2 決意
早速ブクマと評価をしてくださりありがとうございます‼︎
身動きの取れない赤ん坊に生まれ変わった時、部屋の様子や、入れ替わり立ち替わりやってくる人たちの服装や会話の内容から、私はマリレーンという名前で、アイスバーグ侯爵家の令嬢だと理解した。
そしてこの世界は、どうやら西洋に近い世界で、十八世紀から十九世紀くらいの文明レベルだと分かった。
令和の日本の文明を体験した身としては、落胆なんてものじゃないくらい、もの凄くがっかりした。
失望のあまり、火がついたように泣いてしまった。
焦った使用人がオムツやミルクを持ってきて右往左往していたっけ。
申し訳なかった。
成長するにつれて貴族のすごさというものを実感した。
家電がない代わりに使用人が働いてくれるのだ。
テクノロジーがない分をマンパワーで補える特権階級が貴族!
私はすぐにこの世界での暮らしを受け入れた。
祝! 転生!
おめでとう! 私!
そりゃあ、戦前の男尊女卑っぽい文化で、女性の権利が限定的だったりするのはオエッと思ったけれど、郷に入りては郷に従えっていうことで、目立たず大人しく生きていくことにした。
まあ私の性格からして、女性のために立ちあがって差別撤廃を求める運動なんてできないし。
そもそも、女性の権利云々の前に貴族制度がある訳で。
とにかく、現状を変えようという活動は国王陛下に歯向かう反逆罪だ。
衣食住が満たされていると不満なんてでないしねぇ。
――そうやって受け身で何もしなかったのが悪かったのか、お祖父様の私に対する評価はイマイチだった。
どこにでもいる貴族家に生まれた平凡な娘といった感じ。次女が産んだ娘。それだけ。
後継者目線で評価したなら、ABCランクでCマイナスだったかも。
それでも成人して、家業である商会の経理を担当させてもらうようになってからは、お祖父様から誉めてもらうことが多くなった。
最後までお母様は反対していたけれどね。
父親がいない分、お祖父様が元気なうちにいい嫁ぎ先を世話してもらうべきだと口を酸っぱくして言っていたっけ。
でもアイスバーグ侯爵家の優先順位はどうしても従姉妹のコラレットが上だから仕方がない。
それにいい加減、変わり映えのしない生活に飽きていた頃だったから、仕事が面白くてたまらなかった。
仕事をしている方が私の性に合っていたんだもの。
でも能力を発揮するのが遅すぎた。
確固たる地位を築けないまま、アシュラムやパフィオの愚策を許し続けてしまった。
そしてその挙げ句、放逐されてしまった。
お母様を巻き添えにして――。
前世の記憶がある私は、屋敷を出て平民に混じって暮らしても何とも思わなかったけれど、正真正銘のお嬢様だったお母様には無理だった。
なので、お母様と私の貯金でそれなりの一軒家を購入し、お母様の侍女には給金ダウンを承諾してもらって、そのままついてきてもらった。
お母様の友達でもあった侍女は、家事全般のやりくりのために、料理や掃除洗濯ができるハウスメイドを二人厳選して連れてきてくれた。
ほんと彼女には頭が上がらない。
一階の一部を食堂に改造しようと思ったのは、食堂なら手軽に始められて勝算があると思ったからだ。
この世界の味付けに関しては改善の余地があると思っていたし、何より飽食の街で暮らしていた私には料理のバリエーションが少なすぎて、ずっと不満だった。
お母様は、私が平民相手に食堂を経営すること自体、猛反対した。
でも支出だけで収入がないと、五年後にはすっからかんになる見込みだった。
お母様は、さすがに困窮するようなことがあれば、姉である伯母様が助けてくれると考えているみたいだった。
いや、それなら私たちを追い出したりしないでしょう?
それに五年後どころか、一、二年後まで商会がもつかどうかも不安だった。
伯母様に泣きついたところで、無い袖は振れないと無碍に断られる未来しか想像できなかった。
だからお母様を泣かせてもゴリ押しで食堂をスタートさせた。
目論見通り店が繁盛するようになってからは、お母様も口出ししなくなったからよかったけど。
……はぁ。
目の前のアイスバーグ侯爵家の成れの果てを見て、この世界での情けない人生を走馬灯のように思い出してしまった。
「今、何時かしら」
今日のランチ営業は諦める?
このまま空のバスケットを持って帰る?
気がつけば門を潜っていて、五歳になったばかりの頃、お母様と一緒に植えたポピーの残骸の側にいた。
周囲は相変わらず場末の酒場のような雰囲気だ。
屋敷の窓は壊され、大勢が板材を剥がしているのが見える。
これではレンガ一つ残りそうにない。
「こんな姿を目に焼き付けてどうするの? もう帰ろう」
門に向かっていた時だった。
数台の馬車が先を争うようにして門を潜ってきた。
嘘でしょ! 危ないじゃない!
そう文句を言おうと思ったのに、激しい痛みと共に、私は意識を手放していた。
◇◇◇ ◇◇◇
「――マリレーン。どうしたの? 眠たいの?」
ん? お母様の声だ。
「お母様?」
あ――れ?
ここって、お母様の部屋だ。
本当に綺麗なお母様――‼︎
お母様が――若い。
あの狭い二階のリビングじゃなくて、最高級の調度品でしつらえられた部屋。
ここはアイスバーグ侯爵家だ‼︎
「なんで――」
「マリレーン。お勉強の前に少しだけおやつを食べておく?」
お母様の元に駆け寄るためにソファーから立とうとして、自分の足が床から浮いてブラブラしていることに気が付いた。
……は?
ちょっと待って!?
短い足。
ちっちゃな握り拳。
どういうこと? 子どもサイズ? ってか、私――もしかして子どもになってる?!
鏡! 鏡はどこ? 全身を見たいんだけど!
「マリレーン?」
ごめんなさい、お母様。
今はちょっと、とにかく確かめないことには――。
ソファーからぴょこんと降りると――あ。お行儀が悪いって注意されていたんだった――、お母様が「まあ!」と驚いた声を上げた。
「ごめんなさい」
あのドアの向こうの部屋に、お母様が使っている大きな鏡があったはず。
タタタッと小走りに向かうと、「まあ、マリレーン?!」とお母様が眉を顰めた。
無視してドアを開けて鏡の前に立つ。
えぇぇ‼︎
これ――幾つ? 何歳の私?
十歳よりも全然小さい。
いやいや。待って‼︎
その前に、私、今度は転生じゃなくて、時間だけ巻き戻ったの?!
鏡に両手を付けてまじまじと見入っていると、お母様が背後から覗き込んできた。
「あ、お母様」
振り返ると、お母様がぎゅうっと抱きしめてくれた。
……懐かしいお母様の温もり。
「何を見ていたの? お気に入りのリボンなら飽きるほど見たじゃないの」
あ、薄いブルーのリボン。
そうだった。この頃はよく、ブルーかオレンジか、はたまた白かで毎朝悩んでいたんだった。
「もう一度見たくなったの」
「まあ! あなたの将来が心配だわ。おしゃれが好き過ぎて衣装部屋が一つや二つじゃ足りなくなるかもね」
「そんな!」
「うふふ。冗談よ。ほら。お部屋に戻りましょう」
「はい」
優しく私の手を取るお母様は、まだ苦悩を抱える前の幸せな姿をしている。
優雅な笑みは、まさに貴婦人の微笑み。
お母様にはこのまま苦労を知らずに生きていってほしい。
そのためなら私はなんだってできる!
そう――だよ。できるじゃん!
今から頑張れば、前世の失敗は避けられるじゃないの?
やり直せるチャンスを与えられたんだよね?
神様ありがとうございます。
一度失敗しているので、今世では、もう手加減なしで頑張ります!
「マリレーン。もうすぐ家庭教師の先生がいらっしゃるから、お行儀良く待っていないと。先週は随分と誉められたんでしょう? 八歳になったばかりなのに計算が上手にできたって」
……あ。私、今八歳なんだ。
そういえば一周目の人生でも、子どもの頃から数字に強みを発揮していたんだった。
もちろん目立ち過ぎないように手加減していたけどね。
「今日も褒められるよう頑張ります」
計算なら楽勝のはず。
「いい子ね。やっぱりあなたにはアイスバーグ侯爵家の血が流れているのね。私は数字を扱うのが苦手だったけれど、あなたには才能があるのかもしれないわ」
四則演算なら、九九を覚えているから楽勝なのだと思うけれど。
「マリレーン。賢いあなたなら――。お父様が生きていらっしゃったら、あなたにもこの家を継ぐチャンスがあったかもしれないのに……」
「お母様……」
お母様の言いたいことは分かる。
制度上、女性当主も認められてはいるものの、この世界では普通は養子を迎えてでも男子に跡を継がせることが多い。
お祖父様も二人の娘ではなく、娘婿に継がせるべく、パフィオ伯父様とお父様を競わせていたと聞く。
お父様が亡くなってからは、パフィオ伯父様と、その次の代となる従姉妹のコラレットに、お祖父様は惜しみなく投資をしていた。
コラレットの何分の一でもいいから、私にもリソースを割いてほしい。
この国の歴史や社会情勢や経済状況を正確に把握しておきたい。
そして、商会の長に相応しい実力を持っているとアピールして、お祖父様の後継者になりたい。
私ならアイスバーグ侯爵家を潰すようなまねはしない。
絶対に家族も家名も守ってみせる。
ううん。もっともっと発展させてやるのに。
コンコンコン。
廊下からドアをノックする音が聞こえた。
先生がいらっしゃったのね。
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