30 アンケート結果
工房を訪問した翌日。
夕方にロビウムが手紙を持って来てくれた。
無事にサンプルが納品されたので、早速明日から店頭に置いてアンケートを取ってくれるらしい。
ほんと、モサムは遅滞なく報告してくれる。安心して任せられる取引先だわ。
そうと聞けば、じっとしていられない。
私も次の日、朝食後に早速確認に出向いた。
勝手知ったるホーリード商会の本店での様子を見させてもらう。
訪問の連絡はしていないけれど、モサムなら私が来ると予想していると思う。
客として来店するのだから、別に挨拶は必要ないわよね。
「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた店員に目線をやるだけで、貴族令嬢として振る舞うことにした――んだけれど。
「お嬢様でしたか! いらっしゃいませ!」
「あっ! お嬢様! こちらです!」
と、私を見つけた女性店員二人が満面の笑みで、揉み手をしそうなほどのハイテンションで近づいてきた。
そっか。
プレゼンに呼んだから面が割れているんだ。
まあ、それなら話が早いわ。
「ねえ。例のブレスレットだけど、あなたたちも見たのよね?」
「はい! とっても素敵でした。評判も上々ですよ」
「そうなの?」
「私たち全員、腕につけてみたんです。効果が実感できるまでは毎日つけた方がいいんですよね?」
「あぁ。まあ、そうね。でも必ずそうなると保証している訳じゃないから、そこのところは正しく伝えてね」
「はい! もちろんです!」
ちょっと心配になってきたわ。
客と会話が盛り上がって、本に書いてあること以上の効果を口にしていないといいのだけれど。大丈夫かしら?
「ちょうどあちらでご婦人が商品に目を留めていらっしゃいます」
客に不審がられないように、ギリギリ会話が聞こえる距離まで近づいてみる。
女性社員たちも仕事そっちのけで私の側にいるんだけど、いいの?
妙齢の女性客に接客しているのは、かなりのベテラン社員みたいだ。
「へぇ。そんな話は初めて聞いたわ」
「外国の言い伝えなども含まれているそうですから、あまり知られていないのかもしれませんね」
「この値段は魅力的だけど、私にはちょっとね。せめてもう二回り大きな物じゃないと恥ずかしいわ。まあ若い方にはいいかもね」
なるほど!
あの女性客の歳は五十代か六十代くらいかな。
確かに三ミリ玉のブレスレットじゃあ、歳を重ねた方には貧相で合わないわね。
何も恋愛だけじゃないのだから、五ミリか六ミリサイズの商品があってもいいかもしれないわ。
「ねえ、あなたたち。朝から何人くらいのお客様に意見を聞いたの?」
「ええと。私は三人ですけど」
「私は二人です」
「ふうん」
お昼前だから、まあまあいいペースね。
一週間もすれば商品化の可否を判断できるくらいの材料が集まりそうだわ。
「コホン」
男性の咳払いが聞こえたので振り向くと、モサムが立っていた。
サボっていた女性社員たちが、「ひゃっ」とか「あっ」とか言いながら散って行く。
やれやれ。
「会長。まだ数人しかアンケートは取れていないそうだけど、どんな感じかしら?」
「ははは。何分初めてのことですので、私も気になりまして、開店からずっと様子を窺っておりましたが、あのブレスレットを手に取った方は概ね好意的な意見を寄せられていました。あのイラストは良いですね。お客様の足を止めて商品へ誘う役割ができています。店員が簡単な説明をすると、皆様イラストを読まれていますし、中には本をめくって熱心に読まれる方もいらっしゃいました」
よかったー!
本を書いた甲斐があったわー!
ここに証拠がありますとばかりに本も置いてもらったのだけれど、功を奏したみたい。
「やっぱり、ちゃんと書籍の形になっていると説得力があるでしょう?」
「ははは! そこはお嬢様の目論見通りですね。私も勉強になりました。アンケートの結果はしばらくお待ちいただけますか。幅広い層のお客様のご意見をいただきたいので」
「もちろんよ。一週間でも二週間でも、必要なだけ待つわ」
それ以上は必要ないと思うけれど、もしかして一ヶ月くらいやるつもりかしら。
「そうですね。それくらいを目処にいたしましょうか。ホーリード商会として結論が出ましたら、お嬢様に連絡を差し上げます」
「楽しみに待っているわ」
◇◇◇ ◇◇◇
モサムから打ち合わせの依頼が来たのは、サンプルを店頭に並べて三週間後のことだった。
早くアンケート結果を聞きたい。
私の商売センスが問われている訳だから、商品化有無よりもそっちの方が気になるわ。
本店に入ると社員がすぐにエスコートしてくれた。
接客業だけあって、ちゃんと私の歩幅とスピードを分かった上で歩いてくれる。
社員がノックして私の訪問を告げると、プレゼンの時にいた壮年の男性がドアを開けてくれた。
「どうぞお入りください」
「ありがとう」
中に入ると上座のモサムの向かいの席を勧められた。
今日はこの前テーブルについていたメンバーだけなのね。
私の着席が会議の始まりの合図だったみたい。
「ようこそお越しくださいました。お嬢様はお決まりの挨拶や前置きはお嫌いでしたね。早速アンケートの結果から報告させていただきます」
そうよ。
よく分かっているわね。
「ありがとう。そうしてもらえると助かるわ」
「はい。まず、アンケートを始める前にここにいるメンバーで話し合ったのですが、これまでの経験上、一割の熱狂的な支持があるか、もしくは三割から四割の好意的な支持があれば、黒字化の見込みがあると結論づけました。肝心のアンケートの結果ですが――」
モサムがいたずらっ子みたいな目で私をチラリと見た。
え? もったいぶるつもり?
睨み返してやった。
「コホン。アンケートに回答いただいた人数は全部で千二百十三人です。そのうち約二百人が『是非購入したい』、約六百人が『購入するかもしれない』と回答しました」
やったー‼︎
すごいじゃないの‼︎
期待以上だわ‼︎
「サンプル品を購入したいとおっしゃる方や、予約をしたいとおっしゃる方をお断りするのが大変でした。コホン。お嬢様。是非我がホーリード商会でブレスレットを販売させてください」
モサムのゴーサインが出たわ‼︎
祝‼︎ 商品化決定‼︎
くぅぅ。ジャンプしたいくらい嬉しいのに。
日頃のマナーレッスンのおかげで、なんとか立ち上がらず座ったままでいられたわ。
「もちろんよ。発売が決まって嬉しいわ。既にサンプルを見て購入意欲が湧いた客がいるのだから、発売日を予告したら初日に相当数が売れるんじゃない?」
「お嬢様のおっしゃる通りだと思います。うちの店舗以外にも、協力いただいたドレスメーカーからも取り扱いたいとの要望がございました」
いきなり販路が拡大できたわ。
「ねえ。話を戻すけれど、アンケート結果では、四種類のうち、どれが一番人気だったの?」
「それが、三種類の石が全部入った物が圧倒的に人気でした。少々高くても全部の石を身に着けたいという意見が多かったですね」
やっぱりね。
女性の性かしら。
「他にも、石を倍くらいの大きさにしてほしいとか、石の数を増やしてほしいといった意見も多かったです」
ふむふむ。
「それでは、会長。販売価格は上昇するけれど、カラーストーンを増やしてみない? カラーストーンとガラス玉を十個ずつでどうかしら。交互に並べると綺麗なブレスレットになると思うわ。それと、石の大きさも三ミリと六ミリの大小二タイプで展開してみては?」
「私どもも同じことをご提案しようと考えていたところです」
やっぱり?
「では決まりね」
「はい。ああ、それと――」
「それと?」
「はい。お嬢様が執筆された例のあの本も買いたいとおっしゃるお客様が結構な数いらっしゃいました。正式に販売する商品として五十冊ほど仕入れたいのですが」
……‼︎
本を?!
POP代わりのイラストのご利益の根拠を補強するためだけに書いた本を?!
まさか重版することになるとは‼︎
むむむ‼︎ これは嬉しい誤算だわ‼︎
そういえば、サジスと打ち合わせをした時、ちょろっと聞いたけれど、出版社は付き合いのある書店から発注を受けて納品するという取次業務も請け負っているとか言っていた。
取次の手数料は書店側が負担するのだとか。
おそらく販売価格が少しアップするのだろう。
でもホーリード商会は書店じゃないから、私が直接卸せばいいわよね。
「分かったわ。すぐに手配するわ。うちに納品されたら、そちらが引き取りに来てくれるのでしょう?」
「もちろんです。すぐにお伺いいたします」
ああ、もう!
口元が緩んでしまうわ。ニマニマが止まらない。
その後は、原価の精査や売上見込みの確認などをして、発売日を決めた。
私の取り分はなんと利益の二割と決まった。
十パーセントでも多いと思っていたのに、これでは濡れ手で粟状態だわ。
必要経費はホーリード商会が全額負担する契約なのに。
それでも利益が見込めるとモサムが判断したのだから、Win-Winよね!
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