23 プレゼン資料の作成②
参考文献となる三冊の本を二日かけて熟読し、私の欲しかった記述はほぼ見つけることができた。
これなら出典として問題なさそうなので、私はすかさず執筆を始めた。
――そう。
私なりに(都合よく)再編集したものを自費出版するつもり。
そのための原稿を書いているのだ。
自費出版についてはホーリード商会ではなく、ランセに頼んで信頼のおける出版社を探してもらった。
さすがにモサムの不得手なジャンルだろうし、何より彼をプレゼンで驚かしたいから。
ランセに頼んだことで、私が何かを出版しようとしていることは、当然、お祖父様の耳に入るだろう。
お祖父様は原稿ができた段階で事前に見せるようにおっしゃるかしら?
別に検閲が入っても問題はないけれど……。
そのタイミングで私の最初の事業計画を打ち明けることになってもいいかもしれない。
まあ、まずは原稿を仕上げないと!
◇◇◇ ◇◇◇
「お母様。ランチの前には戻りますから、執務室に行ってきます」
「ねえ、マリレーン。最近はずっと執務室にこもっているわね。部屋を貰って嬉しいのは分かるけれど、少し心配だわ」
私は、お母様のしゅんと項垂れた表情に弱い。
「お母様! その――あまりに嬉しくて。でもお母様に心配をかけていたなんて――。じゃあ今から一緒にお庭を散歩しませんか?」
「あら! 久しぶりじゃないの。今日は涼しいからいいわね」
確かに。体感的には二十二、三度くらいなので、羽織るものがなくてちょうどいいくらいだと思う。
◇◇◇ ◇◇◇
外に出ると微風が気持ちいい。
「今日は少し風がありますね」
「そうね。これくらいの風は心地いいわ」
お母様が大好きなお庭を、彼女と並んで歩くだけで幸せを感じる。
一周目でここが無惨に踏み荒らされた姿は今でも脳裏に焼きついている。
二周目の今世では絶対に阻止してみせるわ。
「お母様! 久しぶりにガゼボでお茶をいただきませんか?」
「そうね。いいわね」
側で私たちの会話を聞いていたお母様の侍女が、準備のためにスッといなくなった。
見慣れたガゼボだけど、八歳の子どもの目にはとても大きく映る。
大きなドーム型の屋根を、これまた太い六本の柱で支えている。
ガゼボも、そこに設置されているテーブルや椅子も、全て白で統一されているけれど、ゴテゴテと装飾されていないから、キュートというよりもスマートでクールな感じだ。
お母様にとてもお似合いの場所だと思う。
「それで、マリレーンは執務室でいつも何をしているの?」
あははは。聞かれてしまった。
お母様に嘘はつけない。
「実は、たくさん読んだ本の内容を、私なりにまとめ直して本にできたらいいなと思って、その原稿を書いているのです」
「まあ! 本を書いているの!? すごいわ。マリレーンったら、いつの間にそんなことを考えていたの? 先生が代わったせいかしら? マリレーンもすっかり変わったわね……」
うぅぅ。きっと子どもらしさが失われてしまって寂しく感じているんだろうな。
「そうですか? 私は自分が変わったとは思わないですけど……。でも、面白い実践学習をさせてもらっているのです。まだ思いついたところで何も始められてはいないのですが。成果が出たらお母様に報告しますね」
「うふふ。そう? じゃあ楽しみに待っているわ」
商売の成功は、私とお母様の生活を守る保険にもなるはずだから、必ず成功してみせるわ。
◇◇◇ ◇◇◇
最初に思いついた時には、一週間もあれば楽勝だと思っていた。
要所要所を抜き出して、少しだけ言葉を変えればいいのだからすぐに書けると。
でも実際はそううまくいかなかった。
前世の女性誌やネットの煽り文句を思い出して、それらしく書いてみようとしたら、悪戦苦闘する羽目になってしまった。
私には文才がなかったのね……。
それでも十日かけて初稿が完成した。
そこで初めて気がついた。
抜粋すれば前世のPOPのような販促物が作れるように作ったつもりだったのに、肝心の画像が無い!
「この世界だとイラストになるのよね? イラストレーターのような職業ってあったかしら?」
文章よりもイラストがメインなのに完全に抜け落ちていた。
大失敗じゃないの。はぁ。
でも、まあ。文章ができているから、どこに何の絵を入れたいかを具体的に指示できるわね。
あ、そうだわ。こんな風に一人では解決できない局面では、リドレイ先生に相談すればいいんだわ。
◇◇◇ ◇◇◇
授業で会った際、リドレイ先生に助言を求めると、先生は目を輝かせながら私に質問を浴びせてきた。
「ほう? 商売を始めるにあたって本を出版されるのですか? それはまたどういった理由からですか?」
「挿絵を何に使うとおっしゃいましたか?」
「それで出版された後は何をなさるおつもりですか?」
え? 全部に答えていると、もう逐一報告するのと変わらないのでは?
「コホン。リドレイ先生。まだ探り探り考えながら進めている段階ですので、実践課題の取り組みの詳細については、もう少し進捗が見られてからの回答でもよいでしょうか」
「あ、ああ、もちろんです。私が少し焦っていたようです。ええと、挿絵を描いてくれる方をお探しでしたね。私の知り合いに尋ねてみますので少々お時間をください」
「はい。よろしくお願いします」
◇◇◇ ◇◇◇
リドレイ先生がイラストレーターを探してくださる間、私は描いてもらう実物の収集を始めることにした。
仕事の話なので、今回はちゃんとモサムにアポを取ってホーリード商会を訪問した。
「お久しぶりですね、お嬢様。以前おっしゃっていた事業の件だとか。私に依頼とはなんでしょうか」
前置きを省いて単刀直入に聞いてくれるのはありがたい。
「ガラス玉を加工してブレスレットにしてくれる工房を探しているの。それと、その工房を通してでもいいし、ホーリード商会の取引先にあれば商会で買ってもいいのだけれど、小粒の宝石を三種類ほど買いたいの。加工して三ミリから五ミリくらいの玉になるような大きさのものをね。同じ大きさのガラス玉と一緒にブレスレットを作ろうと考えているの」
「……」
え? 無反応? 何か言ってほしかったのに。
この世界にはない画期的な商品――『パワーストーンのブレスレット』を作ろうとしているのよ?
商品価格を下げるために、お約束のクリスタルは使用しないでガラス玉を使うのも私の考えなんだけど。
「まあ、聞いてちょうだい。宝石のブレスレットならアイスバーグ商会で作ればいいのにと思ったのでしょう? そうじゃないの。貴族向けの宝石は、極上の輝きを放つ最高級品だけれど、私が作ろうとしているのは、そこまで純度が高くない、何なら売り物にならないと捨て置かれている石を使うつもりなの」
「はぁ」
はぁ。モサムは明らかに乗り気じゃないわね。
「――とにかく、商品として売り出す際には、魅力的なストーリーも用意しているから心配しないで」
「ストーリーとは?」
あ、そうか。商品を売る時にストーリーがあった方がいいというのは前世での考え方だものね。
「それについてはプレゼンの時に詳細を説明するわ。それよりも、まずはサンプルを作りたいの。経費はもちろん私が負担するわ。あなたはただ、口利きをしてくれたらいいの。それくらいなら協力してくれるでしょう?」
「ええ、まあ。お嬢様には前回助けていただきましたしね。それくらいは協力させていただきます」
何だか含みがあるように取れるのだけれど?
協力はそこまでで、実際の商品販売の協力は難しいとか言わないでよね。
「よかった。じゃあ早速だけど。取り扱う宝石は――」
◇◇◇ ◇◇◇
ひとまず工房とカラーストーンの入手については目処がたった。
工房には顔を出すつもりだけれど、先に石の仕入れや加工料金の見積もりを依頼しておいた。
出版社とイラストレーターとの打ち合わせも控えているので、今週で商品の原材料費が見えてくるはず。
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