3 お祖父様! 私を見て! ①
お読みいただきありがとうございます。
私とコラレットでは、家庭教師も差をつけられていた。
コラレットの教師陣には、各分野の専門家を招聘していたのに対し、私の家庭教師の先生は子爵家の未亡人だった。
つまり、コラレットには、将来、父親や夫を支えられるように、後継者育成プログラムを組んで教育をしているのだ。
対して、私のは単なる花嫁修行。
マナーやダンス、刺繍が軸で、学問とは名ばかりの一般教養、それも上澄み程度のものを学んでいる。
ただただ社交界に出て笑われないために。
今、コラレットの進捗はどんな感じなのかしら?
大人になった彼女は、商会の長どころか、補佐ですら無理だった。
経営に関する資質が皆無といっていいほどなかった。
その道のプロたちなら、いくら幼いとはいえ、リーダーとしての素質があるかどうかくらい分かりそうなものだけど。
お祖父様にどういう報告をしているのかしら……。
私なら、そう私なら、彼らから知識という知識を根こそぎ吸収してやれるのに。
「スターシア様。マリレーンお嬢様の家庭教師の先生がいらっしゃいました」
知らせに来てくれたのは家令のランセだった。
ランセ! ランセも若い!
旧友の顔を見たような懐かしさを感じる。
二人で力を合わせても、アシュラムの決定事項を覆すことはできなかった。
いつもいつも彼の尻拭いばかりさせられていたわよね。
コラレットがアシュラムと結婚するのは構わないけれど、商会には一ミリも関わらせないようにしなくっちゃ。
「ありがとう、ランセ。マリレーン。さあ、いってらっしゃい」
「はい。お母様」
◇◇◇ ◇◇◇
確か、コラレットは六歳の誕生日に、彼女専用の執務室を与えられた。
自分の立ち位置を素直に受け入れていた前世でさえ私はうらやましくて、お母様に「私も欲しい」とねだったものだ。
まあ後継者候補でない私に与えられることはなかったけれど。
コラレットもそのことを知っていたので、私の目の前で執務室に入っていく時は、ものすごく自慢げな表情を浮かべていたっけ……。
うぅぅ。思い出しても悔しい。
ランセと一緒に向かっている私の勉強部屋は、図書室の隣のこぢんまりした部屋だ。
図書館に行く途中、ポピーが咲き誇っている庭が見えた。
庭師がきちんと手入れしてくれているのね。
到着すると、ランセがドアをノックした。
「お待たせいたしました。マリレーンお嬢様がいらっしゃいました」
中から先生がドアを開けて私を招き入れてくれた。
「マリレーン様。さあ、どうぞ」
ここからは小一時間、先生と二人でお勉強タイムだ。
といっても算数の授業なら自習時間にしてほしいくらいだけど。
「先生、ごきげんよう。よろしくお願いします」
先生からは、「授業の挨拶ではカーテシーは不要ですからね」と言われているので、普通に挨拶をする。
まだまだ筋力がないから優雅に腰を屈めるのは苦手だけど、そこそこの型はマスターできていると思う。
「マリレーン様。今日は特別にお菓子を食べながらお勉強をしましょう」
テーブルの上を見ると、直径十二センチ程のパイが八等分にカットされている。
ほっほー。なるほど。なるほど。
そっか。今日は分数の授業をするのね。
「お菓子を取り分けましょうね。あ、その前に、このパイを何個に切り分けているでしょうか」
うふふ。素敵な導入部分。
「一、二、三、四、五、六、七、八。八個に切ってあります」
子どもらしく指を指しながら一つずつ数字を言ってみた。
「そうです! 丸いパイを八個に切り分けました」
先生はとても嬉しそうだ。
安心してこの私に任せてください。
先生のシナリオに完璧に乗ってさしあげますから。
先生はカットされたパイを離したりくっつけたりして、分数の概念を説明してくださった。
二分の一や八分の二など、私が分数を正しく理解したと分かると、先生は「今日のノルマ達成!」とばかりに授業を終わらせて、上機嫌でパイをせっせと口に運んだ。
まあ分数って、小学生がつまずきやすい第一関門ってところだものね。
手がかからない生徒でよかったでしょう?
一応やり過ぎはよくないと思ったから、八分の二が四分の一だなんて先走ったりはしなかった。
先生のペースに合わせてあげないとね。
◇◇◇ ◇◇◇
授業が終わると、先生はお母様に挨拶がてら私の理解度を報告することになっている。
私は大人たちの話には関心のないふりをして、ゆっくりお茶を堪能するのがお約束だ。
でも今日の先生は少しばかり興奮していたようで、いつも以上に私を褒めちぎっている。
まさかあの程度でやり過ぎちゃった?
この世界の八歳児の平均的な理解力を知らないからなんともいえない。
気をよくしたお母様は、夕食の席で娘自慢を始めてしまった。
アイスバーグ侯爵家では、朝食と夕食は家族全員がダイニングルームに集まって食べる。
私とコラレットも今年正式にデビューした。
大人に混ざって食べさせてもらっていると、一人前として認められたんだなと子どもながらに誇らしく感じる。
その証拠に、大人たちは子どもの前だからと態度を変えることなく、ビジネスの話や社交界の噂話を普通に話している。
管理職会議に混ぜてもらったようで、一周目でも私はこの時間が大好きだった。
もちろん子どもらしく振る舞うことは忘れていない。
二周目の今回も慎重に周囲を観察している。
八歳で全力を発揮して神童呼ばわりされると、後で自分の首を締めかねない。
とはいえ、片鱗くらいは見せておかないと、お祖父様の目には留まらない。
……うーん。
「そういえば、今日はマリレーンの数学の授業だったのですが、先生から褒められたんです。数字に強いので将来がとても楽しみだと」
うわぁ。
向かいに座っているアンジェリカ伯母様とパフィオ伯父様が、同時にピクリと反応して手を止めた。
伯父様の方は、チラリと横目で誕生日席に座っているお祖父様の反応を窺っている。
伯母様はお母様をキッと睨んで言い返した。
「数字に強いですって? ふふっ。ただの家庭教師の言葉でしょう? そんなお世辞でいい気になるなんて。まあマリレーンは、恥をかかない程度に人並みに計算ができればいいのだから気が楽よね。コラレットは王立アカデミーで教師を務めた方から教わっているの。この子はもう二桁の計算ができるのよ?」
……は?
二桁で自慢?
マウント失敗してるんですけど。
私なら三桁でも四桁でも、時間さえかけられんだったら無限にいけますけど?
おっとっと。いかん。いかん。
勉強の勝負と聞くと、受験勉強に明け暮れたあの頃の私が出てきちゃいそうになる。
今は八歳になったばかりの普通の子どもなんだから気をつけよう。
でもなぁ。しゅんとしているお母様を見たら拳を突き上げたくなってしまう。
お祖父様はやっぱり私に興味がないのかな?
特に誰かに視線をやるでもなく、無言で食事を続けている。
うーん。何を考えているのかしら。読めない。
「でも、私もお姉様も分数の理解には苦労したじゃありませんか。マリレーンは一度の授業で正しく理解したんですよ?」
お祖父様が顔を上げてお母様を見た。
それから私の顔を見ながら言った。
「ほう。確かにお前たちは二人とも数字が得意とは言えなかったな。分数を理解したとはどの程度だ」
あら?
これは――もしかしてチャンス到来?
「はい。完璧に理解できました」って言いたいところだけど、どこまでどう説明したらいいのかしら?
先生はお母様に、ずっと、「素晴らしいです!」「すごい才能です」「素質があると思います!」みたいなことを言っていただけで、具体的な授業内容は話されていなかった。
……あぁ。お母様も困惑しているみたい。
じゃあやっぱり私が答えるべきかしら?
と思っていたら、お祖父様が給仕係に指示を出した。
「ケーキを焼いているならカットせずに持ってこい。ナイフも一緒にな」
ん?
実演しろってこと?
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