14 平民のホーリード商会②
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「あなたのお父さんが会長なのでしょう? 友達として私を紹介してちょうだい。二階にいるの? あの階段かしら?」
わざとらしい気もしたけれど、モゴモゴ言っているロビウムが焦ったくて、彼の手を引っ張って階段を上がることにした。
「き、貴族のお嬢様ってこんなに強引なのか?!」
ロビウムの中にある貴族令嬢は、ツンと澄まして自分からは動かないタイプなのかもしれない。
「あなたが動いてくれないからよ」
「は?」
「ほら。会長を紹介してくれるわよね?」
おそらく二階の一番奥の部屋が会長室だと思うけれど、さすがにいきなり部屋に入るのは失礼過ぎる。ここは息子の出番だ。
ロビウムにチラリと視線を送ってみる。
「はぁ。仕方がないな」
ロビウムはそう言いながらも、スタスタと奥の部屋へ歩いて行き、ドアをノックした。
「父さん。ちょっとだけいいですか?」
「ロビウムか? どうした? 入りなさい」
部屋の中から聞こえたのは、聞き馴染みのある温かい声だ。
ドアを開けた途端、モサムが驚いて私を見た。
息子だけでなく、明らかに貴族の子どもと分かる私が一緒にいたのだから無理もない。
「ロビウム。そちらの方は? いや、早く入ってドアを閉めなさい」
「はい」
私たちが部屋に入ると、モサムが立ち上がって私の前まで来て丁寧に挨拶してくれた。
「初めまして、お嬢様。私はホーリード商会の会長モサムと申します。これは息子のロビウムです。本日はどのようなご用件でお越しいただいたのでしょうか」
さすがだわ。
勝手に押しかけてきた子どもに、「お越しいただいた」なんてよく言えたものだわ。
「マリレーン・アイスバーグよ。ロビウムとはもう友達になったわ」
ロビウムが「え?」という顔で私を見ている。
「そうでしたか。アイスバーグ侯爵家の……。コホン。侯爵様の名声は、商会を営む私どもの間で広く響き渡っております。ホーリード商会はアイスバーグ商会とは比較にならないほど規模も小さく、扱っている商品はどれも平民が手にする日用品でございます。侯爵家のお嬢様のお目汚しにしかならないと思いますが……」
モサムは笑みを浮かべながらも、困惑を隠しきれていない。
一周目と変わらない丁寧な口調。
彼の話し方は、貴族相手でも必要以上に媚びへつらう感じがなくて気持ちがいい。
「私は一族の仕事については、まだ何一つ関与していないの。そもそも商売の基本が何たるかも分かっていないわ。現時点では、商売人として経験を積んでいる分、私よりもロビウムの方が上をいっていると思うの。だから、私がここで学べることは多いはずよ」
「……?」
「……?」
親子揃ってポカンとしているのが可笑しくて笑ってしまいそう。
先に立ち直ったモサムが、「学ぶとおっしゃいましたか?」と聞き返してきた。
「ええ、そうよ。これからもちょこちょこ寄らせてもらうつもりよ。ああ、安心してちょうだい。あなたたちの商売の邪魔はしないし、私がここの商会と関わりを持っていることは誰にも言わないわ。もちろん、あなたたちも口外しないでね」
モサムの顔には、「意味が分からない」と書いてあるけれど、それは言葉にせず、「侯爵様にもご報告されないのですか」と聞いてきた。
「お祖父様にはもちろん内緒よ。というか、特段、耳に入れるほどのことではないと思うの」
「さようでございますか」
「そんなに真剣に考えないでちょうだい。息子と同じ年頃の友達が、家に遊びに来るだけだと思って。何も本当に勉強をしようとは思ってないわ。ロビウムには、せいぜい話し相手になってもらいたいだけよ」
「話し相手……はあ……」
モサムは、分かったような分からないような、消化不良だと言いたげな表情で私を見返している。
信頼関係を築く前に計画を伝えることはできないから、今日のところはこれで許してほしい。
「とにかく、そういうことだから。じゃあ、今日はもう帰るわ。見送りは結構よ」
「はい。それではお気をつけて」
◇◇◇ ◇◇◇
途中からは諦めたのか、黙り込んでいたロビウムを伴って店を出た。
「ロビウム。今後はお忍びで来るから、私のことは平民の友達と同じように接してね。言葉遣いも同じでいいわ」
「え? 本当に」
「本当よ。一応、前日までには人をやって、あなたの予定を確認することにするから、都合が悪かったり、他の店にいる時は、そのように返事をしてちょうだい」
「分かった」
「じゃあね」
「うん」
ロビウムに別れの挨拶をして馬車に乗り込もうとした時だった。
瀟洒な馬車が店の前に停まり、着飾った男性が降りてきた。
それは見覚えのある人物だった。
思わず、「あ!」と声をあげそうになった。
一周目、その男性のせいで我がアイスバーグ侯爵家の評判がガタ落ちしたのだ。
忘れられるはずがない。
……そうか。
そういえば今頃の時期だったかも。
伯父様がアレを引き起こしたのは。
でも二周目の今世では同じ轍は踏まない。踏んでたまるか!
ゆくゆくは私のものとなる大切な一門なのだ。
その評判を傷つけるようなまねはさせない。
「ロビウム! 今、お店に入っていった人はお得意様なの?」
「え? いや、僕は初めて見たけど」
「じゃあ、きっとこの街で新規開拓のために会長と商談をしに来たのね。ねえ、あの人の顔、よーく覚えておいてね」
「え? なんで?」
「理由は知らなくていいから、とにかくよーく覚えておいてね!」
「う、うん。分かった」
「じゃあ近いうちにまた来るから、とにかくあの人の顔を忘れないようにね!」
「……? うん」
馬車に乗って帰路に就くと、一気に疲労感が押し寄せてきた。
二周目での会長との初接触だけでも緊張したのに、あの男に出くわすなんて。
――いや。
きっと伯父様と出会う前だろうから、ラッキーだった。
まだ間に合うわ。よく考えないと。
「はぁ」
必要以上に気を張っていたのかも。
ロビウムは私のことをどう思ったかな?
貴族として振る舞わなきゃ、と自分に言い聞かせていたから、少し威圧的過ぎたかもしれない。
嫌われてないといいけど。
◇◇◇ ◇◇◇
侯爵家に戻ってお母様とお茶の時間を過ごしていても、頭の中では、ホーリード商会で見たあの男性のことを考えてしまっていた。
「マリレーン? どうしたの? やっぱり疲れているんじゃないの?」
「いいえ。少し物思いに耽っていただけです。実際に自分の足で街を歩いて見聞きしたことは得難い経験になりました」
「あら、そう。あなたは何にでも興味を持つ子だから、新しい体験を素直に楽しめるのね。私は知らないことは怖くて踏み出す勇気が出ないのに……。本当に偉いわ」
「そんな! お母様は淑女ですもの! お母様を怖がらせたり不安にさせるようなものからは私が全力でお守りします!」
「あら、まあ! 嫌だわ! マリレーン。あなたも淑女になるのよ」
「あ、はい。いつかはなりますけど――。でも淑女になったとしても、私はお母様を守れる力を持った淑女になります!」
「まあ! うふふ。それは楽しみね」
「はい! 楽しみにしていてください!」
「うっふっふっ」
お母様は本気にしていないようだけど、二周目の人生の目標の一つでもあるので、絶対にそうなってみせるわ!
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