28 サンプル品の制作
なにしろ原材料の調達から加工、販売までの一切をホーリード商会に担ってもらい、私はアイデア料という名目で数パーセントを貰うつもりなのだから、モサムにゴーサインを出してもらわないことには何も始まらない。
「……お嬢様。まさか本を書かれて出版までされるとは思いませんでした。なんというか、本当になんというか、いや、その――。すごい行動力ですね」
うふふ。言葉にならない感じかしら?
「アイスバーグ侯爵家の家名を出さなかったら、たった八歳の、しかも何の実績もない少女は商売相手にはなり得ないでしょう? だから、売上の見込みが立ちそうだと判断してもらえたら、製造から販売までを全てホーリード商会にやってもらいたいの。以前言ったように、私の取り分はアイデア料として少しばかり貰えたらいいの」
「……ふむ」
いつの間にか私の本は女性陣に回されていて、大勢が一緒に食い入るように読んでいる。
その様子を横目に見ながら、モサムが会長として締めの発言をした。
「まずは商会内で検討させていただけませんか。小規模とはいえ、新事業になる訳ですから」
「もちろんよ。今日は商品コンセプトを理解してもらうための場だもの。後は会長の判断に委ねるわ。駄目ならその理由を教えてもらえると嬉しいわ。これで終わりにするつもりはないから」
「ははは。お嬢様は逞しいですね。商売の始め方も面白いご提案でした。サンプルを作り、商品の魅力を伝えて顧客にアンケートを取るというのは。そのアンケートは今日ここにいる女性社員たちに担当してもらえばいいでしょう。直接会話すれば、回答の信頼性も高まるでしょうから」
あら?
新事業を始めるのならば、という前提で話をしているじゃないの。
好感触と考えていいのかしら。
「新事業を始めることの是非は引き続き検討しますが、サンプルの制作費はお嬢様がご負担なさるということで宝石も取り寄せていますから、まずは工房に行ってみませんか?」
そうだった。
工房に行きたいと言っていたんだったわ。
「もちろんお願いするわ。とても楽しみにしていたの」
◇◇◇ ◇◇◇
プレゼンの日から四日後に、工房訪問が決まった。
既にホーリード商会と取引のあるところだし、イラストのサンプルとして三種類の宝石を無料で提供してくれた気前のいい親方の工房なので、会う前から期待が高まっている。
工房は郊外にあると言っていたけれど、それほど遠くはなく、ホーリード商会から馬車で三十分ほどのところだった。
「お嬢様。職人に会うのは初めてでしょうから、驚かれるかもしれません。彼はよく言えば気さくなのですが、悪く言えば馴れ馴れしいといいますか、マナーもへったくれもありませんので」
あー。何となく想像はできるけれど。
二周目の八歳の時点では確かに初見だわ。
うーん。でも、無理して驚いたふりをすることもないか。
「大丈夫よ。マナーは気にしないわ。いい商品を作ってくれさえすればいいのだから」
「さようでございますか。それでは参りましょう」
普段は丁寧なモサムも、工房では職人の方に合わせるらしい。
ドアをドンドンドンと激しく叩き、大声で、「おーい! ネルロ! いるかぁ! ホーリード商会のモサムだ! 入るぞ!」と叫んで、相手の返事も待たずにドアを開けた。
ウイーンとかキーンという大きな音がしているから叫ばざるを得なかったんだろうな。
工房に入ると、熊みたいな大男が作業を中断して駆け寄ってきた。
怖っ。
子どもからしたら、巨体を見上げるだけで怖いのよ。
「モサムか! ん? 何だ? そのちびっこいのは?」
「前に話しただろう? このお嬢様が例の宝石の発注者なんだ」
ネルロが、グイッと大きな顔を私の真ん前に近づけて、ガン見してきた。
な、泣かないわよ。子どもじゃないんだから。
「へえ。金持ちの家の子なんだろ? 欲しい物は親に買ってもらえばいいのに。変わってるなー」
最初が肝心よね。
子どもではなく、取引先として接してもらいたいのだから。
「もちろん私が欲しい物でもあるけれど、女性が欲しがる物なの。それに、お願いしたいのは商売として売る商品よ」
「あの話は本当だったのか。てっきり、あーだこーだ注文つけながら自分の好きな物を作りたいんだと思ってたぜ」
モサムが苦笑いして誤魔化している。
まあ、正確に伝わらなかったのは仕方がないわ。
「商品化するかどうかはまだ正式に決まっていないの。まずは商品を手にとって確認できるように、このイラスト通りにブレスレットを作ってほしいの」
そう言って完成系のイラストを見せると、ネルロは真顔で聞いてきた。
「玉の直径が三ミリなら、この絵はほとんど実物大だな」
そうなの!
フラウに渡した指示書には、「ガラス玉が十七個とカラーストーンが三個」と書いておいたのだけど、イラストで、その通りに直径三ミリの玉二十個のブレスレットを描いてくれたのだ。
カラーストーンは三個連続して並べるのではなく、私の指示通り、ガラス玉を間に一個ずつ挟んで、ガラス、カラーストーン、ガラス、カラーストーン、ガラス、カラーストーン、ガラス、という風に並んでいる。
「そういやぁこの前も、『貴族向けの宝石の加工には適さない安価な色のついた石が欲しい』って言ってたな」
「そうなの。商品化する際は、さすがに最低ラインの品質はすり合わせる必要があるけれど、今日はサンプルの制作をお願いしたいから、安く手に入る石の中でも綺麗めな石を使ってブレスレットを作ってほしいの」
「ガッハッハッ。なんだお前、いっぱしの商人みたいなことを言うなー。ガッハッハッ」
近い! 近いから!
顔を近づけながら大笑いしないで!
「そういう木っ端石ならいくらでもあるから安くできるぞ? 安いのがいいんだろ? ガッハッハッ」
「ええ。できるだけ安くしてほしいわ」
「この前取り寄せた残りを見てみるか? その中から好きな石を選べばすぐに作ってやるぞ?」
「え? 今日これから?」
「おうよ! これくらいならすぐにできるとも! ちょっと待ってろ!」
ネルロが小袋を三つ持ってきて、作業台の上に中身を広げた。
ピンクと瑠璃色と白の石。
ローズクォーツとラピスラズリとムーンストーンだ。
「え? すごく綺麗だと思うのだけれど。これが今まで宝飾品として加工されてこなかったの?」
「まあ質はそこまで高くないし、そもそも小さいだろ。加工したところで貴族の目に留まるような物にはなりゃあしない」
なんてもったいないの!
――でも、待って。
今、これらのカラーストーンに価値を見出す人がいないってことは、今のうちに買い占めておけば――。
いやいや。まずは市場を形成するのが先ね。
「ほら、好きなのを選んでみろ」
ネルロに促されて、ローズクォーツを三つ選んだ。
「これとガラス玉で作ってもらえる?」
「おう! 任せときな!」
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