってさえいれば必ず答えが出るところが面白いです」
「そうですか。商会の仕事に携わるとなれば数字を扱うことを避けて通れませんからね」
リドレイ先生は柔らかい表情をしているので、かなり良い印象を与えることができたみたい。
入学試験の面接みたいだったけれど、合格ってことでいいのよね?
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