25 プレゼン資料の作成④
午前中にたった一人を招いて打ち合わせをしただけなのに、執務室に取引先を招くことにすっかり慣れた気になっている私。
ちょっと興奮し過ぎ。落ち着かなくては。
今のこの締まりのない顔をランセが見たら、きっと、一人前に仕事をしている気分で浮かれていると思うわね。
気をつけよう。
午後はイラストレーターさんと商談だ。
どんな人かな。
リドレイ先生のアカデミー時代の知り合いの紹介だそう。
女性の方が話しやすいだろうと、わざわざ女性のイラストレーターを探してくれたらしい。
午前と同様にまたしても執務室で待ちくたびれていると、ランセが待ち人を連れてきた。
「マリレーンお嬢様。お約束のお客様がお見えです」
「ありがとう。入っていただいて」
「はい」
うわぁ。いかにもっていう感じの女性だ。
若いな。二十歳前後? 赤毛を三つ編みにしている。
すごく華奢だ。ちゃんとご飯食べているのかしら。
一人で絵を描いているのが好きそうな雰囲気の人。
「は、初めまして。私はフラウと申し、申すものです。あ。恐悦至極に存じます」
あらら。緊張し過ぎなんですけど……。
多分、周囲の人たちから、貴族に対しての挨拶やら口上やらを、散々叩き込まれて来たんだろうな。
「フラウね。私はマリレーンよ。そのままマリレーンと呼んでくれていいわ」
「は、はい。ではマリレーン」
あ。額面通りに受け取る人なのね。
「ええと。さすがに呼び捨てはちょっと。『マリレーン様』って呼んでくれる?」
「はっ、あっ、す、す、す、すみません! あ、失礼しました。恐縮です、あっ。申し訳ございません!」
呼び方一つでもうパニックね。
「気にしないで。ここにはあなたと私の二人だけなのだから、誰も聞いていなかったわ。コホン。前置きは不要よね? 早速仕事の話に移りましょう」
「は、はい。ええと、あの、これを――」
フラウがおずおずと取り出したのはスケッチブックだった。
「私が描いたものをお持ちしましたので、どうぞご覧ください」
へぇ。どれどれ。
早速渡されたスケッチブックを見てみると、静物画、風景画、それに人物画と、本当に色々と描かれていた。
共通しているのは淡くて優しい色使い。女性らしくて温もりのある画風だ。
……いいかも!
本の内容は恋愛メインなのでピッタリだと思う。
「素敵だわ、フラウ。あなたの描く絵、一目で気に入ったわ。ぜひあなたに挿絵をお願いしたいのだけれど」
「……! ありがとうございます! がんばります!」
なんだか勢いで何の条件交渉もしないで決まっちゃったけれど。
「ええと。まだ何の説明もしていなかったわね。実はね、宝石に関する伝承などをまとめた本を出すの。どの宝石にも色々とまつわる話があるのよ? その本の挿絵を十カットくらい描いてほしいの。アップの宝石の絵と、その宝石がもたらしてくれるご利益のイメージとかを、あ、後で全部指示書に書いて渡すからメモは不要よ。とにかく、この通り、原稿は出来上がっているから、ここの空白にあなたの描いた挿絵を入れたいの」
私が書いた原稿を広げて見せると、フラウは興味津々に読み始めた。
「え? 宝石にこんな力があるのですか?」
ちょうどローズクォーツのところね。
「もちろん、おまじないみたいなものだから、身につけただけで必ずそうなるとは限らないわ。でも、綺麗なカラーストーンたちが応援してくれていると思ったら楽しいでしょう? 身につけたくなると思わない?」
「思います! それはもう、めちゃくちゃ思います!」
何をそこまで感激しているのか分からないけれど、フラウは祈るように両手を組んで目を潤ませている。
「そう? だからあなたには、宝石がキラキラ輝く様子とか、女の子がこの石のブレスレットをはめて幸せそうに微笑んでいる姿とかを描いてもらって、余白部分に『恋が叶う』とかの単語を添えてほしいの」
「なるほど。よく分かりました」
「これが指示書よ。絵の大きさはこの枠内に収まるように描いてね」
「はい」
「宝石は現物があった方がいいと思うから、後日あなたの家まで届けるわ」
「本当ですか? それは助かります」
また大袈裟に喜んでいる。
大人しい人かと思ったけれど、意外にも表情豊かに感情を表に出すタイプなのね。
「じゃあ依頼料についてだけれど」
「いくらでも構いません!」
「え?」
「お仕事をもらうのは初めてなんです! これまで好きで描いてきたんですけど、親からは画材にお金を捨てているといつも叱られて。実家が八百屋なので店を手伝ってはいるんですけど、それでも親の目には私が道楽をしているとしか映っていないようなんです。兄弟からも、『絵を描く暇があるんなら家の仕事をもっと手伝え』と、毎日のように言われて――」
すごい。数分前までは貴族相手に緊張していたのに。
もう私相手でも愚痴が止まらなくなっている。
私的には付き合いやすくていいけれど、大丈夫かしらこの人。
「そうなのね。でも、ちゃんと契約書を交わすのだから、どちらかが不利になるような不公平な契約はしたくないの。それこそ、何かあった時に私が無理やり悪条件を押し付けたと言われないようにね」
「あ、そうですね。お名前に傷が付きますもんね」
そうなのよ。分かってくれたようで嬉しいわ。
「ページの半分のサイズで十カット。あなたは仕事を受けたことがないと言ったけれど、依頼料の相場を知っているの?」
「はい。一時期絵を習っていたことがあるので、その時の先生が仕事をされていましたから。この大きさなら、一枚につき銅貨三十枚ほどだったと思います。十枚ですので銀貨三枚でいかがでしょうか」
ふむふむ。十カットで三万円ね。いいんじゃない。
「問題ないわ。最初にラフな感じでイメージをすり合わせたいのだけれど、そのやり方でも料金は変わらないのかしら」
「もちろんです! 難しい依頼主の場合は、何度も何度もやり直しさせられますから、そういうのは――あ! いえ! マリレーン様のことではなくて」
「うふふ。分かっているわ。何度もやり直してもらうのは申し訳ないから、不明なところは質問してくれたらいいわ。今日みたいに来てもらってもいいし、手紙でもいいし、それはあなたに任せるわ」
「ありがとうございます! こんな素敵な依頼主様は聞いたことがありません! 誠心誠意、命懸けで頑張ります!」
「よろしくね」
どうかほどほどにね。
「あの、それで。納期とかは――お急ぎですか?」
納期をせかされる先生の姿を見ていたのね。
じゃあ急ぐなんて言えないわね。
「納期は特に決めていないわ。逆に何日あればラフを見せてもらえるかしら?」
「それでしたら――そうですね――宝石を見せていただいて、それから――そうですね。おそらく一週間ほどでお見せできるかと」
「あら、早いじゃないの。じゃあ、出来上がったら手紙で知らせてちょうだい」
「はい! お任せください!」
この時は、単にやる気に満ち溢れているな――程度にしか思わなかったけれど、まさか四日後にフラウがラフを持って来るとは思わなかった。
しかも彼女のマシンガントークを延々と聞かされる羽目にはなるとは。
「すみません。宝石は届いたばかりでまだ描けていないんですが、あれは実物をキラキラした感じに描けばいいんですよね? それよりこれなんですけど! 宝石にまつわる話の挿絵です!」
フラウは興奮気味にラフを広げると、滔々と語り始めた。
「ここの挿絵は思い切って恋人同士にされてはいかがでしょうか。恋愛が成就したイメージの方が伝わりやすいかと。あと、こちらは――」
フラウから溢れ出るアイデアはもう暴力だわ……。
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