20 手始めに
私の文通相手は、第一皇子だけでなくロビウムもいる。
伯父様は私を通して平民の商会に横槍を入れられたと思い込んでいるので、あまり頻繁に外出していると、私が敵陣営に入り浸っていると思われかねない。
だから悔しいけれど今は外出を我慢して自重している。
それに、具体的な計画が決まるまでは、ロビウムに動いてもらうことはないので、現段階では、彼とはたまに手紙をやりとりして親交を深めているだけ。
――『具体的な計画』。
毎日考えているけれど、あれやこれや思い浮かべるものの、具体的な計画に落とし込むところまではできていない。
さすがに現時点でアイスバーグ商会として取り扱うような大規模な計画は無理なので、身の丈に合った規模で模索している。
アイスバーグ商会は、前世でいうところの総合商社のようなもの。
組織図に並んでいる○○本部に該当するところを、傍系が担っている。
○○本部の本部長が、△△伯爵だか××子爵だかの当主になるのだ。
しかも顧客は皇族をはじめとする貴族。
平民に直接販売することはない。ホーリード商会とは違うのだ。
そもそも、まず扱っているものが異なる。
宝飾品や高級家具などはほんの一部であって、食料や資源、鉄鋼製品など多岐に亘る。
物流や都市開発も請け負っている。
まあ国政の一環として受注する場合は、一社独占ではないけれど。
だからアイスバーグ商会のことは成人後、お祖父様の元で鍛えてもらう時でいい。
八歳の私は、少額で始められる商売を考えなくては――。
自身の商会設立は資本金の目処が立ってからでいいので、まずは特別課題の方だ。
何がいいかな。
小規模とはいえ、ニッチなものはリスクが高い。
生活必需品か贅沢品か。
薄利多売か厚利少売か。
薄利多売は数を売る必要があるので、それなりのリソースが必要になる。
そうなると身一つの私には厳しい。
平民でも無理をしたら手が届く程度のちょっと良い品を、流行に敏感な若い女性に売るのがいいかな。
――となると。
前世のビジネスを参考に案を出していた中にちょうどいい物がある。
よしっ。
この世界での私のビジネスの第一歩はアレに決まりね!
◇◇◇ ◇◇◇
ある程度考えがまとまったので、久しぶりにホーリード商会を訪れた。
今日は会長と二人で話したいと伝えていたので、ロビウムは不在だった。
「会長。お礼を言うのが遅くなって申し訳ないわね。あの調査結果は本当に役に立ったわ」
「お嬢様。私どもの方こそお礼を言わせてください。あの詐欺師の被害が防げたのは、お嬢様の行動力の賜物です。この国の商会を代表して心より感謝申し上げます」
そんな風に会長に頭を下げられると照れるわ。
「でも私一人ではここまでスムーズにはいかなかったはずよ。日頃の会長の信頼がものを言ったのじゃないかしら。それと、まめな報告も助かったわ。速報と一緒に金貨まで持たせてロビウムをよこすなんてさすがね」
「ははは。いやあ受け取っていただけてホッとしました。それにしても簡単な調査で犯罪者と分かった時は肝を冷やしました。ところで、お嬢様の課題の評価はどうだったのですか?」
「ああ、それね。もちろん高く評価してもらえたわ。それで――その続きを相談したいのだけれど」
本題に入ろうとしたら、モサムが興味深そうに笑みを浮かべた。
「お聞かせください」
「この前の件はもう終わったから忘れてちょうだい。今日は将来の話をしにきたの」
「将来の? お嬢様の将来のお話ですか」
「そうよ。私、数年後には自分の商会を立ち上げるつもりなの。まあ最初のうちは軌道に乗るかどうかも分からないのだから、ホーリード商会とは競合しないでしょう?」
何がおかしいのか、モサムが声を上げて笑った。
「はっはっはっ。軌道に乗るかどうか分からないですと? いやあ。お嬢様。本当はかなり自信がおありなのではありませんか?」
……え? どうしてそう思ったの? もちろん自信はあるわよ?
「まあ、そうね。ちゃんと市場を調査した上で事業を始めるつもりだから、失敗するつもりはないわ。それで――『商会組合』で商会設立の手続きができるのよね? 私に設立するための資本金が貯まったら保証人になってくれないかしら?」
「は? アイスバーグ侯爵ではなく私がですか? しかも『商会組合』で設立されるのですか?」
「ええ。あなただから打ち明けるけれど、その商会は家人には秘密にしておきたいの。いざという時の保険にするつもりだから。という訳で、資金援助はないの。だから数年後の話になると思うわ」
「ははは。なるほど。面白いですね」
何がそんなに面白いのか、モサムは破顔して嬉しそうだ。
そんなことより、現時点では私は現金収入がないのよね。
欲しい物や必要な物は、全てお母様が準備してくれるので、自分で購入することがない。
だから前世みたいに毎月のお小遣いというものがない。
あの日お祖父様に貰った銀貨一枚だけが今の私の資本金。前世の感覚だと一万円くらいかな。
一万円じゃ何もできない。
ということで、モサムに話を持ってきたのだ。
「会長には設立資金を貯めるのを手伝ってもらえないかと思って。もちろん公平で公正な取引を提案するつもりよ」
「はあ……」
その微妙な反応は至極妥当だと思う。
事業をしたことのない箱入り娘の持ちかける話ですもの。
でも私なりによくよく考えて結論を出したものなの。
簡単に始められて継続的にできるものは何だろうと、一周目の平民生活を思い出しながら、前世の日本での流行も参考にして、チープな価格でこの世界にまだない商品を探したのだ。
そして、これならばという商品を見つけた。
「若い女性をターゲットにした商品を考えているの。ホーリード商会では扱っていない商品よ。ここの売り場を見させてもらったけれど、正直、女性目線での商品開発はされていないようだったわ。顧客の男女比は知らないけれど、女性が喜んで手にとるような商品があれば、来店動機になるはずよ」
さっきまでニコニコ顔だったモサムは今やすっかり怪訝な表情に変わってしまった。
まあ、商売の話だものね。
「資本金を貯める必要があるとおっしゃいましたね? 現時点では資金はないと。つまり、おっしゃっているのは――」
「ええ、そうよ。製造から販売までを全てホーリード商会にやってもらいたいと思っているの。私は少しばかりのアイデア料をもらえればいいから」
あら? 頭を抱えちゃったわ。
まあそうよね。全部丸投げしてリスクを負わせた上で、儲かったら上澄みをちょうだいって言っているんだものね。
「もちろん、いきなり商品を販売しようなんて思っていないわ。商品コンセプトを提示するから、それで判断してほしいの。会長のゴーサインで試作品を一つ作って、店頭で顧客にアンケートを取ってみるのはどうかしら? 商品化されたら買いたいかどうかをね。そうして試験販売を行って、その結果次第で徐々に取り扱いを増やしてもらえたらと考えたの」
そう。
一万円で制作できるのはサンプル一つくらい。
どういうターゲットにどんな風に売るのかプレゼンをするところから始めるつもり。
本来なら、売り場を借りて委託販売をしたいのだけれど。
資本がない今は、製造から販売までをお願いして、私は売上の数パーセントをライセンス料としてもらうのが現実的だと思う。
「お嬢様がいったいどんな商品をお考えなのか分かりませんが、これもご縁ですから、話を聞く分には何も問題はありません。いつでも時間を取りますので、その商品コンセプトとやらを聞かせてください」
本当に?! いいの?!
「ありがとう、会長。絶対に後悔させないわ!」
そうと決まればやることがたくさんある。
ああ、でも!
ちょっと気が早いけれど、将来必要となる重要な人的リソースを確認しておきたい。
私の代理として事業を任せられる人。
当てならあるのよね。一周目で知り合った彼女。
今はどこで何をしているのかしら。
せっかくだから屋敷に戻る前に探してみようかしら。
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