16 詐欺事件②
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とにかく急ぐのだとモサムを急かして、すぐに商会組合に連れて行ってもらった。
「会長に今更こんなこと聞いても仕方のないことなんだけど……」
「何でしょう?」
「予約しないで来て大丈夫なの?」
商会組合の建物が思っていた以上に立派だったので、急に不安になったのだ。
「はい。問題ありませんよ。理事長との面談などは事前に日程を調整しますけど、通常の業務でしたら予約は不要です。そこまで混雑していませんから」
「そうなのね」
建物の中に入ると、前世の役所と似たような景色が広がっていた。
窓口カウンターがいくつかあり、その後ろで大勢が事務作業をしている。
「調査の依頼はあちらの窓口です。誰も並んでいませんね」
モサムとその後ろを歩く私とロビウムの三人は、どんな風に見えているのかしら。
まあ、窓口対応はモサムにやってもらうので、窓口の担当者も子どもには目もくれないと思うけど。
「ホーリード商会のモサムです」
「あ、会長。ご無沙汰しています」
窓口の男性がペコリと頭を下げた。
……へぇ。
やっぱり二周目の今の時点でも、ホーリード商会は既に確固とした地位を築いているのね。
「実はある人物について、隣国での調査を頼みたいのですが。身分を偽っていたり、偽名を使用しているかもしれないので」
「会長がそこまで慎重になられるとは組合としても心配ですね。そのような危険人物に我が国で商売をされてはたまりません。分かりました。すぐに似顔絵師を呼んできます」
男性は後ろのデスクの女性に手早く指示をすると、モサムと話を続けた。
「会長。お待ちいただく間に費用についてご相談させてください」
「あ、ちょっと。その件はこの私が」
モサムの後ろからひょこっと顔を出して口を挟むと、男性に、「へ?」と驚かれてしまった。
「私のことは気にしないで。本件だけど、特急料金を支払うので、まずは隣国での犯罪歴の有無だけでも速報で知らせてほしいの。できれば速報は一週間以内に欲しいわ。速報分の調査費用を含めた手付金と特急料金を前払いするのでお願いできるかしら?」
男性は、私の顔とモサムの顔を交互に見た結果、モサムに助けを求めた。
「あ、あの。会長……?」
「あはは。驚かせてしまいましたね。私の連れです。この子の言った通りにしてもらいたいのですが、料金はいくらになりますか」
男性は、「え? 本当に?」という表情をしながらも、手元の資料を確認して料金を計算してくれた。
「ええと。一週間ということでしたら、隣国の主要都市のみになるかもしれませんが――」
「結構よ」
あの男はちまちまとした小金を稼ぐ詐欺ではなく、一攫千金を目論む大悪党だから、もちろん田舎なんかで活動はしない。大都市のみでオッケー。
「それでは、そうですね――。公的機関と大規模な商会への問い合わせになるでしょうから、特急料金込みで、金貨二枚になります」
前世の感覚だと二十万円ほどなので、安く感じる。
「はい、これ」
私が金貨二枚を手を伸ばして窓口に置くと、全員がギョッと目を見開いた。
「え? 会長じゃなくて? 君が持ってたの? こんな大金を子どもが?」
「誰が払おうと金貨は金貨でしょ? 早く領収書をちょうだい」
「え? あ。は、はい。少々お待ちを」
男性が領収書を作成していると、似顔絵師がやってきた。
ここは私も気合を入れて、あの詐欺師の顔について伝えなきゃ――と思ったのに、「この後のことは私にお任せください」とモサムに言われてしまった。
「なぜ?」と聞く前に、彼が目配せをして、少し離れたところにいる侍女の存在を思い出させてくれた。
……あ。侍女がものすごく焦っている。もうそんな時間なの?
「あら。じゃあ、お言葉に甘えるわ」
「お任せください。速報の内容次第で、後続調査については再検討しましょう」
「そうね。もし途中で追加費用がかかるようなら――」
「大丈夫です。追加で費用が発生するようなことはありません。ここの組合はそんな仕事はしませんから信用してもらって大丈夫です。後続調査の費用は後払いできますから、もうそれ以上の金貨は必要ありませんよ」
「そ、そう?」
モサムの口調は優しいけれど、先回りして私の疑問を解消してくれるから、何だか自分が世間知らずの子どもみたいに思えてきた。
「じゃあ、結果が分かり次第、知らせてね。夜遅くても構わないわ。アイスバーグ侯爵家の家令のランセまでお願い」
「承知しました。それにしても――」
モサムがしみじみと私を見ながらつぶやいた。
「それにしても何?」
「あ、いえ。アイスバーグ商会では面白い教育をされていらっしゃると思いまして」
「え? ああ、特別課題のこと? まあ、そうね」
本当は違うんだけど、言えないものね。
「じゃあ、私はこれで失礼するわ」
「はい。お気をつけてお帰りください」
さあ。打てる手は打った。あとは待つだけだ。
◇◇◇ ◇◇◇
商会組合を訪れてから一週間後のことだった。
その日の夕食で伯父様が分かりやすく上機嫌でお祖父様にアピールしていた。
「我が国の目ぼしい商会を調査した上で、このアイスバーグ商会に最初に話を持ってきたというのですから、相手の調査能力が確かなことは明白です。まあ、どんな調査をしてもアイスバーグ商会がこの国のナンバーワンなのは誰もが知るところですがね」
え? 何様のつもり?
そのアイスバーグ商会の窓口として自分が選ばれたと自慢しているの?
お祖父様が辟易とした表情で話を聞いていることに気がついている?
伯父様の偉そうな顔を見ると、一周目を思い出して腸が煮えくり返りそうになるんですけど。
「私の方で事前に商品の検品をさせてもらっていますからご心配には及びません」
心配しかないわ。
これまでだって任せてもらった案件をことごとく潰しているのに、どうしてそんなに自信を持てるのかしら。
甘い言葉に弱いなんて、商人としては致命的じゃない?
「義父さん。今回は決して失望させません。明日の午後が楽しみです。優先的に交渉できるよう話をつけたので、まだどことも取引をさせずに待たせているのです」
「話は明日そいつに会ってからだ。そのことならさっきそう言ったはずだ。同じことを何度も言わせるな」
「あ、そうでした。すみません」
伯父様とお祖父様の会話は、お決まりの終わり方をした。
すると、これまたお約束で伯母様が話題を変える。
「お父様。それより、お茶会の案内をもらいましたの――」
伯母様の熱弁は私の耳を素通りしていった。
明日の午後がXデーだと分かると、身体中の血液が燃えたぎってくる。
私にとってもエポックメイキングな日になるはずだもの。
◇◇◇ ◇◇◇
モサムは本当に気の利く人で、この一週間に三度もロビウムをよこしてくれた。
私が気にしていることを敏感に感じ取ってくれたらしく、「調査員が隣国へ発った」とか、「調査は順調らしい」という経過報告をしてくれたのだ。
ランセには特別課題で平民の商会を見学させてもらって、私の質問に対する返事をもらうことになっていると伝えていたので、ロビウムを門前払いすることなく取り次いでくれた。
そして、念願の速報は依頼から六日目に届いた。
この時ばかりは嬉しくて、ロビウムを(平民なので申し訳ないけれど)エントランスの外で待たせて、私の返事を持って帰ってもらったほどだ。
さあ。
明日に備えて早く寝なくっちゃ!
◇◇◇ ◇◇◇
翌朝。
伯父様は朝食を一人で食べたらしく、ダイニングルームに姿をみせなかった。
来客は午後のはずなのに、すごい気合の入れようだわ。
それが空滑りするとも知らずにね。
昼食後は、お母様に捕まらないように屋敷の中を歩き回っていたら、伯父様の大声が聞こえてきた。
相手は平民だから、てっきり第二応接室を使うのかと思ったら、第一応接室の前で使用人に怒鳴っている。
「いいか、お前たち! 今日ここで大きな取引が決まるのだからな。最上級のもてなしをするのだぞ!」
「かしこまりました」
あの詐欺師相手に高級茶葉や手の込んだお菓子を出すのかと思うと胸がざわつくけれど、一周目に受けた屈辱と打撃を思えば安いものだ。
エントランスがよく見える二階の角の廊下で、来訪を告げる声を今か今かと待っていたら、やっとその時が訪れた。
ランセがあの男性を出迎え、第一応接室の方へと案内していることを確認できたので、お祖父様たちと鉢合わせないように移動する。
挨拶を交わしている頃にお茶が運ばれるはずなので、使用人たちが廊下に出てきたら行動開始だ。
十分ほど待って第一応接室に近づくと、使用人が応接室からサービングカートを押して出てきたところだった。
まあお茶で喉を潤す時間くらいは与えてあげましょう。
さらに五分ほど待って、意を決してノックした。
「何だ?」
部屋の中から伯父様の神経質な声が聞こえた。
返事をせずにドアを開けて中に入った。
「なっ! お前! 何をしている! この部屋が第一応接室だと知らないのか! ちっ。早く出て行きなさい!」
立ち上がって怒鳴る伯父様とは対照的に、ターゲットはすっかりくつろいで紅茶を堪能している。腹立たしい。
「マリレーン。どこと間違えたのか知らんが、大事な仕事中だ。部屋を出なさい」
……う。お祖父様の圧がすごい。
でも、お祖父様の厳しい視線を受け止めたまま必死に耐えた。
「お祖父様。来客中に申し訳ありません。ですが、急を要することでしたのでお伝えするべきだと思いました」
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