15 詐欺事件①
一周目の人生で、あの事件が世間を騒がせたのは、八歳の夏のことだった。
この世界にもジパングとエルドラドを合体させたような有名な伝説がある。
遠い遠い東の果てにある国では、全てが黄金に輝き、水が湧き出るように金がそこかしこに溢れているという。
一時期は、一攫千金を夢見て東へと旅立つ人が後を絶たないほどだったらしいけれど、誰一人黄金を持って帰らなかったので、今ではおとぎ話として片付けられている。
それでも黄金伝説というものは、人の気持ちをくすぐるらしい。
ホーリード商会で見かけた男性は、一周目では純金製の置物を中心とした金製品を扱っていた。
特別な入手ルートがあるため、市場よりも割安な価格で販売できるという触れ込みで、アイスバーグ商会に金製品の委託販売を売り込みにきたのだ。
どこでどんな噂を聞きつけたのか、伯父様をターゲットに絞ると、うまいこと言いくるめて自分の事業に加担させた。
彼は詐欺師としては超一流で、騙す相手は徹底的に調査する用意周到さと、人を見抜く才能を持ち合わせていた。
もし二周目でも同じことが起きるとしたら大問題だ。
彼が伯父様に接触するまでどのくらいの猶予があるか分からないけれど、こちらの準備にはかなり時間がかかるはず。
とにかくやれるだけのことはやろう。
昨日、帰宅してからずっと考え続けたけれど、やっぱりすぐにでも行動を開始しなくっちゃ。
そう決心して、昨日の今日なのに、またまた外出許可が必要になり、お祖父様の執務室を訪ねた。
朝食後すぐにランセを呼んで、急ぎ取り継いでもらった。
私が会いたいと我が儘を言うのは初めてだったからか、お祖父様はすぐに会ってくださった。
「それで、私に話とは何だ? 急ぎらしいが」
「はい、お祖父様。実は昨日の外出で少し気になることがございまして」
「気になること?」
「はい。リドレイ先生から出された特別課題に関連した件です。詳細は後日改めてご報告させていただきますが、商売の基本の勉強になりそうな題材を見つけたのです。そのため、今日は銀行で少しばかりお金を引き出して、経済活動をしようと思うのです。昨日よりも時間がかかりそうなので、夕方までの外出を許可していただけないでしょうか」
「ほう?」
いや、そんな風にまじまじと私の顔を見たって何のことだか分からないと思いますけど?
「よかろう。その課題は自由に取り組んでいいものだからな。気をつけて行ってきなさい」
「はい。ありがとうございます」
やったー!
資金の使用も許可してもらったし、急いでロビウムに連絡をしよう!
◇◇◇ ◇◇◇
「僕の予定を聞いてくれるんじゃなかった?」
「仕方ないでしょ。あなたも商人の端くれなら分かるはずよ。時には『大至急』とか『例外』っていうものがあることが」
「それって、通常の取引を何度も重ねた上でのことだよね?」
「もう。とにかく、あなたにとっても、いいえ、ホーリード商会にとっても悪い話じゃないはずだから、聞いてちょうだい。あ、その前に。昨日のあの男性のことだけど、あの後、あなたのお父様と商談をしたの?」
「あ、うん。父さんは話を聞いただけらしいけど」
「そう。じゃあ、話は会長にも聞いてほしいから、二階に行きましょう」
「え? 父さんと?」
「そうよ。いるのよね?」
「いるけど、仕事中は部屋に入るなって言われているのに」
「ホーリード商会にも関係ある話だから絶対に必要なの!」
もう。ロビウムって子どもの頃はこんな感じだったんだ……。
父親に叱られるからって子どもじみた言い訳をしちゃって……。
時間がかかることは確かなんだから、一刻も早く話をしたいのに。
仕方がないので私が一肌脱いで、我が儘貴族令嬢として振る舞うことにした。
渋るロビウムの手を引っ張って、二階のモサムの執務室に突撃した。
「会長! お邪魔するわ!」
部屋に入ると、モサムはあからさまに眉をひそめた。
今日は感情を顔に出すことを躊躇しないのね。
「やれやれ。またですか? はいはい。何でしょう?」と、はっきり顔に書いて私を見ている。
「お仕事中ごめんなさいね。でも商会に身を置く者同士、リスク情報は共有すべきだと考えたの」
予想通り、モサムは『リスク』という言葉に敏感に反応した。
「私は一門の仕事には関与していないとはいえ、屋敷の中で見聞きしたことは覚えているし、内容もちゃんと理解しているの」
「伺いましょう」
――お。真剣に聞いてくれるのね。
「昨日ここを訪れた際、去り際に男性が店内に入って行くのを見たんだけど、我が家でも見かけたことがある方だったの。その方について、祖父や伯父たちが懸念を口にしていたことを思い出したのよ」
さすがに我が家に来たかどうかなんて真偽を確かめようがないものね。
あの男に聞いて否定されたところで、「商談中だから言えないのかもしれない」と勝手に解釈するだろうから、まあその点は気にしないでおこう。
「ホーリード商会があの方と取引するかどうかは、経験豊富な会長が判断するのだろうけど、人物査定の資料が手元にあれば、自身の判断を裏付けることができて安心できるんじゃない?」
モサムは私の話がどこへ向かっているのか慎重に見極めようと口を閉じたまま私を見つめている。
「コホン。実は、祖父は本件が私にとって良い教材になると考えたみたいなの。検討する時間はもらったけれど、彼と取引すべきかどうか考えを述べないといけないの」
うん。まあ普通に考えてそんな訳あるはずがないんだけど。
お貴族様の考えることなんて分からないって、いつも思っているでしょう?
「……」
「私は、事業については座学でしか学んでいないけれど、それでも紹介のない方については、あらかじめその方の経歴や人となりについて調査すべきだということは知っているわ。ただ、今回は私に出された課題でもあるので、家の支援は受けられないの。そこで、モサム会長の顔が浮かんだというわけ」
「……」
正直、モサムが昨日彼と話して、どんな感触を持ったのかは分からない。
既に彼の中で答えが出ているなら助力は無理かもしれない。
でももしまだなら、モサムが――ホーリード商会が損をしない提案ならうなずいてくれるんじゃないかしら。
「お客様は常に新しい商品を望んでいるわ。そのためには遠い異国の商品も買い付ける必要があるでしょう? でも新規ルートの開拓は大変。今回はわざわざ相手の方から出向いてくれているのだし、もし信用調査の結果、問題ないと分かれば、かなり旨味のある取引になるんじゃないかしら?」
「なるほど。おっしゃりたいことが分かりました。私にあの男の信用調査をしてほしいと?」
ビンゴ!
この世界には、平民の商会が加盟している『商会組合』という前世の業界団体のような組織がある。
その組合が信用調査を請け負っているのを私は知っている。
一周目で利用したことはなかったけれど、優秀な調査員がいたはず。
夜逃げした債務者や横領して逃走した人物を探すなど、人探しの依頼は常にあると聞いた。
なにしろ似顔絵師が常駐しているくらいなのだから。
「全てを任せるとは言わないわ。それはフェアじゃないから。組合への依頼はお願いしたいけれど、費用は私が持つわ。つまり、あなたは会長としての信用を、私は経費を出すの。どうかしら? 双方にメリットがあると思わない?」
相手は外国人だから、今回の依頼は隣国まで調査範囲を広げる点が異質であり、費用も割り増しになるのが頭の痛いところじゃない?
「確かに。そのご提案であれば、私には旨みしかないですが。よろしいのですか?」
「ええ。私も課題の回答を入手できる訳だから、費用は惜しまないわ」
貴族だろうと平民だろうと、一族の中の後継者争いが熾烈であることは変わりない。
私の真意は伝わったと思う。
「ふむ。よいでしょう。そのご提案に乗りましょう」
やったー‼︎
「あ。そうそう。名前だけじゃなくて、似顔絵を元に隣国で調査してもらいたいの。だって、本当にとんでもない人物だった場合、偽名を使っているかもしれないもの」
「……! なるほど。そうですね。隣国の人間ならそういうことも想定しておくべきですね。それにしても、どうしてあの人物が隣国から来たと思われたのですか?」
……え?
そんなこと聞く?
えぇぇ?!
「そ、それは――雰囲気が全然違ったもの! あの独特の感じは外国人だと思うの!」
「そうですか。まあ、本人も隣国から売り込みに来たと言っていましたけど、よくお気づきになりましたね」
「まあね。ふふふ」
焦った。一周目のことは話せないから、もっと慎重に話すべきだったかも。
「やっぱり隣国の人間だったのね。じゃあ似顔絵を作って、それを持って隣国で調査をしてもらう必要があるわね。似顔絵作成にはきっとロビウムが役に立つはずよ。昨日、あの男性の顔を穴が開くほど見ていたから」
「え? 僕?」
見てろって言ったでしょう?
「そうか。まさかお前がな。そういう勘は大事にするんだぞ。じゃあ、組合に一緒に行くか」
「はい! 役に立ってみせます!」
ロビウムだっていいところを見せたいよね。
頑張ってちょうだい。期待しているから。
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