2. 予言者マーリンと女王
繊細な彫りで縁どられた木製の丸テーブル。その上には金貨やアクセサリーが所狭しと積まれ、キラキラと輝いている。
同じ木から彫り出された美しい一対のアームチェアには、豪華な金糸の刺繍がされたビロードのクッションと背当てが張られていた。
丸テーブルを挟んで座っているのは妙齢の女たち。二人はカードを片手に、銀のカップで血のように赤いワインを飲んでいた。
「女王さんは、相変わらずお盛んらしいのう。今もあの男と仲良くヤっておるんじゃろ」
外見に似合わない嗄れ声を出したのは、肩までストレートの黒髪の美女のほうだった。
前髪は眉上で切りそろえ、額の真ん中には大粒の真珠をあしらった金の髪飾りが揺れていた。
ほっそりとした手は小麦色に色づき、黒いフード付きのケープの下には透けるような絹の衣装を身につけている。
「余計なお世話だ」
腰まで届く長い赤褐色の髪を揺らし、物憂げな声で答えたのはイギリスを統べる者。女王エリザベスは手持ちのカードを全てテーブルに置くと、積んであるカードの上から、順に五枚を引く。
「ほっほっほっ。予言は成就しそうじゃの。お前さんの中には……」
「黙れ、無礼者」
「今更、照れることないじゃろが」
「お前こそ、その姿は恥ずかしくないのか? まるで南国の娼婦だ」
「な、なんと失礼な! わしの若い頃の評判を知らんのかっ。この鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていたと言われとったんじゃよ」
黒髪の女の透き通った絹から、大きなピンクの乳輪が覗いていた。下着をはかない股間には、黒々とした陰毛が蝋燭のゆらめきに反射してぬらぬらと光っている。
「バカバカしい。鼻じゃなくて、その丸出しの乳が男を嵌めたのであろう。色キチガイも甚だしい」
「本当に失礼じゃよ。これは古代エジプトの女王、クレオパトラの装束ぞ」
口を尖らせながら 、黒いケープの女がカードを一枚だけ交換する。そして、手札を確認してほくそ笑むと、髪飾りを取ってテーブルに置いた。それを確認すると、女王はガーネットの指輪を外して、その上に重ねる。
「それで? お前が私の前に姿を現すのは、予言をするためであろう。王家の大事に関わることか?」
「いかにも」
「呪いか。それとも祝福か」
「どちらとも」
黒髪の美女はブリテン島の王に助言をする魔術師マーリン。時空を越えて歴史を見届ける役目を負う偉大な賢者。彼女が女王の前に初めて現れたのは、実母の処刑前夜。王家の歴史が動くときだった。
「相変わらず意味が分からぬ」
「王家への予言には謎解きが必要ぞ。簡単に意味が分かったら、わしは要らんじゃろが」
女王は大きなため息をつく。マーリンの謎解きすら、正しく理解できた試しはない。アーサー王の御世から、予言は王に都合よく解釈されてきただけだった。
「まあ、よい。それで、今回はまともな予言か?」
「当たり前じゃ。『宿命の乙女と選ばれし者』について」
「ほう。吉兆か?」
「いかにも。または凶報」
女王の顔が曇った。マーリンの予言はいつも理解の範疇を超えてくる。
「その『宿命の乙女』とは誰か」
「女神の巫女」
「では『選ばれし者』とは?」
「三人の運命の男」
「ふん、何人もの男を手玉に取る魔女の話か」
マーリンが被っていたフードを取った。黒曜石のように濡れた瞳が、蝋燭の灯で揺らめく。
「魔術師に向かって、そのような呼び名を使うとは。女王さん、あんた遠慮がなさすぎるぞい」
「土着信仰の堕落した巫女が偽の神託をでっちあげる。ずっと昔にフランスにも出ただろう」
「オルレアンの乙女のことかい。女王さん、意外と鋭いのお」
不遇の王太子に命を捧げた処女ジャンヌ・ダルク。彼女はフランスを勝利に導き、やがて捕らえられて異端審問を受けた軍人だった。
十九歳で火刑に処された彼女は、十三歳で神の啓示を受けたという。
巫女も魔女も狩られて、末路は悲惨なものとなる。ブリテン島土着の信仰とはいえ、輪廻転生を唱える多神教ケルトも当然に異端であった。
「偉大な魔術師マーリンよ。王家はもはや予言には関与しない。そのまま持ち帰えられよ」
「謎解きはよいのか。その意味を問うのは、王の特権ぞ」
「よい。避けられぬのなら、知らぬほうが幸せやもしれぬ」
「じゃろうか……。女王さんも老いたのう」
「おばば様に言われたくない」
おばば様と呼ばれた美女マーリンはカラスのような声でカッカッと笑うと、あっという間に黒装束の老婆になった。その皺だらけの外見からは、もう男か女かすら見分けがつかない。
「さ、勝負じゃよ。女王さんの手はなんじゃ?」
マーリンがテーブルに置いたカードを見て、女王は不敵な笑みを湛える。エリザベスが強運の持ち主であることは、その人生において証明されていた。
マーリンは名残惜しそうに、テーブルに積まれた宝物を見下ろす。真珠は若き日の戯れの恋の思い出。ローマの執政官から贈られたものだった。
「わしの負けじゃな? しかたないの。ほれ、持ってゆけい」
「いや、これは王家からの贄。汝の神殿への供物としよう」
女王の言葉に、マーリンは喜んでテーブルの上の金銀をかき集める。
「して、対価は?」
「いらん。お前のその予言こそ、我への献上品であろう」
そう言って、女王は自分のカードをテーブルに投げる。なんの役もないハイカード。完全な負け札。
しかし、その手を狙って作ることは、むしろ勝つことよりも難しいと思われた。




