22 プレゼン資料の作成①
具体的な目標ができて、やることがはっきりすると、集中してガンガン進むことができる。
モサムに出資してもいいと決断してもらえるだけのプレゼンをするためにやること――。
それは、私が商品化を考えているアレにピッタリなキャッチコピーに真実味を持たせる資料を探すこと。
アイスバーグ侯爵家の図書室は、街の図書館といってもいいくらいの蔵書を誇る。
趣味や性格の異なる歴代の当主が、お金に糸目をつけずに収集してくれたお陰で、幅広い分野の書籍が収集されている。
その反面、読みたい本がどこにあるのか初見では探し出せないというデメリットもある。
お母様と一緒にお茶をいただいている時に、「図書室で本を探したい」と相談すると、「マリレーンには見つけられないと思うわ」と、ランセを呼んでくれた。
「マリレーンお嬢様。図書室にある本をお探しだとか。どのような内容のものをお探しでしょうか?」
「ランセなら図書室のどこにどの本があるのか分かるの?」
「いいえ。私には分かりません。ですが管理者がおりますので、その者に用意させましょう」
司書のような仕事をする使用人がいたのね。
「そう。それなら、鉱石や宝石に関する本を用意してほしいの。学術的な専門書ではなくて、民間の伝承や噂話などについてまとめられた本を探しているの。外国のものでもいいから、関係しそうな本は一つ残らず目を通したいの」
「かしこまりました。それではマリレーンお嬢様がいつもお勉強をなさっている部屋に運んでおきましょう」
図書室の隣の部屋だものね。
「お願いね」
「はい」
――ということで、私の脳内の作業スケジュールは、いったん「ランセ待ち」となった。
◇◇◇ ◇◇◇
ランセから本の準備ができたと告げられたのは、翌日の夕刻だった。
午後に一コマ歴史の授業があったけれど、その時は部屋の中は何も変わっていなかった。
「ただいま書籍をお部屋に運んでいる最中ですので、明日から自由にご覧いただけます。なお、あのお部屋は書籍の閲覧専用の部屋とし、今後マリレーンお嬢様の学習は、専用の執務室で行うことになりました」
「え? 私専用の執務室?」
それって――。
「お嬢様方はお二人とも、同じ教師陣によって同じ学習をされていらっしゃるのに、コラレットお嬢様だけに執務室を与えているのは不公平だと、旦那様がお考えになったようです」
「まあ! それじゃあ本当に――私も執務室をもらえるのね!」
「はい。明日には準備が整う予定ですので、午後にはご案内できるかと存じます」
「嬉しい! ずっと欲しかったの!」
やったわ! 私の執務室!
前世でも持ったことのない個室。まるで役員になったみたい。
うっふっふっ。
専用の部屋でふんぞりかえるって、どんな感じなのかしら。
◇◇◇ ◇◇◇
待ちに待った翌日。
ダイニングルームで昼食を食べている最中から、私の心はまだ見ぬ執務室を彷徨っていた。
「マリレーン。考え事をしながら食べては駄目よ?」
「……! はい。お母様」
バレバレだったみたい。
「ははは! 執務室が気になるか?」
お祖父様の目には微笑ましく映ったみたいでよかった。
「はい! 昨日からものすごく楽しみにしていたので」
あら?
伯母様が唇を噛んでプルプルと震えているわ。
「お父様! どういうことですの! マリレーンに執務室をお与えになるのですか!」
伯母様は知らされていなかったのね。
私とお母様も昨日聞いたぐらいだもの。
部屋の設えを変えるには結構な手間暇がかかるから、相当前から準備していただろうに、どうしてお祖父様は秘密にされていたのかしら?
「コラレットには既に与えてあるだろう? マリレーンにも同様にやるだけのことだ」
お祖父様が見るからに不機嫌な顔で答えた。
当主が判断したことについては、滅多なことを言うものではないのに。
伯母様はたまにこんな風に失敗して、お祖父様をイラつかせるのよね。
「そんな! コラレットとマリレーンでは立場が違います!」
……あ。出た。
伯母様の口癖。
「何の立場だ? 二人とも私の孫ではないか」
「そ、そうですけど――」
さすがの伯母様も、お祖父様が本気で睨みつけるとタジタジになって俯いてしまった。
お祖父様が跡継ぎの話をしない間は、伯母様たちも無言を貫くしかないものね。
それにしても変な空気になってしまったわ。
せっかくの楽しい気分が台無しよ。
――と思ったら、それはこっちのセリフだとばかりに、伯母様と伯父様とコラレットが、「せーの」と号令をかけたかのように、一斉にキイィィ! と私を睨みつけた。
……はぁ。疲れるわ。
◇◇◇ ◇◇◇
執務室も気になるけれど、その前に頼んでおいた書籍を見ておきたい。
ということで、ランセには執務室の準備ができたら図書館横の小部屋に呼びに来てとお願いして、昼食後は小部屋に直行した。
ドアを開けるとデスクの上に十冊以上の書籍が積まれていた。
おぉぉ。結構あったのね。
立ったまま、一番上の本を開いてどんな内容かパラパラと見てみる。
この本は、国内で算出される主な宝石とその産地、それに鉱山の歴代所有者の変遷などが紹介されている。
なかなか面白そうだけど、私の探しているものではない。
その次の本は、各国で人気のある宝石の紹介のようだ。
そうやって順番に本をめくっていたら、ようやく目当てのものに出会えた。
花言葉ならぬ宝石言葉!
そう! そういうのを書いてある本が欲しかったの!
他にも、女性を口説く際に有効な、「タイプ別宝石指南書」とかもあった。
イケそうな気がしてきた。ううん。絶対にイケるわ!
思わずガッツポーズが出たところで、ドアがノックされた。
慌てて腕を下ろす。
危なかった。
「はい。どうぞ」
「マリレーンお嬢様。執務室の準備が整いましてございます」
キター!
私専用の執務室と聞いてから、どっしりとした椅子に座って采配を振るう自分の姿を何度想像したことか。
浮かれてしまいそうになるところを、なんとか自制する。
「ありがとう。じゃあ、取り急ぎこの三冊の本を執務室で読みたいの。他の本は後から届けてくれたらいいから」
「かしこまりました」
ランセはそう言うと、三冊の本を持って部屋を出た。
私の執務室もコラレットの執務室の近くだと思っていたら、違った。
私たちが顔を合わせないように配慮してくれたのかもしれない。
自室に近いところに用意してくれたので、行き来するのが楽でいいわ。
「こちらでございます」
ランセがドアを開けてくれた。
うわぁ。
……素敵!
さすが執務室だわ。デスクや椅子の高さは私の身長に合わせて低くされているけれど、どの家具も子ども向けではなく立派な大人向けだ。
壁には書棚やキャビネットがあり、なんと金庫まで設置されていた!
お祖父様は私のことを一人前として――そうなることを見込んでこの部屋を準備してくださったんだわ。
これは期待に応えなければ。
「ねえ、ランセ。ソファーやローテーブルもあるということは、ここで打ち合わせもできるということよね?」
「さようでございます。マリレーンお嬢様が事業を始められましたら、ご入用だろうと旦那様が指示されました」
……お祖父様!
どうしよう。ちょっと泣いてしまいそうだわ。
「書籍はこちらのデスクの上に置いておきますね。残りのものもすぐにお持ちいたします」
「ありがとう」
「それから、引き出しの中に文具も一式揃えてございますのでご活用くださいませ。足りない物がございましたら何なりとお申し付けください」
お腹のところの引き出しを開けるとノートや羽ペンが美しく置かれていた。
「素敵だわ。あ。早速で悪いけれど、ノートの他に普通の紙も欲しいの。そうね――とりあえず百枚ほどお願い」
「かしこまりました。そちらはすぐに手配いたします」
ランセは私が何に使うのか聞いたりしないから助かる。
お母様の方が大変だわ。
でも執務室にこもってしまえば大丈夫ね。
あー、腕が鳴るわ!
プレゼン資料の作成なんて何年ぶりになるのかしら!
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