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職員Cの巻き込まれ事件簿  作者: 宇宙ネズミ


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事件簿⑤甘味災害編

品質部門を訪ねていた時だった。

けたたましいサイレンの音が鳴り出し、驚いた拍子に書類を落としてしまった。


「おっと、甘味警報か」


田島は椅子に座ったまま、スピーカーを見上げた。


「甘味警報?」


田島は、落とした書類をまとめて再びこちらに差し出した。

書類を受け取りながら問い返すと、彼は眉を上げた。


「お前、今朝の予報は確認したか?」


「予報……」


「仕事用の端末に届く社内報だよ」


「あぁ、それなら確認はしました。けど正直よくわからなくて……」


今朝、仕事用端末に届いた一本の社内報。

差出人はUnknownと記され、内容はたった一言、「本日未明、甘味災害の恐れあり。」とだけ書かれていた。


「イタズラメールかなと思ったんですけど……」


田島は大きく息をついた。


「司書からは教わらなかったのか?」


司書、というのは俺の直属の上司にあたる人だ。

穏やかな雰囲気の、だけどどこか腹の見えない人で、実はちょっぴり苦手だ。

そして、司書と田島はとてつもなく仲が悪い。


「ええと、聞いてないです……」


「アイツめ……まあ、ラボのヘンテコルールは山のようにあるからな。体で覚えていくしかないか」


田島は自身のデスクから耐熱紙コップを取り出した。


「あの、甘味災害って具体的には?」


「さぁな、とりあえず腹を空かせてコーヒーでも用意しておけ」


呆気に取られている間に、田島は立ち上がる。


「飲み物が要る奴ー!まとめて持ってくるから挙手!」


田島の声掛けで、数人が小さく手を挙げた。

田島はそのまま、コーヒーかココアかミルクにするか、ホットがいいかアイスがいいか……を聴き込んでいく。


その間にもサイレンは鳴っており、どことなく不安を覚えた。俺は一旦、自分の部署に戻ることにした。

田島に軽く頭を下げ、俺は品質部門をあとにした。


_______________________



「やあ、ちょうどいい所で会ったね」


あと一歩で文書管理室というところで、声をかけられ振り向いた。


フェルトのネズミミ、メガネの奥の赤い瞳。

このネズミミ研究所の所長だった。

もちろん、この研究所の一番偉い存在だ。


「ど、どうも……」


「悪いけど付き合ってもらおうか!」


そう言うと所長は俺の腕を掴み、グイグイと引っ張って歩き始めた。


「わわ!」


抱えた書類を落としかけると、大きな手が支えに入った。


「……大丈夫ですか?」


「ふ、副所長……」


副所長は、恐らくこの研究所の中で最も所長の扱い方を知っている人だ。

俺は心の中で助けを求めながら、副所長の顔を見つめた。

しかし、彼は気まずそうに小さく首を振ると、目を逸らした。


「おい、邪魔をするな」


所長は不機嫌そうに副所長を睨みつけ、再度俺の腕を掴んで歩き始めた。


「あとでコーヒーを届けます」


「あぁ、頼む」


副所長は、逃げるようにそそくさと反対側へと歩いて行ってしまった。

どうやら俺は見捨てられたようだ。


確か、マニュアルによるとLv3以下の職員は所長と一対一で接するのはダメって書いてあったはずなのに……マニュアルを作ったのは副所長のはずなのに……


俺の社員証には、白目で泡を吹いている宙吊り証明写真と、Lv2の文字が書かれている。


終わった……


対応がわからない以上、下手に抵抗する訳にも行かない俺は、為す術もなく連行されるしかない。


連れて来られたのは、「観測室」のプレートが提げられた部屋だった。


「こんな部屋あったっけ……」


扉に見覚えはなく、そもそもここに部屋があったこと自体初めて知ったのだった。

まだ新参者とは言え、明らかな違和感に首を傾げる。


「いいね」


「え?」


所長は答えず、扉を開けた。


「さ、入りたまえ」


「失礼します……」


促されるままに入室する。

中は薄暗く、狭く小さな部屋だった。壁には無数のモニターが埋め込まれており、操作パネルと背もたれのない長椅子が設置されている。

長椅子は横に4人、並べるかどうかくらいの幅だ。


「ン?誰?」


部屋には既に先客がいた。

オレンジ色の頭髪と、少々不自然なイントネーション。白い肌にそばかすがチャーミングな、外国人の女性だった。


「レオナ、彼が前に話した新人君だよ」


「へぇ……こっち来ィや!」


所長からは背中を押され、レオナからは腕を引っ張られ、俺は席の真ん中に座らされてしまった。


レオナはLv4職員の開発部門長であり、ネズミミ研究所発足に携わった人物だ。


つまり、今ここにいるのは研究所のトップ2と言っても過言では無い。


「びっくりさせたなァ。ウチはレオナ、知ってそうやけど開発部門長をやらせてもろてる。よろしゅうな」


「アッ……ハイよろしくお願いします」


握手を求められ、片手を差し出す。


「あー、それ邪魔そうやね。その辺置いといてくれてええよ」


言いながら、レオナは俺の手から書類を取り上げ、操作パネルの上に粗雑に放った。


「緊張してる?手汗ぐっしょりやん」


「ぎゃぁ!!!すみません!すみません!えっと!拭くもの、何か……!」


慌ててポケットをまさぐるも、使用済みのハンカチしか持っていない。ティッシュくらい持ち歩いておくべきだった。このアホ!!!


「どう?レオナ。気に入った?」


所長が俺を挟んで声をかけた。


「まだわからん」


「そ」


レオナと所長は楽しそうに笑っている。

一応、緊急事態だとかすぐに不味い状況という訳では無さそうだった。


所長に対しては、様々なルールや禁止事項が取り決められている。

もちろん、俺はそれら全てを覚えているわけではない。

いつ自分が地雷を踏むか、わかったもんじゃないのだ。


「さて、話はここまで。只今より甘味災害の観測を始める」


所長の号令に、レオナが頷いてパネルを操作し始める。

モニター画面がより鮮明になる。

大きな主モニターにはラボの搬入口が映し出された。


「あの、何が始まるんですか?」


「まあまあまあ、とりあえず見てな」


レオナは楽しげに笑って、主モニターを指差した。

搬入口では、大柄な男性が何台もの台車を搬入させていた。荷台の上には、山積みにされたパンのコンテナのようなものが見える。

あれが甘味災害なのだろうか。


ふと、他の画面にも目を向けてみる。

ラボのあちこちに設置された給湯室には人が溢れており、何やら飲み物を準備しているようだった。

田島が揉みくちゃにされながら、コーヒーカップのお盆を高く持ち上げ立ち往生している。

ムッとした表情がわかるほど、映像は鮮明に見える、


ここは防犯カメラの監視室のような場所なのだろうか。ラボ中に設置されたカメラ映像を確認するための部屋なのかもしれない。

……一体どこに隠してあるのかはわからないが。


「お、始まったぞ」


主モニターに目を向けると、台車を持った男はラボ内通路を進んで行く。そしてその後ろを、一定の感覚を空けて台車が5台追いかけていた。


「あの台車、自動追尾なんですね」


「そそ、ええやろ。まあ割れ物やら精密機械やらは怖くて載せられんけどね」


男はニコニコと笑顔を浮かべて通路に台車を走らせて行く。

やがてラボの事務所が近付いてくる。


「レオナ、音声」


「ホイ」


レオナが何かボタンを押すと、ザザっとノイズ音が走った。


『Hello!ドーナツを届けに来たヨ!』


男はややカタコトの日本語で声をかけ、カウンターにコンテナを載せた。蓋を開けると、中には色とりどりのドーナツがぎっしりと詰められている。


『おぉ…』


事務所の皆さんが歓声をあげた。


『サム君、今回もまたすごい量だね』


『美味しいものは皆で食べたいからね!』


そう言ってサムはざっくり人数を数えると、コンテナをもう一段持ち上げて上乗せした。


『これだけあれば足りるかな』


『いや、多い多い』


『年々増えてない?』


『大丈夫。オヤツは別腹だからね!いくらでも食べられるよ!』


それじゃ!とサムはエレベーターへと向かった。

彼の後をドーナツの台車が追いかける。


「……もしかして、あれがラボ中に?」


「そやから甘味災害」


「これのためにエレベーターを大きくしたようなものだったな」


事務所に置かれたドーナツの数は、どう考えても人数と釣り合わないだろう。1人2つ食べたとしても、コンテナ1つで充分な量が賄える程だ。


「……1人何個あるんですか?」


「日による」


「文書管理は大変やね」


「え?」


「人数が少ないからって、サムは容赦せんから」


「え?」


レオナはニッコリと笑て見せた。

俺も、とりあえず笑顔を作った。が、絶対に引き攣っている。上手く笑えた気がしない。


今日の昼ごはんはカツ丼にしたのだ。それはもう、盛り盛りと食べてきたのだった。

腹の容量は当分空かないだろう。


『『『『サム!』』』』


その時、幾つもの音声がピッタリ重なったような不思議な声が響いた。

モニターを見ると、エレベーターの前でサムの周りを4体のサキコが取り囲んでいる所だった。


…え?4体?


「ええッッ?!?!あっ、あの、あッ、あのアレッ」


「あぁ、これもまだ知らんかった?サキコは並列稼働が可能なんよ」


「ふむ、今日は4体か」


「ドーナツ食べに来たんやろな」


『美味そうなの持ってるね』

『美味そうなの持ってるね』

『美味そうなの持ってるね』

『美味そうなの持ってるね』


ややバラけてサキコが喋り始める。

録音した音声を後からコピペして、わざと少しずつズラしたような聞こえ方だ。


『やあサキコ!今回はたくさんあるから順番に……』


『ドーナツ寄越せ!』

『ドーナツ寄越せ!』

『ドーナツ寄越せ!』

『ドーナツ寄越せ!』


4体のサキコが同時にサムに向かって飛びかかり、腕にぶら下がられたり背中をよじ登られたり、肩車しながら頬を引っ張られたりと文字通り揉みくちゃにされていた。


『あげるから降りて、モウ!いつもこう!顔が伸びちゃう!!』


サムは困った様子で、しかし無理やり引き剥がすことも出来ずに狼狽えている。それをいい事に、サキコはより一層サムを揉みしだく。


ピー、と笛のような音が鳴った。

サキコたちは手を止めると、一斉にサムから離れて整列した。


画面端から、見覚えのある女性が駆け込んできた。


『アン、助かったよ〜!』


アンは、Lv5職員の女性職員だ。

俺が入所した時、最初に施設を案内してくれた人で、それ以降も何度か世話になっている。


サムが両手を広げてアンに向かっていき、小柄なアンはギュウギュウと抱きしめられ藻掻いていた。


『ちょっとサムやめて、苦しいってば…!』


『ごめんごめん、でも本当に助かったよ!』


『ハイハイ……で、サキコ!』


アンは解放されると、キッとサキコ達を睨みつけたようだ。


『アンが怒ったー』

『いつものことじゃんー』

『サムは遊んでくれてるだけだよー』

『ドーナツもらいに来ただけだよー』


『あなた達ねえ、ちょっとは加減しなさいよ』


『『『『ちぇー!』』』』


サムは揉みくちゃにされた服装や髪を整えてサキコ達に声をかける。


『ほら、ドーナツを配るよ!順番に並んでね!』


『僕チョコー!』

『僕抹茶ー!』

『僕イチゴー!』

『僕カスタードー!』


サムがドーナツを差し出すと、サキコたちはそれぞれ奪い取るようにしてドーナツを受け取り、その場でムシャムシャと食べ始めた。


『あぁ、可哀想にお腹が空いていたんだ。やっぱりもっと食べられるようにしてあげたいよ』


『はは……レオナに直接言って』


『ウッ……ソウダネ……』


ふと、レオナの方を見た。

レオナはほんの少し、目を細めた。


「……あの、やっぱり人と完全に一緒は難しいんですか?」


「まあなぁ……限界はあるな。サキコはそれでも強い方なんよ?食べられるものの種類も量も多いし」


サキコたちはそれぞれ、自分のドーナツを美味しそうに食べている。

その光景に、どことなく違和感を感じる。


「あの、サキコたちって交換とか喧嘩とかしないんですね」


「ん?」


「俺、妹がいるんですけど……オヤツを食べるのに違う味のものがあったら、一口交換とかやったなぁ、って思って。あと、食べたいものを取られたら喧嘩になったりしますよね」


「あぁ、なるほど。サキコは味覚……というか全ての経験を共有してるからね」


「えぇと……」


「実質四個食べたようなものなんよ」


「……てことは、相談しなくてもそれぞれが何を食べるか分かるし、瞬時に分担してる……みたいな感じですか?」


「ン、大体そんな感じ」


「なんていうか、便利ですけど……」


何故か何か引っかかりを感じていた。

喧嘩は起きない。起きようがない、という事なんだろうけど、そしたらサキコ達はお互いをどんな風に認識しているんだろう。


「漫画とかアニメだと、分裂した自分と喧嘩〜とかあるじゃないですか。それって、元が同じ自分でも分裂した相手を別の存在として見てるって言うか……例え全てが共有されているとしても、自分の経験は自分のものというか……そこがこんがらがっていて……」


しかしふと気がついた。

サキコはあくまで"アンドロイド"であって、人間のように振る舞うことが出来る、というだけだ。

喧嘩も何も、ただ合理的に判断した結果なんだろう。

こんなことを製作者本人達の前で話すなんてどうかしている。


「す、すみません変なこと言いました、忘れてください」


「いや、いい視点やと思うわ。所長が気に入るわけやね」


「そうだろう?」


顔が真っ赤に火照っていく。

あまりの恥ずかしさに、今すぐ消えてしまいたいくらいだ。

気遣ってフォローしてくれているか、意味不明な話を面白がっているだけだ。


『さて、サキコたち!ドーナツを食べたら配るの手伝ってね!』


『おっけー!』

『美味しかったー!』

『ごちそうさまー!』

『サムありがとうー!』


『You are Welcome!』


『今日は一人何個あるの?』


『今日は一人十個ずつは用意があるからね!コンテナにラベルがあるから、それを参考に配ってきて!』


『ハーイ!』

『任せろ!』

『朝飯前だぜ!』

『今ドーナツ食べたけどね!』


サキコたちは台車を一台ずつ持って、バラバラに散って行った。これから他の建物の部署にもドーナツが配られるのだろう。


『じゃ、私も手伝いますね』


アンも残っていた台車の一つを持ち、運んで行く。

サムはニコニコと嬉しそうにエレベーターに乗り込み、ドーナツの台車達と共に移動を再開した。


その後もサムやサキコ達はドーナツを配って回り、やがて品質部門の田島や、文書管理室の司書の元にもドーナツが届いた。


文書管理室には現在、司書しかいない。デスクの数も多くは無く、それなのにサムはコンテナをまるまる二つも置いて行った。

司書もさぞかし困るだろうと思ったのだが、彼は表情ひとつ変えず、ドーナツを一つ一つ丁寧に包装していた。

普段から穏やかで取り乱す様子を見たことは無かったのだが、甘味災害の対応にも慣れているらしい。


司書の様子を見ていると、扉の開く音がした。

振り返ると、副所長だった。


「所長、コーヒーの準備出来ました。ただ、ここじゃ狭いので談話室に用意してあります」


「遅かったな。さてはサボりか?」


「まさか。給湯室が混み合っていただけです」


「ならいいが」


続けてもう一度、扉が開き、明るい光が差し込んだ。


「こんな狭いところに四人!空気が悪いから出て来なさい!」


先程までスピーカー越しに聞いていたサムの声だった。

俺たちはサムにより観測室から引っ張り出され、副所長が準備してくれた向かいの談話室に再び押し込まれた。

白いテーブルの上にはコーヒーのマグが五つと、ドーナツコンテナが並んで二箱乗せられている。

所長は席に着くやいなや、コーヒーマグとプレーンのオールドファッションをひとつ取り、食べ始めた。

副所長が、こういうものは人が揃うまで待つものだと何度言えばわかりますか、と窘める。


「申し訳ない、所長が不快にさせていたら謝ります」


「いえいえいえ!大丈夫ですお構いなく……」


……ドーナツは、所長の顔より少し小さいくらいの大きさに見える。

生で見るとコンテナ自体もとても大きい。サムが大柄なので、普通サイズに見えていたらしい。

種類も豊富で、甘いものだけではなく惣菜系のドーナツやパイまで取り揃えられている。


「君、コレを忘れてるよ!」


レオナが書類を持って入室した。


「ありがとうございます……」


書類を受け取り、ハッとして時計を探す。

田島のところに書類を受け取りに行ってから、かなりの時間が経過していた。


「ヤバい!戻らないと……!」


「あぁ、大丈夫ですよ。司書の方には連絡しましたので」


副所長はそう言って、談話室の扉を閉めた。


はは、これも仕事か……


それからは、業務時間が終了するまでの間、談話室から出ることは許されなかった。

俺は再び所長とレオナの間に挟まれ、さっきの部屋で見た景色についての感想やら考察やらを求められ、話したことは都度記録を取られた。

最中、サムからは次から次へとドーナツを渡されて、こちらもまた終わりが見えない。

ドーナツはどれも強烈な甘さで、この時ばかりは苦手なブラックコーヒーが癒しに感じる程であった。

ひとつ食べ終われば次を持たされ、もうひとつ食べたらまた次が手渡され、サムだけが満足そうに笑っていた。


_______________________


振り返ってみれば、あの災害には気になるところが幾つもある。


まず、あれだけ大きく大量のドーナツを誰が購入しているのか。噂によればサムの自腹らしいが、その財源は不明である。


次に、当日の朝に配信された社内報。

イベント予報と呼ばれるもので、差出人は不明だが、命中率はほぼ100%だそうだ。


談話室から解放され、書類を持って文書管理室に戻ると、デスクの上には俺の分と思われるドーナツの箱が用意されていた。

しかし、それ以外のドーナツは一つも見当たらない。司書は短時間の間に、狭い文書管理室の中でどのように捌いたのだろう。


極めつけに、退勤時に通った通路には、観測室の扉が無くなっていたのだった。

確かにそこにあったはずなのだが、ただの壁となっている。

恐る恐る壁に触れてみると、電子的なノイズやグリッチのようなものがガビガビと走って見えて、驚いて手を引っ込めた。幸い痺れたり怪我はしていないようだが、再び部屋に入室することは叶わなかった。


文字通り"甘味災害"に被災した数日後の事だった。

俺は、副所長から談話室へと呼び出された。

この前の対応に、何か問題があったのかもしれない。

怯えながら指定された部屋へと向かったが、渡されたのは厚みのある茶封筒だった。


「今回は私の独断により、まだ新人のあなたに対して大きな負荷をかけてしまいましたので……」


封筒には、"所長珍事件見舞金"と書かれている。


「む、無理です貰えません!むしろ俺の対応に何か問題があったんじゃないかって……その、すごく変な話をしてしまって……」


受け取りを拒否し、副所長の方に押し返す。

封筒はそれなりの厚みがある。仕事放ってドーナツ食べて談笑しただけで貰っていい額ではないはずだ。


「いえ、今回もあなたには何の問題がありませんでした。所長本人も大変満足だと。ありがとうございます」


とにかくそれは持ち帰ってください、と茶封筒を再び差し出された。


「す、すみません……ありがとうございます……」


副所長が退室した後、封筒の中身を確認する。

やはり相当な額が入っていた。

俺は自分のデスクに戻ると、通勤鞄の奥底に封筒を押し込み、深呼吸をする。

正直なところ、お金はできるだけたくさん必要だ。


大変な目にあった事も事実だ。貰えるものは貰っておいても良いだろう。


俺は何事もなかったように自分のデスクに戻り、いつもの業務へと戻った。

お読みいただきありがとうございます。

思った以上の方に足を運んでいただけているようで嬉しいです。

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