31 商品の反響
ブレスレットを発売して一月半が経った。
今、私の手元には、ロビウムが届けてくれた一ヶ月の収支報告書がある。
月末時点での売り上げを集計して翌月末までに私の取り分を、特別課題の口座に振り込んでくれる契約だ。
明細の販売数を見ると、やっぱり三種類全部のカラーストーンを使った豪華版が人気だ。三ミリの方が一位で六ミリが二位!
……すごい。叶えられるなら、あれもこれも全部叶えたいという世の女性たちの欲望の強さをひしひしと感じる。
モサムとは定期的に打ち合わせをすることになっているけれど、次回の議題は、早くも新商品の開発だ。
私の書いた『あなたを幸せにしてくれるパワーストーン』には、発売中の三種類のカラーストーンの他に、アクアマリンやオニキス、ペリドットなど、合計十種類を紹介しているのだ。
本を購入してくれた読者や――重版分五十冊は二日ともたずに完売したとのこと――店頭に置いてある本を読んでくれた人たちが、他のカラーストーンのブレスレットも欲しいと声を上げたらしい。
「それにしても、まさかネルロが元同僚を二人も引き抜いてくるほどの仕事量になるとはね。そしてブレスレットが売れると私の本も売れるといった好循環が生まれているし。言うことないわ!」
私の執務室には私しかいないのに、ついつい声に出して言いたくなった。
ホーリード商会だけでなく、普通の書店でも最初の五冊が完売し、各書店が十冊ずつ注文してくれたのだが、それも完売したので、注文数が一気に跳ね上がった。
重版(二刷)分が完売し、三刷目はまさかの二百冊!
サジスによれば、扱う書店数も増えたとのこと。
この世界には返品制度がないので、書店が買い取りで販売してくれる。
だから注文数はシビアだ。
それなのにこれだけの冊数を引き取ってくれるということは、人気が出ているということよね。
私――事業家兼売れっ子作家だわ!
今日の午後のお茶の時間は、お母様のリクエストで、特別課題について話す約束だ。
きっと驚くだろうなぁ。
うふふ。お祖父様に褒められるのも嬉しいけれど、やっぱりお母様に褒めてもらうのが一番嬉しい。
【アイスバーグ侯爵視点】
「失礼いたします」
「ああ」
執務室に入ってきたワームは挨拶をする前から破顔している。
「ほう? 珍しいな。随分と機嫌がよさそうだが」
「コホン。失礼いたしました。私としたことが。ですが当主様。そちら――手に入れられたのですね」
ワームの視線の先にあるのは、マリレーンが書いた本だ。
隠すつもりもないし、どうせ今日の報告では話題に上がるのだ。
ランセからマリレーンが本を書いて出版すると聞いた時は驚いた。
八歳ならば、大人向けの本を読めただけで褒めていいくらいだ。
それが、自分で執筆をしたというのだ。
驚愕せずにはいられない。この家のいったい誰に似たのだろうか。
本を出版したのは、おそらく一族の中で初めてではないか?
取り寄せてみれば、かなり薄い本で、内容も女性が好む宝石の紹介や、おとぎ話の類だったが、文章自体はこなれていて子どもが書いたとは思えないくらい上手かった。
ランセによると、世間の評判も上々で、書店での売れ行きもいいらしい。
「さすがは当主様ですね。実は私もマリレーン様から発売されたことを聞き、慌てて書店に急いだのですが、既に売り切れておりました。予約をしたのですが、取り置きの依頼が既に数十件あり、次の入荷数によっては更に待つことになるかもしれないと言われてしまいました」
「ほう。そうか」
素晴らしい。
アイスバーグ侯爵家の家名を伏せて偽名で出版したのは、失敗した時に家名に傷をつけることを心配したのではなく、あの子のことだから、おそらくは実力で勝負をしたかったのだろう。
それだけでも褒めてやりたいところだが、マリレーンのすごいのは、本を書いて名を成すことが目的ではなく、事業を立ち上げるための前準備に利用したことだ。
そんなことを考えた人間がいるだろうか?
「お前が、マリレーンの特別課題の進捗確認を半年ごとではなく、最初の一ヶ月、三ヶ月、半年にしたいと言った時には、何がそんなに気になるのかと不思議に思ったが、あの独創的なアイデアを知った時点で私も聞きたかったぞ」
「申し訳ございません。マリレーン様からは、ある程度形になってから報告したいと言われておりまして、全容が見えたのが、本当につい最近のことだったのです」
その全容を聞いた時には思わずマリレーンを呼びつけそうになってしまった。
できるだけ介入せず、自己責任でやらせるルールを私自ら破りそうになったくらいだ。
「なんと言いますか、全てが驚きの連続です。マリレーン様もコラレット様同様に、これまで街中で買い物などされたことがないはずですのに、当主様の許可を得て街を散策されたあの短期間で、あそこまで吸収されてしまうとは! これほど非凡な方は私の知る限りマリレーン様ただお一人です。当主様――」
「分かっておる」
ワームが言いたいことは分かる。
だが、そう簡単に決断はできない。
「マリレーン様は、市場を調査した上で、非常に独創的な商品を開発されました。また、販売計画も秀逸です。商品にまつわる物語を全面に押し出して、女性の心をくすぐりながら売るという手段を取られています。あの幸運のおまじないのようなブレスレットですが、聞くところによれば、アカデミーの生徒の中にもちらほらと身につけている者がいるそうです。流行の兆しが見えるではありませんか。この先話題になり流行すれば、大ヒット間違いなしでしょう」
「うむ」
己の勘が流行るのは必然と言っている。
八歳の女児がここまで準備できるとは――!
「まさかマリレーン様が平民の購買行動を観察されるとは思いませんでしたが、どこまで深く観察されたのでしょう……。人は知らない物を、そう易々と手に取ることはしません。その最初のハードルを越えさせる布石として、女性が喜ぶ「恋愛が成就する」といったご利益を提示し、さらには単なる噂ではなく書物に掲載されている内容だと言えるよう、自ら本を出版なさるとは!」
「そうだな。まさかここまで用意周到に自ら流行を作り出しにいくとはな。ははは! いやはや。先が楽しみどころか末恐ろしいわ! あっはっはっ」
「本当に目が離せませんね」
そうなのだ。
そこまでの一連の流れをあの小さな頭で考えたのだ。
やはり褒めてやりたい。
いや、ここまでできたのだから、アイスバーグ商会として全面的に後押ししてやらねばな。
「確か、ホーリード商会だったな。マリレーンが世話になったのは」
「はい。評判の良い商会です」
「ああ。私も聞いたことがある。会長に挨拶をせんとな。それに――宝石の調達なら我がアイスバーグ商会に敵うまい。流行してからでは遅いだろうから、今のうちに手を打つ必要があるな」
もう子どもの課題というレベルはとっくに超えているので、ビジネスの話をするべきだろう。
こんなに早くアイスバーグ商会に関わらせるつもりはなかったが、マリレーンを彼らに紹介してやらなくてはな。
《第一部完》
ここまでを第一部として、ひとまず完結とします。
この後は「追放された悪辣幼女」の方をキリのよいところまで書く予定です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます‼︎
第一部が完結したので、『ブックマーク追加』と下にある☆☆☆☆☆評価をよろしくお願いします。
☆一個でもいいのでぜひぜひ‼︎




