29 サンプルセットの発注
「ネルロはすぐできると言っていますが、それなりに時間がかかると思いますので、こちらで待ちましょう」
工房内に豪華なソファーセットがある訳もなく、私とモサムは隅の方にあったスツールに腰掛けた。
モサムが座ったのは椅子としても使える大きさのスツールだったけれど、背の低い私が座れそうだと選んだのは、きっと物を一時的に置いておくための台だと思う。
座面に傷があって汚れていたから。
普通の貴族令嬢なら絶対に座れないだろうけど、私は大丈夫。
そうしてしばらくはネルロの作業を見守っていたけれど、さすがに手元が見える訳でもなく、何かを削るような音がするだけで早々に飽きてしまった。
「ねえ、モサム。この工房の職人はネルロだけなの?」
工房と聞いた時は、数人の職人がやいのやいの言いながら切磋琢磨しているところだと勝手に想像していた。
「ええ。多くの職人を雇っている規模の大きな工房もありますけれど、ネルロは独立してここに工房を作ったんですよ」
「そうだったの」
独立してやっていけるということは、腕がいいってことよね。
「ちょっとその辺を見てもいいかしら?」
「ネルロの近くには行かないでくださいね。危険ですから」
「分かったわ」
床にも直に色んな物が置かれているので、気をつけないと転んじゃいそう。
でも刃のついた道具などは、さすがに棚に置かれている。職人の命だものね。
触って大丈夫な物かどうかさえ分からないので、本当に、ちょこちょことその辺を歩くだけになってしまった。
じっとしていられない子どもみたいだわ。
仕方がないので再度座って大人しく待つことにした。
時間が気になったけれど、見渡しても工房内に時計が見当たらない。まさか置いていないの?
体感で数十分くらい経った頃、音が止んだ。
玉の研磨が終わって、仕上げの作業に入ったのかしら?
しばらくすると、ネルロがスクッと立ち上がった。
そして、こっちを向いてニヤッと笑った。
「もしかして出来上がったの?」
「おう。完成したぜ」
早く見たくて小走りで近づくと、「ほらよ! どうだい?」とネルロがブレスレットを渡してくれた。
まさにイラストが具現化された、小ぶりだけど可愛らしいブレスレットだ。
早速腕につけてみた。
私には大きすぎる。
――でも。
「まあ! すごく素敵! とても綺麗だわ!」
前世では好きな石をいくつも選んで作ってもらっていたことを思い出すと、一種類のカラーストーンが三個だけというのは少し寂しい感じがする。
それでも淡いピンクの石がアクセントになっているブレスレットはとても可愛らしい。
もし発売することが決まったなら、三種類全ての石を使ったブレスレットも作ってみたい。
女性は貪欲だから、一つのご利益だけでなく、あれもこれも欲しいに決まっている。
「どう、会長?」
モサムに見せつけるように腕を突き出すと、彼は商人の目で観察した。
「ふうむ。なかなか良いですね。女性社員たちは欲しがりそうです。実を言うと、お嬢様のプレゼンは女性たちにかなり響いたようで、『ぜひ商品化してほしい』と頼まれたのですよ」
そうだったのね! 嬉しい! やっぱり女性には伝わったんだわ!
前世でも大人気だったもの。この世界でも流行ると思う。
「そうだったのね。いい返事を待っているわ」
「ははは。そうですね」
あら。かわされてしまった。
「ネルロ。さっき見せてもらった石だけど、結構大量に入っていたわね。いくらで仕入れたの?」
「うん? いくらだったかなぁ? 銅貨三十枚だったり五十枚だったりってところだったと思うぞ?」
え?! 一袋に何個入ってるの?
原価は大切なので思わず数えてしまった。
「ははは。お嬢様。本当にお嬢様は面白いですね。まさかご自身で数えられるとは」
は?
あなたに命令するとでも思った?
「だいたい百個前後というところね。ならばカラーストーン三個で銅貨一枚ほど。ガラス玉は――ねえ、ネルロ。ガラス玉の相場ってどれくらいなの?」
「ん? ガラス玉かぁ。三ミリで揃えるんだろ? それなら、まあ、百個で銅貨十枚だな」
安っ!
「つまり、ガラス玉を十七個使うなら、銅貨二枚以下なのね。カラーストーンと合わせても原価は銅貨三枚程度じゃない。ねえ、加工賃だけど、ブレスレットにするにはいくらかしら?」
「そうだなぁ。今みたいな感じでよけりゃ、一個作るのに銅貨五枚はもらいてぇな」
そうね。制作に二、三十分くらいかかったと思うし、なんだかんだ含めると、作れるのは多くても一日三十個くらいになるだろうから、妥当――なのかしら?
職人の平均時給を知らないから判断できないわ。
「会長はどう思う?」
「ネルロがそう言うのなら、それが妥当でしょう」
信頼していいってことね。
「ということは、ブレスレットの原価は、ざっくり銅貨八枚だわ。これなら販売価格を銅貨十二枚にしたら、かなり利益が出るわよね……」
「お嬢様。随分と気が早いですね」
「普通のおしゃれなアクセサリーとしても上出来でしょう? そこにあのストーリーが乗っかれば、きっと売れると思うわ」
「ふむ。そうですね」
その顔は、会長も計算しているわね。
「ねえ、ネルロ。受注の最小ロットってあるの? いくつから注文を受けてくれるの?」
「は? いくつって、そんなもん、いくらでもどんとこいってもんだ! 注文が入った分だけ作ってやるさ!」
「本当に?!」
「おうとも!」
「よかった。まあ、今日のところはサンプルとして少しだけお願いするのだけど。会長。サンプル代は私が出すので注文してしまっていいわよね?」
「はい。おいくつお考えですか?」
「それなんだけど。アンケートは偏りをなくすためにできるだけ多くの人の意見を集めるべきだと思うの。ホーリード商会の商店は何店舗あるの?」
「うちは本店と支店を合わせて四店舗ございます」
想像していたよりも少ないわね。
まあこれから十年の間に更に増えるんだろうけど。
「その四店舗は確定として、他にもドレスメーカーとかに協力してもらえないかしら? アクセサリーとしてサンプル品を無償提供して、マネキンにつけてもらうなり展示してもらうなりして、客の反応を見てもらうの。おしゃれ好きな客の意見も聞いてみたいわ。もちろん、ご利益の分かるストーリーのイラストを一緒に掲出してもらう必要があるのだけれど。この商品は、ストーリーと一緒に売るのがポイントだから」
「ふむ。そうですね。アクセサリーとしての価値も持たせるんでしたね。では知り合いのオーナーを介して、ドレスメーカーやアクセサリーショップにもお願いしてみましょう。無償で提供するのであれば協力してくれると思います」
「決まりね。じゃあ、今ある三種類のブレスレットと、あと、やっぱり豪華版も作って見せたいわ。三種類の石を二個ずつ使った物もお願い。合計四種類のブレスレットをセットにしてサンプルとしましょう。ひとまずは十セット欲しいわね。会長。あなたの商店以外で六ヶ所ほどの当てはあるかしら?」
「ははは。それくらいならばなんとかします」
「ネルロ。今日、前金で支払うわ。出来上がりはいつになるかしら?」
「全部で四十個だろ。そんなの今日明日でできるわ!」
フー!
あー、もう! ガッツポーズを我慢しなきゃならないなんて!
部屋に戻ったら思いっきり飛び上がって喜んでやる!
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