13 平民のホーリード商会①
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「マリレーン。本当に一人で大丈夫? 私の時間がある時に一緒に行った方がいいと思うのだけど」
「お母様。侍女も一緒ですので大丈夫です。人気の少ない場所には行きませんから」
今日は待ちに待ったお出かけの日。
お祖父様が街に行く許可をくださったのだ。
「じゃあ気をつけてね。あまり遅くならないように」
「はい! 行ってきます!」
◇◇◇ ◇◇◇
屋敷を出てしばらくすると、見覚えのある風景に胸が熱くなった。
「……」
うっかり、「懐かしい」と言いそうになり焦った。
挙動不審な私を侍女が訝しがらないように、窓に顔を近づけて好奇心旺盛な少女のふりをした。
二周目の今世でも、ほぼ一周目と同じ出来事が起きている。
つまり、一周目でお世話になった人たちが二周目の世界にもいるということだ。
そうなると、一周目で侯爵家を追い出されて市井で暮らしていた時のことが色々と思い起こされて、住んでいた家や近所の人たち、とりわけ親切にしてくれたホーリード商会の面々が恋しくてたまらなくなった。
ホーリード商会は主に平民向けの安価な品を扱っていた。その品揃えは多岐にわたる。
家具や日用雑貨から衣料品まで、生活に必要な物は全てホーリード商会の店で買える。
私は会長の息子のロビウムと知り合って、彼の伝手を随分と利用させてもらった。
彼との偶然の出会いには感謝しかない。
あの頃はじっくり考える時間もなかったので、ロビウムの人となりがどうこうなんて考えてられなかった。
有名な商会の息子なら何かあっても逃げないだろうと踏んで、「お金ならあるから心配しないで。これでお願いしたいことがあるの」と、無礼極まりない依頼をしたのだ。
結果的にロビウムが親切で優しい人だからよかったけれど。
屋敷の購入や食堂への改装まで、畑違いだという彼に無理を言って、その道の信頼できる人を斡旋してもらったのだ。
『信頼できる人』を見極めるのは難しい。
よっぽど人を見る目がない限り、大勢の中からこれはという人物を探し出すことなどできない。
良さげな人でも、一から関係を構築するには時間がかかる。
だから、二周目でその労力を省くことができるのは嬉しい。
早くロビウムに会いたい!
出発する際、御者にはホーリード商会のフラッグシップストアに行くよう伝えた。
旗艦店がどこか知らなかったらしく、商会の店舗の中でも、「大通りに面した一番大きい商店」と言うと分かったようだ。
馬車が停まり、御者から声をかけられた。
「お嬢様。あの商会の店舗で一番大きな店に着きました。こちらで合っていますか?」
正解よ!
窓から見える建物はあの頃のままだわ。
「そうよ。ここに来たかったの。ありがとう」
馬車から降りて改めて商店を眺めていると、店内から男性が出てきて、真っ直ぐ私の方にやって来た。
「あのう。こちらの店にご用がおありでしょうか。私どもの店では主に平民相手に商売をしておりまして、貴族のお嬢様のお眼鏡にかなう物は置いていないのですが」
……あ。そうよね。私みたいな客は珍しいかもね。
この男性従業員に見覚えはないから、おそらく十年後にはいないのだろう。
「そうなのね。ということは、もしかして平民でなければ入店できないのかしら?」
従業員はギョッと顔を歪めて、慌てて言い繕った。
「……いいえ! もちろんどんな方でも歓迎いたします。ご興味をお持ちいただき大変ありがたく、きょ、恐悦至極に存じます」
恐悦至極? 皇帝にでも謁見したみたいな言い方……。
貴族令嬢とはいえ、たかが八歳の女児にそこまで緊張しなくてもいいのに。
「では見せてもらうわ」
「どっ、どうぞ」
従業員がペコペコと頭を下げてからドアを開けてくれた。
店内は、一周目の記憶とは少しばかり違っていた。
あの頃とは流行も違うので扱う商品が異なっているのだろう。
それでも会計カウンターの場所や二階に上がる階段などは記憶のままで、懐かしさが込み上げてくる。
もしかしたらロビウムがいるんじゃないかと淡い期待を抱いていたけれど、そうそううまくはいかないか。
「物心ついてからは毎日お店に入り浸っていた」と言っていたけれど、店舗はたくさんあるし、日がな一日いた訳でもないだろうから、いなくて当たり前だ。
まあ、チャンスは今日だけじゃない。いつでも来られるから問題ない。
「あ、あの。お嬢様。何かお探しでございますか?」
あら? まだいたの?
この従業員は私が退店するまでついてくるつもりかしら?
「初めてなので一人でゆっくり見て回りたいのだけど」
「はっ! 承知いたしました。では、ごゆっくり」
そう言うと、従業員は笑顔を向けたまま、ツツツとあとずさって私と距離を空けた。
ここには思い出に惹かれてやって来ただけなので、平民向けの品揃えとか、そんなビジネスの観点での視察をするつもりはない。
でも、ホーリード商会とは早めに手を組んでおきたい。
あの特別課題もそうだけど、なし崩し的に後継者が決まる前に、ちゃんと私という候補もいるのだと名乗りを上げるためのアピール材料がいる。
伯母様たちに私の動きを察知されないよう、ホーリード商会を盾にして、その影に隠れて経済活動をしたいのだ。
侯爵家の令嬢なので、その身分だけで会長のモサムには会えるだろう。
でも会えたところで、彼の信頼を得ることはできない。
信頼がなければ駄目なのだ。
うーん。どうやって話を持っていったらいいのかしら?
「珍しいお客様ですね。私がご案内いたしましょうか?」
……‼︎ ロビウム‼︎ いつからいたの?
うわぁ! 小さい! 可愛い!
――って、私、驚き過ぎていないよね?
「急に声をかけて驚かせないで」
「申し訳ありません。随分と考え込まれていて私の姿が目に入っておられなかったのですね」
た、確かに商品なんて見ずに考え込んでいたけれど。
……あ。私の進行方向にずっと前から立っていたのね。
でも、今みたいなことを貴族に対して言うと叱られちゃうのに。
「坊ちゃん! なんということを! も、申し訳ございません。ご気分を害されたのなら、私が代わりにお詫びいたしますので、どうか、なにとぞ、なにとぞ!」
あの従業員、結局離れず近くにいたのね。
「別に気分を害してなんていないけど? それよりも、あなた。名前は?」
「ロビウムです。この商店のオーナーの息子です」
「そう。私はマリレーン・アイスバーグよ」
「アイスバーグ? あの侯爵家の?」
「そうよ。うちも商会を持っているわ」
「はい。知っています」
おっと。ロビウムの顔つきが変わった。
一応、商売敵になるからかな? 顧客は被ってないはずだけど。
もしかして、貴族とは関わりたくないって思っているのかしら。
そういえば、一周目ではただのマリレーンとして出会ったんだった。
しかも追い出された後だったから、侯爵家を罵倒していたのよね……。
貴族嫌いの平民と勘違いされていたのかもしれない。
「そんなに警戒しないでちょうだい。私は見ての通りまだ子どもよ。商会の仕事には関わっていないし、本当に興味本位でこのお店に入っただけよ」
まさか、あなたに会えるかもと期待して来たなんて言えない。
「僕はこの商会の跡取りなので、七歳から勉強を始めました。十歳になったら正式に従業員として店頭に立って仕事を始める予定です」
そうなんだ。平民の自立は早いものね。
「あら。じゃあ商人としては私の先輩にあたるわね。ねえ、私たち友達になりましょう。商売のことを私にも教えてほしいわ」
「……え?! 先輩? 友達? なんで貴族が――」
「何か問題ある? 私が気に入らない? 偉そうに見えた? 態度が嫌だった?」
「いや、そうじゃなくて、なんというか、違くて。ああ、でも――」
もう!
子ども同士なんだから、難しいことは脇に置いて、好きか嫌いかで判断すればいいじゃない。
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