19 膨らむ期待
「マリレーン様。当主様から例の件でのご活躍をお聞きいたしました。お二人以外には口外しないという約束で。特別課題の方向性をお決めになったそうですね」
リドレイ先生からそう尋ねられると、少しばかりばつが悪い。
詐欺未遂事件では、特別課題にかこつけて調査したことにしたのだけれど、お祖父様に対してうっかり、「自分の商会を運営するつもりで」と言ってしまった。
おそらくリドレイ先生は、私が小規模ながらも事業をやってみようと大それたことを考えていると思ったに違いない。
――間違ってはいないのだけれど。
実のところ、事業はやるつもりだった。しかも二つ。
一つは特別課題としてのもので、先生やお祖父様に評価してもらうためのもの。
商会を立ち上げるようなことはせずに、アイスバーグ侯爵家の令嬢という家名の信用力を使って、個人で小規模な商売をするつもりだ。
流行を把握する能力や、商品の目利き力をアピールしようと考えていた。
扱う商品が増えて売買額の規模が大きくなれば、私が会長を務める商会の設立もお祖父様から許可が出るかもしれない。
その場合、おそらく特別課題終了後はそのまま私が運営していいと言われるだろうけれど、万が一、一周目と同じ結末を迎えた場合、その商会はパフィオやアシュラムの手に渡る可能性がある。
まあ、商会設立の有無にかかわらず、見せかけの事業として、捨ててもいいと腹を括ってやるつもりだけれど。
もう一つは、それこそ一周目のように放逐された場合に備えて、生活に困らないよう今から準備をしておくためのもの。
こちらは商会組合で正式に設立するつもり。
ただ、アイスバーグ侯爵家にバレないように設立する手段を探す必要がある。そこがまだ『検討中』のままなのだ。
私の隠し財産として、なんとか商会を設立したいのだけれど……。
資本金も課題の一つだ。
特別課題の金貨十枚から流用することはできない。裏帳簿的な小細工をしたところで、絶対にリドレイ先生にバレると思う。
なんとか小銭を稼ぐ方法を考えて、数年かけてでも資本金を準備したいところ。
まあ、モサムなら相談にのってくれると信じている。
――というようなことが頭の中で渦巻いたけれど、今は一旦置いておいて。
「先生。あの件は本当にたまたま運良く事が運んだだけで、もっと言えば、ホーリード商会の会長さんの支援の下でできたことですから。私としては、特別課題はまだ何も始められていないに等しいのです。そこまで具体的な考えがある訳でもないですし」
リドレイ先生の私に対する期待値が上がり過ぎているわ。
どうしよう……。
「そうですか。では私も楽しみに待つとしましょう」
謙遜している訳ではないんですけどね……。
困ったわ。
◇◇◇ ◇◇◇
困ったことはもう一つある。
「マリレーン! あなた、自分の立場を分かっているの? まさかコラレットと張り合うつもりじゃないでしょうね!」
――これだ。
お祖父様がいらっしゃる食事時には猫を被っているくせに、屋敷の中ですれ違うと露骨に感情をぶつけてくる伯母様。
「よくもこの私に恥をかかせてくれたな! 平民なんぞと結託して、どういうつもりだ? どうせいいように使われたのだろ! 貴族として恥ずかしくないのか!」
伯父様は嫌味を通り越して暴言を吐く始末。
いやいや。よく考えてね。私は伯父様を救ってあげたのよ?
あのまま契約していたら恥をかくどころか、お祖父様の逆鱗に触れていたのよ?
「ちょっと義父さんに褒められたからって、いい気になりやがって。平民の商会にアイスバーグ侯爵家が舐められたらどうするんだ! 家名に泥を塗るなよ!」
後少しで家名に泥を塗るところだった人に言われたくないんですけど。
ふう。この人たちにかける言葉が浮かばないわ。
「コホン。マリレーンお嬢様。少々よろしいでしょうか」
ランセ!
いいところに来てくれたわ。
「もちろんよ。何かしら」
伯母様夫婦もお祖父様からの信頼が厚いランセの前で暴言を吐くのはマズいと思ったようで、私からフンと顔を背けるとそのまま行ってしまった。
ランセが苦笑している。
「大きな声が聞こえてきましたので、失礼とは存じましたがお声がけさせていただきました」
「本当にありがとう」
「いえいえ。それよりも、お部屋までお送りしましょう」
「ありがとう」
◇◇◇ ◇◇◇
部屋に戻るとお母様は不在だった。
「こちらをお届けしようとしていたのです」
ランセはそう言って一通の封書を差し出した。
上質な黒地の紙。縁には金色の模様があり、封蝋は皇家の紋章!
セレウス第一皇子からの手紙だわ!
「コホン。こちらの封筒は目立ちますゆえ、よろしければ次回からホーリード商会の封筒にお入れしてお渡ししようと思うのですが。ロビウムから商会名の入った封筒を少し預かっておりましたので」
ランセは本当に私を気遣ってくれる。
私やお母様に届いた封書は、いつもならシルバートレイに載せて持ってきてくれるのに、そうすると皆に見られてしまうから、そっと隠すように持ってきてくれたのだ。
「いい考えだと思うわ。じゃあ返事を出す時も、あなたにはホーリード商会の封筒に入れて渡すわ。それなら万が一屋敷内で見られても大丈夫よね」
伯母様たちは平民を嫌っているので、シンプルな平民仕様の封筒には触らないはず。
「承知いたしました。では私とマリレーンお嬢様と二人だけの秘密にいたしましょう」
「そうね! そうしましょう!」
ほんと、ランセのこういうところが大好き。
◇◇◇ ◇◇◇
あのセレウスが私に手紙を書いてくれたとは驚きだわ。
彼から手紙が届くのは、もっとずっと後になると思っていた。
封を開くと、便箋はたったの二枚。文字が埋まっているのは実質一枚と数行……。
まぁ、そうよね。
もしかしたら誰かに手紙を書くことだって初めてだったかもしれないし。
どれどれ。何が書かれているのかしら。
『――早速お祖父様が僕に会いにきてくださったんだ。
少ししかお話しできなかったけれど、翌日から家庭教師の先生が代わったんだ。
あ、代わっただけでなく増えたんだ! こんなにすぐに代わるなんて、
思ってもみなかった。君はすごいね。こうなるって分かっていたの? 僕は
君より年上なのにね。少しだけ恥ずかしさも感じているけれど、君には本当に
感謝しているんだ。それに勉強だけでなく剣術も教わることになったのには驚いた。
皇后陛下は、僕にはまだ早いとずっとおっしゃっていたから。
どうやら僕の学習は歳の割に遅れているらしいことが分かった。
新しい先生方は焦る必要はないと言ってくれるけれど、やっぱり心配だ。
僕は皇室の汚点と言われない程度には教養を身につけたいと思っている。
なんだかとりとめのない文章になってしまった。
君が言っていたような文章はやっぱり難しいね――』
確かに十歳の皇子としてはたどたどしい文章だわ。
でも、頑張って挑戦してくれたみたい。
途中にある、『僕は』『本当に』『驚いた』は、私が教えてあげた法則で頑張って文章にしてみたのね。
初めてにしては上出来だと思う。
これは、ちゃんと褒めてあげないといけないわね。
お母様が戻られないうちに返事を書いてしまおう。
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