24 プレゼン資料の作成③
今日は授業がない日なので、連続して商談のアポを入れてある。
午前中に出版社、午後はイラストレーターだ。
私の執務室にお客様を招くのも初めてなので、それだけでもテンションが上がってしまう。
お母様とランセには特別課題に関して専門家の意見を聞くとだけ伝えてある。
ふふふ。
出版社の代表と会う予定だけれど、編集者も兼ねていたりするのかしら?
個人的な興味もあるから楽しみだわ。
約束の時間がくるのが待ち遠しくて、朝食後すぐに執務室にこもってしまった。
お母様も私の気持ちを察して、反対はせずに行かせてくれた。
そうして待つこと一時間半。
やっとその時が来た。
ノックの仕方でランセだと分かる。
「マリレーンお嬢様。お約束のお客様をお連れしました」
「ありがとう。入っていただいて」
「はい」
ドアを開けて入って来たのは、小柄な男性だった。
もじゃもじゃ頭に丸いメガネをかけている。
そこまで神経質そうには見えない。
年齢は不詳。四十代から六十代くらい?
「出版社を経営しております、サジスと申します。この度は我が社にご依頼いただきまして誠にありがとうございます」
落ち着いた人かと思ったら、ペコペコと何度も頭を下げている。
平民にとっては、子どもだろうと貴族相手は気が抜けないのね……。
「こちらこそ快諾していただいたと聞いたわ。詳細も分からないのに不安だったでしょう?」
「いっ、いいえ! このようなご縁を賜りまして誠に嬉しい限りです」
うーん? ランセは何を言ったのかしら。ここまで緊張するなんて。
断ったらどうなるのか怖くて引き受けてくれたのかもしれないわね。
「わざわざ足を運んでもらったのだから損をさせるつもりはないけれど、規模が小さくて煩わしい割に儲からないことをお願いしてしまうかもしれないわ」
正直に話しておかないと、うちの商会と取引できると変に期待させてしまうかもしれない。
「は? はぁ」
うわぁ。既に期待していたのね。それは――ごめんなさい。
「コホン。私が趣味で書いた本を、記念に書籍として発売してみたいだけなのよ」
「はぁ。さようでございますか」
どうしよう。ものすごいテンションの下がりよう……。
「コホン。それでね。原稿は近々完成する予定なの。ページ数は全部で四十ページになる見込みよ。表紙の装丁は最低限のレベルでいいからお任せするわ。一冊あたりいくらで制作できるのかしら?」
「え? ええと、え? 四百ページとおっしゃいましたか?」
いいえ!
まあ、そうよね。図書館にある本はどれも四、五百ページくらいだったから、それがこの世界の常識かもしれないけれど!
「四十ページよ。あまり分厚い表紙だと、中身よりも表紙の方が厚くなるから気をつけてね」
サジスは言葉を発せないほど驚いたらしい。
「へ」の口のまま黙って私をみている。
「コホン。引き受けられないのなら、断っていただいて結構よ? 無理にお願いする気はないわ。ああ、それと。この件は正真正銘、私個人の依頼だから、アイスバーグ侯爵家は一切関与していないわ」
「は、はぁ……」
それでどうなの?
引き受けてくれるの? くれないの?
「ええと。はい。かしこまりました。表紙は薄目にとのことですね」
「……! そうよ。お願いね。――で」
「……?」
「原稿を渡して印刷して製本まで、一冊あたりいくらになるのかしら?」
「さようでございますね。うーむ。装丁も簡素なものでよいのでしたら、一冊銀貨二枚でしょうか」
前世の金銭感覚で二万円。
前世のような印刷技術はないから妥当なのかもしれない。正直分からない。
「ちなみに、まとまった冊数をお願いすれば割り引いてもらえるものなの?」
「は? 割り引き? あの、一冊銀貨二枚ということで、ご要望の冊数分をお支払いいただくのですが……お高いとおっしゃるのなら……うーん……」
別に値切りたい訳じゃないから、そんなに困らないで。
出版業界ではロット割引とかはないのね。
「ただの確認よ。一冊銀貨二枚でいいわ。必要な冊数は、そうねぇ……三冊お願いするわ」
出版された事実だけが欲しいので、本気で本を売りたい訳ではない。
「え? は? 三冊? たったの? あ、いや、あのう――」
あ。なるほど。最低発注数があるのね。
「そちらの都合もあるわね。最低何冊からお願いできるのかしら?」
「せ、せめて十冊はお願いしたいのですが、あ、できるとありがたいのですが」
時々私が貴族だと思い出して、たどたどしくなるサジス。
この世界じゃ気にするなという方が無理だものね。
というか、私が貴族令嬢で、ここがアイスバーグ侯爵邸でなければ、そもそも八歳の子ども相手に真面目にビジネスの話なんかしてくれていないわよね。
「分かったわ。じゃあ十冊お願いするわ」
「か、かしこまりました」
「ちなみに、銀貨二枚には編集や校正作業も含まれるのかしら?」
「は? 編集とは何でしょうか?」
あら?
この世界には編集者という職業はないのかしら。
著者の自己責任での出版なの?
「ああ、ええと、気にしないで。校正は? 誤字脱字のチェックはしてもらえるの?」
「ああ、それなら、ご希望でしたら承ることができます」
「費用は?」
「通常は銅貨五十枚から百枚くらいですが、あ、四十ページでしたね。お嬢様の趣味のお話ということは難しい専門用語は出てこないですね。――でしたら銅貨十枚でお引き受けいたしましょう」
馴染みのある営業文句だと、スラスラ出てくるのね。
「じゃあ、それでお願いするわ。納期は――」
慣れたビジネスの話だとサジスも緊張しないみたいで、必要な確認はサクサクできた。
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